葵
結局のところ周囲は、葵の作ったものを褒め称える割には、その価値を理解していなかった。
肉体が枷になるのなら、肉体から解放する。そのために、発明品を生かす環境を作るには、葵だけでは出来ない。
だから葵は、企業や組織に訴えた。
どうか、もっと環境を改善して欲しいと。
この程度ならリモートで出来る。そうしたら、外に出られなくとも働ける人が増える。
けれど、小さな企業は変革するほどの財力がなく、
大きな力を持った組織は、変革することを躊躇った。
今までのやり方で問題がなかったのに、どうして変化しなくてはならないのだと。
そこで、変化したくない周囲は、葵を押さえつけるために。
動かなくなった詞を指さし、嘲笑った。
「そんなものは、肉の塊だろう。どうしてそんなものに執着する。喋らないどころか独りで息もできない人間になんの価値があるのか。人形と変わらないじゃないか」
葵は、「あなたは私の発明品を、素晴らしいものだと言ったわ」と返す。
そして無慈悲に、何も考えず、周囲は言う。
「あなたは他者の役に立つけれど、その人は自分のことすら出来ないじゃないだろう。そんな奴のために、どうしてしてやらなくちゃならない」
台風がやってくる。
スマホは避難勧告のアラームがなり続ける。
けれど、誰も助けてはくれない。
ここにある詞のデータも、
詞の肉体も、
それを生かす道具も、
周囲が、運ぶのを助けてやろうとは考えなかった。
葵以外、動かなくなった彼の命が、大切だと思わなかった。
自分で避難できる人間の方が価値がある、と考えた。
はっと、葵は、自分が寝ていたことに気づいた。
ゴウゴウという風の音の中で、ピ、ピ、とまだ音がする。
詞は穏やかな顔をしていた。
彼は、生きたいと考えているのだろうか。
死にたいと考えているのだろうか。
今、どんな夢を見ているのだろう?
葵は、もはや、詞が何を考えているのかわからなかった。
それは、初めての出来事。
自分の手には届かない、という悔しさ。
その悔しさが、昔、自分が欲しかったものだったことに気づく。
自分が考えもつかないことをして欲しかった。
自分の思う通りにはならないものを見たかった。
だけどそれに至るには、理不尽に壊れることを知らなくてはならなかった。
嫌だと葵は思った。
詞がここで死ななくてはならないなんて、ここで諦めなくてはならないなんて。
失いたくない。
壊れて欲しくない。
置いていかれたくない。
今ここで、自分が彼の終わりを定めたら、自分のものにできるだろうか。
出来るわけないことはわかっていた。ただ、失うタイミングを自分が決めるだけ。
でも、縋りたくなった。
小学一年の担任が、暴力で生徒を縛り付けて所有したように。
もはや、時間はなかった。
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