気がかり


 調整実施日、私は親に連れられるまま、居住区を出た。特別なゲートを潜り、建物の中に入るとすぐにユニバーサルデザインで配色された、遠くから見つけやすい看板があった。


『人口調整実施現場 識別番号110001〜110499』


「では、後は指示に従ってください」

そういうと私を担当していた親は去った。


無機質な部屋の中に一人残されると、不思議に温度が下がった感じがして、体温と室温を確認したが異常は見つからなかった。あの日、寒くないのに体をくっつけたあの子は、こんな感じだったのだろうか。

 わたしが入ると、扉はすぐに閉まり、音声案内が始まった。指示に従って衣服を脱ぎ、畳んで手に持つ。続けて奥の部屋に入ろうとと、扉へ踏み出した、その時、ここへ向かうゲートが壊れたらしい、最近はあまり聞いていなかった警報音が鳴り響いた。けたたましく鳴るサイレンの音になぜか足が止まった。

 調整で死ぬことに嫌悪感はない。人道的理由から痛みは伴わないので、長い眠りにつくようなものだ。わたしには恐怖も不安もないので躊躇う理由なんてないはずだ。

 気がかりなのは彼女のことだ。彼女が不幸でないか気になった。彼女のぐちゃぐちゃになった顔を思い出した。彼女は変わっているけど、きっと大丈夫だろう。


110489 計画遅延、368秒、時間調整、110489、632秒以内に行動してください

 機械音声に催促される。

 

 奥の部屋入ると、中には服を仕舞うカゴと、子供1人がちょうど入れる大きさのアイソレーションタンクが並んでいた。

 服をカゴに入れ、機械音声の指示通り、アイソレーションタンクの中に入り、外部からの刺激を断つ。半透明の冷たい液体に浸かると、体が宙に浮いた。まず、タンクの蓋を閉めて光を。体を浮かせたまま動かないで水音を。それから、体から平衡感覚が消えるのを待つ。そうしたら、このまま眠ってしまえばいい。

 一人にしないで。

 一瞬、聞き慣れた声が聞こえた気がした。ごめんね。なぜか思い浮かんだ言葉を頭の中で呟くと、沈み込むようにゆっくりと意識を手放した。

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