あの子
気がつけば家を飛び出していた。なんで今更だとか、あの子は望んでないとか、だから私にはどうしょうもないとか、余計なことを振り払うように走る。あの日、私は諦めたはずだった。だけど、今行かなかったらきっと後悔する。幸い場所は看板に書いてある。だから大丈夫、きっと間に合う。
親に教わった方法でゲートを破壊する。すぐに侵入者を知らせるサイレンが鳴る。鳴り響くサイレンも、大人たちが慌てる顔も既に見慣れた物だ。なのに、サイレンが鳴った途端に、心臓がバクバクして、目はチカチカして、身体中がブルブル震えて倒れそうになった。いままではただの八つ当たりだった。親を奪われ、帰る場所を失って、どうせ無理だと分かっていながら、何かせずにはいられなかった。でも今は違う。私のたった一人の大切な友達を必ず助ける。そのためにゲートを壊すのだ。本当に、ここから逃げだすのだ。
あの子は嫌がるかもしれない。もしかしたら怒るかもしれない。悲しむかもしれない。
そう思ったら、必ず連れ出さないといけないと強く感じた。ここでは全てが予定通り進む。わずかな狂いもすぐ修正される。だからここの大人たちは基本的に予定外の事態に弱い。サイレンが鳴ってしばらく経ち、大人達が数人がかりで追いかけてきたが、連携もとれていなければ動きもぎこちない。子供の私でも逃げられる。
大丈夫、きっと大丈夫。口から飛び出そうな心臓をなだめる。なんとか看板に書いてあった場所にたどり着いた。全面真っ白で、真ん中のスクリーンに機械音声の字幕が簡素なフォントで表示されてる。奥にはもう一つ扉があり、開けると部屋の中には水色の液体が入ったカプセルのようなものが並んでいた。
カプセルは大半が閉まっていたが、まだ空いているものもいくつかある。カプセルはちょうど子供が1人入れるぐらいの大きさだ。
よく見ると隣にはカゴが置いてあり、中には服が入っている。私は弾かれたように、カプセルに近づくと思いっきり叩く。手前から数えて2番目だ。すぐにあの子だと分かった。あの子に服の畳み方を教えたのは私だ。強く叩いてもなんの反応もないので、カプセル周辺のボタンを手当たり次第に押す。しかし電飾がついたり消えたりするだけでなんの動きもない。焦る気持ちも抑えてとにかく開ける方法を考える。
そうだ、ゲートを壊したのと同じやり方で開くかもしれない。祈るような気持ちで試すと、カプセルはすんなり開いた。
私は胸を撫で下ろし、水色の液体に浮かんだあの子を揺すってみた。
しかし、なんの反応もなかった。
何度呼びかけても、
何度、うごかしてもだめだった。
信じたくなくて、気付きたくなくて、
なんども、なんどもうごかす。
パチャパチャと水が揺れる音だけが響く。
ポタリ、ポタリ、水が溢れた。
私は間に合わなかった。ちっともだいじょうぶなんかじゃない。私は、もう、汚くて、不格好で、どうしようもない現実なんか見たくない。
水にぷかぷか浮いて、眠っているように見えるのに、この子はもうどこにもいない。
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