第2話 後


     3


 将棋は九マス×九マス。

 八種二十個の駒を交互に操って勝敗を決する日本古来の遊戯である。


 基本的には一対一で引き分けになることは滅多にない。

 そんな将棋には大きく分けて二つの戦法がある。

 すなわち『振り飛車戦法』と『居飛車戦法』である。


 将棋の駒で最強なのは飛車だ。

 もちろん、一番大事なのは王様だが、トータル的に一番攻守に優れているのが飛車であることは疑えない事実だ。

 その飛車をどこに動かすのかで、将棋の戦法は全く違ったものになる。

 右に位置する飛車を初期配置から左へ動かす振り飛車戦法は現代将棋では不利だとされている。

 事実、現在の名人を含めてトップ棋士はほとんどが居飛車党だし、コンピュータソフトもほとんど飛車を振ることはない。

 不利でなくても有利と見る向きはないせいか、振り飛車ならぬ不利飛車と揶揄やゆする傾向さえある。


 しかし、アマチュアでは振り飛車が圧倒的に人気だ。

 研究勝負になってしまいがちな居飛車に較べて明らかに覚えることが少ない。

 飛車を振ってから美濃囲いに組んでしまえば、どんな初心者だってそれなりに将棋を指せてしまう。

 このお手軽さがアマチュアに人気の理由だった。


 そして、僕の弟は完全なる居飛車党だ。

 ちなみに、僕も居飛車党だった。


 弟は、今まで公式戦を二〇〇戦近く指してきて、一度として振り飛車を指したことがない。

 現代将棋は相手を研究することが必須ひっすなので、おそらくは奇襲として成功しているだろう。

 事実、相馬龍王は難しい顔をして手を止めている。

 用意してきた作戦はおそらく相居飛車の将棋。

 角換わりか横歩取りか。


 プロの初手で圧倒的に多いのは7六歩か2六歩だ。

 前者が大体、七割を占めている。

 それ以外の手だってもちろんあるが、毎年約三千局指されている中で九割以上は歩を動かすのが『当たり前』となっている。

 なのに、初手7八飛車。

 相馬龍王が今回の対局を入念に準備していればいるほどきょをつかれたに違いない。


 ――本当のところ、時間稼ぎの意図もあったが、僕がこの初手にしたのは弟への嫌がらせもあった。

 慣れていない戦法で四苦八苦しくはっくしろ。


 相馬龍王はパチンパチンと扇子を閉じたり開いたりしている。

 リズムを取り、考えをまとめている。

 そして、ボソッと漏れる一言。


「――うん、よし」


 3四歩と角道を開けてきた。

 さて、どう進むか――僕も角道を開ける。

 将棋は楽しい。

 久しぶりの将棋は本当に悪くない。


   +++


 そして、手は進む。

 最初は一手一手に悩む様子を見せていた相馬龍王だったが、一度腹を決めると指し手の勢いは良かった。

 良すぎたと言っても良かった。

 僕は背中に冷や汗をかいていた。


 もう盤面はのっぴきならない局面にまで進んでいた。

 おいおい、まだ午前中だよ?

 

 お互いの戦型は相振り飛車。

 正確には相三間飛車。

 振り飛車と居飛車の対抗形よりはある意味でやりやすい戦法に持ち込んでいた。

 このあたりの理屈は飛車が向かい合っているよりも、違う筋にあった方がいろいろと『近い』というもの。


 そして、今、後手の相馬龍王が攻勢に入っていた。

 僕はしっかりと読み進めながらも受けに回らされている。

 反撃の糸口は全く見えない。

 強すぎる。


 それにしても、読みが深い。

 若い子は総じて読む速度も速いものだが、さすがはタイトルホルダー。

 桁違けたちがいだ。


 相馬龍王が席を外している時、僕はこっそりため息をつく。

 才能が違うなぁ。


 まだ局面は互角なはずだが、先手である僕の方が明らかに勝ちにくい。

 このあたりのニュアンスは駒の配置や手番などから総合的に判断した結果だが、それ以上に、相手の指し手を見ていると勝てる気がしなかった。


 時計で時間を確認すると十二時を超えていて、もうすこしで昼休憩だった。

 僕の手番だったので相馬龍王へ声をかける。


「もう昼入れようか」

「はい」


 坂上さんの方を見て「時間足しておいてね」と告げると「はい」と頷いた。

 さて、僕の仕事は終わりだ。

 弟と交代するために待ち合わせ場所で服を交換しないと。


 ――と、その時だった。


「あの、西丘六段。すこしよろしいでしょうか?」


 坂上さんに声をかけられてしまった。

 僕は逡巡した。

 何かボロが出してしまわないうちにさっさと去りたい。

 僕のためらいを見て、坂上さんはスッとそばに寄ってきてささやいた。


「すこしお話しましょうか」

「いや、俺は――」

「ね、西丘『ひろし』さん」


 時間が止まったかと思った。

 いや、時間ではなく心臓か。

 キュッと喉から臓器がせり上がってくるような感覚に襲われ、ドッと背中に冷や汗が吹き出す。


 本来なら、西丘修六段である。

 浩は僕の本名だ。


 正直、とぼけるとこはできたと思う。

 そのまま「何のこと?」と逃げれば彼女も追いかけて来なかっただろう。

 しかし、坂上さんの目を見ると、彼女は糾弾きゅうだんしているわけではないようだった。


「どうして……?」


 坂上さんは柔らかく微笑んで「知りたければついてきてください」と言った。

 僕は否応いやおうなく坂上さんの後を追う。


     4


 坂上さんは将棋会館を出て、すこし離れたファストフード店に入っていった。

 安くて早いが、油が多いので対局中に好む人は少ない。

 逆に言えば、他に棋士はいない。


「昼、食べながらで良いですよね」


 彼女はハンバーガーだけを注文して、それ以外は頼まなかった。

「ドリンクは良いの?」と質問しそうになって止める。

 記録係をしている間はトイレに行くことも難しい。

 だから、水分をなるべく取らないのはよくある話だった。

 僕は坂上さんの分も支払おうと思ったが、


「結構です」

「いや、でも」

「確か、今学生さんですよね。私と立場は大差ありませんよ」

「一応僕の方が大人だし」

おごってもらういわれがありません」


 ここまで固辞されるともう良いかという気分になった。

 強情というか……警戒されているのかもしれない。

 まぁ、これだけ美人だと変に言い寄る男もいるだろうし、警戒心が強いからとそれだけで悪い気もしない。


「それに、奢って貰ったから口止めというのはあまり好ましくありません」


 そんなつもりは毛頭もうとうなかったが、彼女の方が上手なのは間違いない。

 僕は適当にセットを購入してから、奥まった席へ入った。

 どんな風に見られているのか、と多少考えなくもないが、周囲の視線なんて気にしても仕方ない。

 坂上さんはかなりの美人さんなので、自然と視線を集めている。

 僕の顔(正確には僕の弟の顔)を知っている将棋ファンがいないことを祈った。

 弟はどうでも良いけど、彼女にこれ以上の迷惑をかけるのは本意ではない。

 僕は小声で言う。


「で、君は何が要求?」

「要求? どういうことですか」

「いや、ここまで連れてきたのは君が何か要求したいからでしょ」


 坂上さんはクスッと笑って、ハンバーガーを食べ始めた。


「そんなことありませんよ。ただ気になっただけです」

「どういう意味?」

「先に食べません? 冷めると美味しくありませんよ」

 

 坂上さんは育ちが良い。

 ジャンクフードの食べ方一つとっても明らかに違う。

 僕はハンバーガーへ無様にかぶりつくが、どうしてもソースをこぼして手を汚してしまう。

 それに対して彼女は口元すら汚していなかった。

 あれだけ小さな口なのにどうしてそんなことが可能なのだろうか?

 彼女は食べ終わってから、淡々たんたんと語り始める。


「最初に不思議だったのは、相馬龍王が下座に座っていたのに普通に注意したことです」

「まだ龍王になって間もないとはいえ、タイトルホルダーが下座なんてありえないだろ」

「ですが、西丘六段ならきっと気にせず座っていたと思います。あの人は龍王をライバル視というか……まぁ、そんな感じなので」

「そんなバカな。いくら弟でも序列じょれつを無視するなんて無礼するわけないよ」

「西丘六段はプライドが高い――いえ、ちょっと無神経なところがあるので、先に下座へ座っていたのであれば気にせずに上座に座るタイプです。龍王自ら席を譲ったのだから、とか言って」


 弟は確かに無神経なところがある。

 しかし、いくらなんでもタイトルホルダーをないがしろにするなんてことはないだろう――と思いたかったが、今の弟がどんな態度を取っているのか門外漢もんがいかんである僕に分かるわけもない。


「仮にそうだとしても、別にそれは決定的な理由ではないよね?」

「はい、振り飛車にしたのも不思議でした」

「それは……でも、タイトルホルダー相手にとっておきを用意するのは自然だろう?」

「とっておきを用意したかどうかは指し手で分かりますよ。正直、西丘さんあまり勉強なさっていないでしょ。多分、相馬龍王も気づいていると思います」

「それは僕が修じゃないって気づいているってこと?」

「いえ、あまり勉強なさっていないという部分だけです。多分、違和感はあっても気づいているのは私だけだと思います」


 岡目八目おかめはちもくですね、将棋ですけど――と坂上さんはクスッと笑った。

 これはぐうの音も出ない。

 しかし、アマチュアなのだから仕方ないと心の中で自己弁護する。

 今の若い子たちは本当に勉強熱心だ。


「最初は違和感でしたが、指し手を見ていて不思議でした。でも、用意されていないことは別におかしくありません。全然勉強せずに対局に臨む先生もいらっしゃいますから」

「まぁ、そうかもね」

「それよりも、どこか楽しそうなのが不思議でした」

「楽しそう?」


 僕が?

 どこが?


 坂上さんは「語弊ごへいが生じちゃいますね」と小首を傾げる。

「いえ、楽しそうと言うよりもどこか投げやりというか、本気ではないというか……」

「ああ、なんとなくニュアンスは分かった。楽しいで良いよ」

「はい、そこで私はどうして楽しいのかな、と考えていました。そこで『人がどういう時に一番楽しいのかな』と考えてみました」


 坂上さんはどこか言いにくそうに言った。


「プレッシャーがない。つまり、無責任である時です」

「……なるほどね」


 正直、僕はバレても良いや、くらいに思っていた。

 しかし、本当にバレた時には心臓が止まるかと思うほど怯えた。

 自分の器の小ささが嫌になる。


「確かに僕は負けても構わないくらいに思っていたよ。それが無責任というのであれば、きっとそうだろうね」

「集中されているのかとかいろいろと考えたのですけどね、でも、それらも結局、全ては違和感でした。決定的だったのは、私が『すこしよろしいですか』と誘った時です」

「? それがどうして?」


 坂上さんは今まで以上に声を落とした。


「西丘六段、最近、私のことをよく誘うんです。研究会とか食事会とか、まぁ、いろいろと。それなのに迷惑そうだったから確信しました」

「誘う? えっと、え?」


 言外の意味を悟り、僕は呆気にとられる。

 一回りも下の女の子を本気で誘っていたのか。

 あのバカ弟は。


「……それ、どんな感じで誘っているの?」

「えっと、あまりお兄さんに言いたくはない感じです」


 もうハッキリ言ってくれた方が良いくらいだった。

 あまりの申し訳なさに自然とこうべを垂れる。


「……その、ごめんなさい」

「西丘さんに謝られても困るんですけどね」


 坂上さんは「気にしないでくださいね」柔らかく微笑んだ。

 その笑いを見て、なんとなくさっき『楽しそう』と言った意味が伝わってくる。

 この子は僕にはほとんど関心がない。

 だから、こんな無色透明な笑みを浮かべることができるのだ。

 それと僕の態度は同種だったのだろう。

 それは真の意味での楽しいとは別物なのだろう。

 全人生を賭けてぶつけるような楽しいとは別の『楽しい』。


「本当に糾弾しないの? 弟を追放するチャンスかもしれないよ」

「いえ、歩己に手を出すようでしたら考えますけどね。西丘さんも嫌な思いはしたくないでしょうし」


 歩己というのは彼女の友達だろう。

 そんな子いたっけかなぁと思う。

 そういえば、女流棋士で最近テレビに出ている子がそんな名前だったような気がするが、あまり覚えていない。

 何となくテレビは観る習慣がないので分からなかった。


「それよりも、どうして西丘六段と代わるようなことになったのですか?」


 僕は正直に応える。


「……お見舞い」

「え?」

「母がつい先日倒れていてね。療養りょうようのため田舎の病院へ弟が見舞いに行ったんだ。ほら、先日の大寒波のせいで交通網が麻痺しちゃって電車が来なくてね」

「それは……西丘さんが行けばよろしいのでは?」

「うちの母が倒れた理由はね、心労しんろうなんだ。主に僕の心配をして倒れたんだよね」


 体よりも心が疲れてしまったのだ。

 うちの家族だけは僕と弟の見分けが完璧につく。

 だから、あんまり僕が行ってばかりだと心配してしまうのだ。

 そもそもの原因は僕が奨励会を突破できなかったからだし、言ってみれば弟は僕のをしてくれているのだった。


 それに、坂上さんはいろいろと勘違いをしている。

 例えば、僕が振り飛車(その中でも7八飛車戦法)なんて選んだのは、古い定跡じょうせきだったら若い子の一歩上を行けるかもと思ったからだ。

 多少は弟への嫌がらせもあったけど、それは二義的にぎてきなもの。

 最近はあまり勉強していなかったけど、当時は本当に勉強していたから若い子が知らないような古い戦法にしたのだ。

 どうやら完璧に失敗だったようだれども。


 それに、相馬龍王に勝てるなんて最初から思えていなかったから、投げやりなのも仕方ない。

 勝てるかもなんて希望を抱けるほど僕は楽天家ではないし、龍王というかんむりも低い壁ではない。

 負けて当たり前というがむしゃら精神しか抱けない。

 しかし、それでも楽しかったのは事実だ。


 相手は僕が今まで指してきた中でも最強の人間だからワクワクしないわけがない。

 それに、細々こまごまとした部分は間違っていても彼女の鋭さは賞賛しょうさんに値した。

 僕はそれらの考えを無視して、坂上さんに笑いかける。


「まぁ、もっと違う日に見舞いしとけって話だったりするんだけどね。ちょっと精神が落ち着かなくなっちゃって……まぁ、いろいろあったんだよ」


 坂上さんは言葉に困っているようだった。


「そうですか。その、お大事に……」

「別に気にしなくて良いからさ」

「……それで、午後はどうされますか?」

「弟と交代する予定。さすがにそろそろ来ていると思うしね」

「そうですか」

「誰かに言う?」

「いえ。では、私はこれで」


 坂上さんは既に食べ終わっていたので、立ち上がろうとして――座り直す。


「ところで、西丘さんはもう将棋を指されないのですか?」


 どうしたのだろう、いきなり。

 僕がキョトンとした顔で見ると、坂上さんはすこし困ったように言う。


「西丘さん、引退されるすこし前なんですけど、私と練習将棋指したの覚えていますか?」


 そんなことあったっけ?


「いや、ゴメン。全然覚えていない」

「そうですか。その時に言っていたのですよ。『頑張ってね。期待しているから』って」


 何て無責任な応援をしたのだろう、当時の僕は。


「それで私は思ったのですよ。ああ、この人は、もう諦めているんだろうなって。実際、それから間もなくあなたは引退されました。そして、今では全く指していないと聞きました」

「…………」

「どうしてもう指さないんですか?」

「弟がプロで僕は失敗したからね。未練タラタラだと親が心配するんだよ」


 もう吹っ切れていますよ、僕は大学にバイトにと頑張っていますよ、と示さなければならないのだ。

 それは今まで散々迷惑をかけてきた僕の贖罪しょくざいのつもりだった。


「それは西丘さんの人生全てを捧げるほど大切なことなんですか?」


 若いな、と思う。

 この率直さは若さゆえのものだ。

 いや、幼さの方が近いか。

 僕はふと思った。

 この子は僕を見ているようで、僕を見ていない。

 僕を通して誰かを見ているようだ。

 その誰が誰かは分からないが可能な限り誠実に答えよう。

 それが口止め料だろう。


「多分、僕はこれ以上失敗するのが怖いんだと思う。情けない話だけどね」

「…………」

「一番なりたかったことに失敗したからさ。だから、余計なことをしている余裕がない」

「将棋は『余計なこと』ですか……」


 僕はそれには答えずに肩をすくめる。


「弟とこれ以上差が開くのは辛いからね」

「……西丘六段は私なんかが言って良いことではないかもしれませんが、その、ちょっと人間的にはめられない部分があると思います」

「知っているよ」


 何と言っても、僕の尻ぬぐいをしてくれているからといって、信じられない命令をしてくるような人間なのだ。


「だから、そんな引け目を感じる必要はないと思います。だって、将棋の強さと人間性に関連はありませんから」

「昔は人間力が棋力と比例するみたいな考え方があったみたいだよ」

「下らない。今、一番強いのはコンピュータソフトですよ。AIですらありません。コンピュータソフトに人間力ってありますか?」


 それこそ僕にはよく分からないし、口を挟める話題ではない。


「他人を理由にすると確実に後悔すると思います」


 坂上さんはそう言い捨てるようにして、さっさと出て行った。

 もしかしたら、すこし怒っていたのかもしれない。

 何に怒っていたのか、僕にはハッキリと分からなかったけれども。


「…………」


 僕はもしゃもしゃと残りを食べる。

 ポテトをジュースで流し込み、ため息をつく。


 さて、どうしよう。

 彼女は何が伝えたかったのか。

 いや、伝えるというほどのことではないだろう。

 もしかしたら、ぶつけたかっただけかもしれない。

 どれだけさとくても積み上げないと得られないものはある。

 きっと彼女もいつかは気づくし、得るはずのものだ。

 誰だってそうやって失敗したり苦しんだりして成長する。


 しかし、純粋であることはよく理解できた。

 僕はそれをすこしだけ羨ましいとも思う。


 しかし、坂上桂花は勘違いをしている。

 僕が将棋を嫌いになって逃げていると思っている点だ。

 僕は今、夜間の大学に通いながら弁護士になるべく必死に勉強をしていた。

 正直、中学・高校とあまり学校の勉強をしてこなかったツケがあるが、記憶力にはちょっと自信がある。


 将棋のことは嫌いではない。

 今でも指したいと思う時は頻繁にある。

 だから、なるべく将棋に触れないよう頑張っているのだ。

 弟の検討をしてしまうのは肉親だからという言い訳の産物だ。

 もちろん、失敗しろという後ろ暗い思いを抱いてしまう弱い自分がいるのも嘘ではない。


 さて、問題だ。

 禁煙をしている人間は本当にタバコを嫌いなのだろうか?

 むしろ、そこから避けようとしていることは――好きだからこそではないだろうか。


 コンピュータソフトが発達したおかげで連絡が取れるような端末は持っていない。

 僕がこのまま将棋会館へ戻って続きを指しても文句を言う奴はその場にはいないだろう。

 坂上さんは面食らうだろうけども。

 さて、どうしよう。


 僕はジュースのカップのふたを開けて氷をガリガリとみ砕きながら、短い時間で決断を下すプレッシャーを、その逡巡しゅんじゅんを楽しむことにした。

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将棋短編『尻ぬぐい』 はまだ語録 @hamadagoroku

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