アイスクリームくらいの愛なら

冬木ゆふ

本編

 姉は、金魚をすくうのが上手かった。

 ポイを水中から滑らせるように引き揚げ、すいすい金魚をすくっていく。一方の私は、金魚を壁に追い詰めて、そーっと持ち上げているというのに、あっけなく紙がやぶれてしまう。同じポイを使っているとは思えない。私は姉の手際を眺めて、関心するばかりだった。

 うちでは金魚を飼えない。だから何匹すくっても、金魚が欲しいとねだった私の願いはかなわなかった。姉は一つのポイですくった十匹の金魚を店の人に返すと、「凄いでしょ」とわらった。私は姉の手際に感動したのか、しばらくはご機嫌だった。

 でも、そのうち、私は再び駄々をこね始めた。やっぱり金魚が飼いたかったのだろう。子供は大人が考えているより大人だが、子供が考えているより子供なのだ。姉は困ったようにわらうと、私の手を引っ張って、屋台の立ち並ぶ通りを抜け出た。人ごみから解放された際の、涼しさを覚えている。熱気を伴った、夏の夕方なりの涼しさ。屋台通りの先には駄菓子屋があって、姉は、私を置いて店に入った。私は人ごみの外から、提灯の明かりと金魚すくいの屋台を眺めていた。

 ぴと、と頬に冷たいものが当たる。振り向くと、姉がバニラアイスのカップを差し出してわらっていた。たった百円。家でも食べられるバニラアイス。そんなものが、どうしてか無性に美味しかった。金魚のことを忘れるほどに。祭りの夜なら、わたあめとかりんご飴とか、他にも食べるものはいくらでもあるのに。

 道端にしゃがみこんで、アイスクリームを食べた。祭りの熱気と音色を眺めて、私たちはくすくす笑い合った。

 私は小学生だった。姉は中学生だった。

 祭りの夜は永遠かのように思われた。

 しかし、実際のところ九時には家に戻っていたし、普段より少し夜更かしをしただけで、ちっとも永遠などではなかった。現在の私が思い返す祭りの夜と、当時の私が感じた祭りの夜には大きい隔たりがある。




 姪の面倒を見てくれと頼まれた。よくあることではないが、たまにあることだった。私が定職に就いていないから、姉は私を暇人だと思っている。ちょうどバイトが入っていない日だったから、私は仕方なく応じた。姉はともかくとして、実家暮らしの私は母に対して強く出られないところがある。

 姉は、電車で三駅ほどのまちで暮らしている。両親は実家の近くを勧め、私は親からの過度な干渉を受けないために東京暮らしを勧めたが、結局中途半端なところに住んでいる。折衷案という訳ではなく、相手のいることだから、そっちの事情が強いのだろう。

 その日は、急な食事の予定が入ったという話だった。食事といってもビジネスな会食らしく、外せない重要な予定らしい。フリーターの私としては、仕事で食事をするというのがあまり想像できない。相応の店に行くのだろうが、味を楽しむ余裕はあるのだろうか。

 姉夫婦は二人ともそれなりに稼いでいて、ときどき私を食事に招いてくれる。姉の配偶者は料理人を目指していた時期があったらしく、私は喜んでごちそうになっている。老後に利害度外視のカフェを開くのが今でも夢らしい。実際、彼に紹介してもらったカフェはなかなか過ごしやすい店が多い。

 そんなわけで色々とお世話になっているので、姪について頼まれると、なかなか断れない。というか、姪の面倒を見る代わりに色々とお世話になることができているので、頼まれたら甘んじて受け入れている。

 十七時くらいに、姉のマンションを訪ねた。インターホンを押すと、しばらくして、浴衣を着た姪が出てきた。白を基調とした浴衣には、たくさんのひまわりが咲き乱れている。涼しげで元気な印象だが、ブルーの帯がアクセントになって、どこか引き締まったクールな雰囲気もある。

 成長すればすぐに着られなくなるし、そもそも浴衣を着る機会もあんまりないだろう。しかし、姉夫婦はこういうところでお金を渋らない。いや、たいていの親はそうなのかもしれない。でも、私は子供のころに浴衣を着た覚えがないから、姉は私たちの両親とはすこし違う母親になったのだなぁと思う。

 姪はもう小学生なのだが、その日はお祭りで、一人で行かせるのは少し不安とのことだった。そろそろ友達と行ってもおかしくないし、過保護だと思わなくもないが、姪本人がそれでいいならいいと思う。

 姪の名前は、都という。

「浴衣で待ってたの」

 私の言葉に、都は興味なさげに返事をする。

「ママが着せてくれたから」

 都が下駄を履く。板に青い鼻緒がついたシンプルなもの。一方の私はジーパンにスニーカー。

「普通の恰好で待っててもよかったのに」

 私が着付けをすればいいし、なんて思ったのだが、

「キョーコって、浴衣着たことあるの?」

 都にすげなく返された。

 都は私をキョーコと呼ぶ。これは姉の呼び方を真似ているんだと思う。最初は少しだけぎょっとしたものだが、おばさんと呼ばれるよりはよっぽどいい。

「浴衣くらい着たことあるよ」

 私が見栄を張るように言うと、都はためいきをつく。

「だったら褒めてよ」

 何が「だったら」なんだろう。

「似合ってるね」

 一言。

「それだけ?」

 それだけって言われても。私は仕方なく言い直す。

「都はひまわりより紫陽花とかの方が似合いそうだなって思ってたけどひまわりも似合ってる。白い生地で、あと帯が青いのが良いんだと思う」

 後で聞いた話では、浴衣を選んだのは都らしい。

「くるしゅーない」

 満足したのか、都が尊大に言う。どこでそんな言葉を覚えてくるんだろう。

 私は姉に言われていた通り、下駄箱に置いてあった虫よけスプレーを都の腕や足に使う。嫌そうな顔をされるが、蚊に刺される方が大変なので、我慢してもらう。

 そんなところで、玄関からマンションの廊下に出た。都は鍵を閉め、何故か誇らしげな顔をする。そのまま鍵を私に預け、彼女はいたずらに言う。

「鍵、なくさないでね」

 都は私を何歳だと思っているのだろうか。

(しかしながら私には姉の家の鍵を紛失した前科があるので、文句は言えない。一応、鞄の奥に入り込んでいただけなので、鍵の交換等をする惨事にはならなかった)

「じゃあ行こう」

 マンションの階段を都と二人で降りる。

 蝉の声がする。日の傾いた空が、少しの寂しさと、祭りの賑わいの予感を運んでくる。

 夏の夕方。私にとっては一日の終わりに少し入っただけの用事。一日はもうすぐ終わるものであって、これから始まるものではない。でも、都にとっては違う。都はこの時間を待ち遠しく思っていて、彼女の一日はこれから始まる。

 私にとっての祭りの夜と、都にとっての祭りの夜には大きい隔たりがある。





 姉は私のことをいつまでも幼いと思っていて、アイスクリームを与えれば機嫌がよくなると勘違いしていた節がある。

 夏季高校生女子バドミントン大会。県大会個人戦。一回戦負け。

 対戦相手が強豪校の一年生だったし、別に勝てると思っていたわけではない。ただ、こんなにもあっけなく高校三年の夏が終わってしまうということを掴みかねていて、私は県立体育館の外で黄昏ていた。

「やっほ」

 姉はいつも唐突だった。

 そもそも歳が離れていたから、高校に上がるころには既に交流が減っていた。家族で夕食を取るという感じでもなく、家ですれ違うことはあっても、暮らしを共有しているという感じではなかった。

「どうして来たの?」

「キョーコの活躍を見に」

 飄々と答える姉はだいたいのところを察していたようだった。

「皮肉?」

「うーん。間にあってないことは察してたけど、活躍を見に来たのは嘘じゃない」

 そう言うと、姉が私にむかってなにかを放り投げる。

「は?」

 かろうじてキャッチしたそれは、何やらひんやりとした感触で、有り体に言ってしまえばカップのバニラアイスだった。

「なにこれ」

 呆気にとられる私に、姉はからっと笑う。

「努力賞」

 それだけ言うと、姉は「じゃ」と言って自転車置き場に行く。姉が乗った自転車のカゴにはクーラーボックス。そこまでして何故と思いながら、カップタイプのアイスクリームを抱えて私は困惑する。

 そして気づくのが遅れてしまう。

「待って! スプーンがない!」

 私が叫んでも、もうずいぶん遠くに離れていた姉には伝わらず。何か言われていることだけはわかっているのか、姉はただただ私の方に大きく手を振って見せた。

 追いかける気力もなくて、私はアイスクリームを抱えて途方に暮れるのだった。





 子供は苦手だ。小さいし、脆い。抱きしめたら骨が折れそうだ。急にいなくなって、事故にでも合わないかと気が気でない。好ましく思うことと苦手であることは両立する。私は都を好ましく思っているけど、苦手だ。可愛いと思う前に、気が気でないと思う方が強い。

 都がもっと幼かったころ、私は良い親戚とは言えなかっただろう。訳もわからないまま生まれてきてしまった赤子は、せめて祝福をもって迎えられるべきだと思う。私は祝福の仕方を知らずに、上司に対して浮かべるような愛想笑いを向けることしかできなかった。

 都がもうすこし成長してから、私はとりあえずアイスクリームを与えることで機嫌を取ろうとして、姉に叱られた。お前も同じことやってただろ、と口では言いつつも、親という立場から見ればまったくもって正しい指摘だとも思う。大人の財力を使えば、子供を無限に歓待することはできる。しかしながら、際限なく与えて子供を喜ばせるという行為は、本人のためというより自尊心を満たすために有効なものだ。

 そんな風に、私はあまり良い叔母ではなかったのだが、たまたま都とは相性がよかったようで、一緒に出掛けてもそれなりに楽しんでもらえるようになった。

「キョーコ、下手」

 金魚すくいをさせられていた。私が都と遊んであげているというより、私は都に遊ばれている節がある。けらけらと笑いながら都は私の様子を見ていた。

「真上に持ち上げるのはダメなんだよ?」

 お手本とばかりに、都は金魚をすくってみせる。自分でできるなら私にやらせる必要はないだろう。

 といっても私は大人なので、大人の対応をする。

「すごーい。さすが」

 が、都は唇を尖らせて、むすっとした顔になる。

「悔しくないの?」

 悔しがってほしかったらしい。確かに、素直にちやほやしてくれる大人が好きならそもそも私と相性が悪いはずだろう。

「ママがうまかったからね」

 もちろん、ママというのは姉のことだ。

「教わったりしたの?」

 私が訊くと、都は首をかしげる。

「え? たぶんない」

 血筋なのかもしれない、と思って、姉と私にも共通の血が流れていることに気づく。血統主義は古い。

 それから、たこ焼きを食べたり。綿あめを食べたり。型抜きをやってみたり。祭りの夜は、消化試合のようにすぐに過ぎ去る。ところどころ、浴衣に食べものがこぼれたり、ひやひやすることはあったが、それでも、あっという間だ。

 帰り道。祭りの喧騒から離れて二人。徒歩でマンションに向かっていた。

「キョーコ、来年も一緒に来てくれる?」

 都がぽつりとつぶやく。

「うーん。もう、友達とかと一緒に来た方が楽しいんじゃない?」

 私は愛想笑いを浮かべながら言う。

「友達と来てもお金出してもらえないでしょ」

 都がけらけら笑いながらしれっと言う。

「そういう魂胆だったのか」

「そーゆーコンタンだったの」

 二人して笑い、そして静まる。

 ついさっきまでは人ごみの中にいたから、ちょっとした沈黙が重くるしく思えてしまう。私は柄にもなく場を取り繕うとしたが、その必要はなかった。

「あ、」

 都が何か言おうとしていた。でもそれはあんまり簡単に言えることではないようで、口を開いては黙った。

 急かす必要はなかったから、私は待った。帰路はもう少しある。少しだけ歩くスピードを落として、私たちはゆっくりと歩いた。

 そうしてしばらくして、都が言う。

「友達が、カレシと夏祭りに行くって」

 まず思ったのは、最近の小学生はませているんだな、ということ。しかしながら、子供は子供が考えているよりは子供だが、大人が考えているよりも大人なのだ。そういうこともあるだろう。

「今日実は会ってたりする?」 

 都は首を横に振る。なんでも、同日に開催される少し遠くのお祭りに行ったらしい。

「なんか寂しくなった」

 私は都の言葉に「そっか」とだけあいづちを打つ。

「ママは結婚してるけど、キョーコしてないでしょ。キョーコなら気持ちわかってくれるかと思った」

 結婚と恋人はまた別のものだ。しかしながら、都が誰かに自分の気持ちを話す上で、姉には言いたくなかったのだろう。そういうことを考えると、これは慎重に対応しないといけない会話なのかもしれない。

 私は、思い出す。

 私と姉をめぐる記憶の、最も乾いた部分を思い出す。




 中学は姉と同じ吹奏楽部に入った。私は下手だった。中学校三年生の夏、部活を既に引退していた。受験勉強に集中できないまま、だらだらと過ごしていた。夏だった。

 夏は暑い季節だ。でも暑いだけじゃなくて、冷える季節でもある。クーラーが利いた自宅は、半そででは少し寒くて、私は薄手のパーカーを羽織っていた。姉は最初っから長袖のシャツを着ていた。

 両親は仕事に行っていた。気まずい。姉も私も居間にいて、しかし別のことをしていた。私は携帯ゲームをやって、姉は本を読んでいた。気まずくても、自室に戻るという気にはならなかった。話をつけなくてはいけなかったからだ。謝らなくちゃいけなかったからだ。

 私は姉の彼氏を奪い取ろうとしたのだから。

 私はずっと言いかねていた。昼は、姉がそうめんをつくった。二人で食べたが、そのときも無言だった。夜になったら親が帰ってくるから、その前に話さなくちゃいけないと思った。

 そして二時ごろに、姉は何の気なしに私に問いかけた。

「キョーコ、アイスクリームの作り方知ってる?」

 私が首を横に振ると、姉はキッチンで何やら準備を始めた。私もおっかなびっくりでついていき、様子を眺める。

 牛乳。卵黄。生クリーム。バニラエッセンス。上白糖。

 牛乳を入れた鍋を火にかけて加熱し、上白糖を加える。上白糖が溶けたところで火をとめて、ボウルで溶いた卵黄と混ぜ合わせる。それを鍋に戻して、木べらで混ぜながらまた加熱する。そのあと金属製の容器に移し替えて、生クリームとバニラエッセンスを加え、更に混ぜる。

 そして粗熱を取ってから冷凍庫で冷やす。

 姉がその場で調べてた手順で、アイスクリームをつくる。姉に謝ろうと思っていた私は、混乱しながら姉の指示の通りにバニラアイス作りに励む。

 アイスクリームを冷凍庫で冷やす段になって、一息つく。訳もわからないまま黙っていると、姉が笑顔で口を開く。

「どうして人が恋をするか知ってる?」

 知らない。私は黙っていた。

「みんなやってるからだよ」

 人は笑いながら怒ることがある。でも、そのときの姉は笑いながら怒っている雰囲気ではなかった。敢えて言うなら心底どうでもいいことを気にしている妹を見て諭すように、笑っていた。

「アイツが欲しいならあげる」

 私はそう言われてようやく口を開いた。

「いらない」

 そっかーと姉は語尾を伸ばして、それからもう一度笑って言った。

「じゃあアイス食べよっか」

 姉は私のことをいつまでも幼いと思っていて、アイスクリームを与えれば機嫌がよくなると勘違いしていた節がある。




 どうして人が恋をするのか。それについて「みんなやってるから」と言った姉は、その後大学で現在の配偶者と出会い、最終的に結婚することになった。就職後数年で娘を授かって、その娘である都は現在小学生になった。

 どうして人が恋をするのか。それについて「みんなやってるから」と言われた私は何人かと交際して、別れて、それを繰り返した末にここ三年ほどはいわゆるフリーという状態で過ごしている。

 どうして姉の彼氏に言い寄ったのか。たぶん寂しかったから。そんなことに気づいたのは、うんと後になってからだけど。

 手をつないで一緒に歩いていた都に、軽く訊いてみる。

「ね、都、私って寂しそうに見える?」

 都は首をかしげて言う。

「あんまり」

 一息入れる。

 子供の前で、弱いところを見せるのは、すこし怖い。

 つないでいない方の手でぐっと伸びをして、言う。

「でも昔は寂しかったことがある。」

 都が目を丸くする。

「そうなんだ」

 キョーコにそんな感情あったんだ、とでも言いたげな顔。

「ママが初めて人と付き合ったとき、取られたって思っちゃったんだよ」

 子供にこういう話をするのはどうかとも思ったが、私は都の親でもないし、まぁいいかと言ってしまう。姉には悪いが、許してくれ。

「それってパパ?」

 ただ、この点については笑ってごまかして、続きを言う。

「でもさ、ママがパパと結婚したからって、私とママが他人になるわけじゃないでしょう」

 むしろ仲が良くなった。中学のときや高校のときよりは断然。

「私と友達も同じってこと?」

 都の言葉に、それは短絡的かもしれない、と思う。でも、私が言おうとした意図をしっかり読み取れているので、短絡的なのは都ではなく私なのだが。

「どうだろう。私とママは家族だからなー。でもお互いがお互いを大事に思ってるなら、大丈夫」

 私の言葉に、都がつないだ手をぎゅっと握りしめる。

「お祭り、一緒に来てくれなかったのに?」

 適格な指摘だけど、私は大人なので、適当にごまかすことができる。

「最初は浮かれてるからさー。そんなもんだよ」

 「それにね」と付け加えて、こそこそ話をするように、都の耳に口を近づけて言う。

「ひどいことを言うとね、小学生で付き合ってもどうせすぐに別れるよ」

 都も、私の真似をしようとしたから、私はしゃがんで都の方に耳を傾ける。

「すぐってどのくらい?」

 耳がすこしくすぐったい。

「三か月もないくらい」

 私の返答に、都はえーっと叫ぶ。

「すぐじゃないじゃん」

 もう大丈夫だろうと思った。都が話を切り出したときの深刻さはもうなくなっていて、軽口を叩くときの声に変わっている。 

「すぐだよ」

「それはキョーコが歳取ってるからじゃん」

 都が私の手を放して、逃げながら言う。

 私はけらけら笑いながら、「ひどーい」とか言っちゃって、都を追いかける。

 夏の夜の歩道。祭りの熱気がどことなく残っていて、静かな夜。私と都の声が、夜の闇に響く。子供のようにはしゃぎながら、私は明日の仕事について考えたり、考えなかったり。都の将来について考えたり、考えなかったり。

 現在の私が思い返す祭りの夜と、当時の私が感じた祭りの夜には大きい隔たりがある。将来の都が思い返す祭りの夜と、現在の都が感じている祭りの夜には大きい隔たりがある。私にとっての祭りの夜と、都にとっての祭りの夜には大きい隔たりがある。

 ああ、でもこの一瞬、今わらっている一瞬だけはきっと真実だ。

 遠くで太鼓を叩く音が聞こえる。祭りの熱気の外で、私たちは声をあげていた。

 どうかこの一瞬を忘れずに生きていけますように。

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