この知らせを聞くと、彼女は目に異物が入ったわけでもないのに涙をたくさん流した。


「こんなの、ひどすぎる」


わたしにはなにがひどいのかわからなかった。けれど、経験上、わたしがわからないと、彼女は"かなしむ"ので、代わりに彼女の口癖を言ってみた。

「変 だね」


 彼女は一瞬、目と口を大きく開けてから、またすぐに目と口の形をかえて、涙を流し始めた。


「そうだよ。変なんだよ。」


 彼女は掠れた声でそう言うと、涙を流しつづける目でわたしを見つめると口角を上げて微笑んだ。 

「だけど、あなたにはわからないんでしょ」

この表情は、今までの"かなしい"のとも、"おこって"いるのとも違った。


 彼女は"かなしい"のと、"おこる"のは嫌いだと言っていたため、わたしは安心して、微笑んで答えた。

「うん」


 すると、彼女はわたしに背を向けて、しゃがみこみ、より不規則になった呼吸に合わせて、肩を大きく震わせながら、言葉ではない音を漏らしていた。

 なにか異常があっただろうか。原因が思い当たったので、彼女の背後に座り込むと、背中から手を回して、彼女に密着する。

「へ?なっなに?」


「寒いのかと思って」


「な、なるほど」


「でも、違ったみたいだから離れるね」

わたしが彼女から離れようとすると、前に回していた腕を掴まれた。


「ううん、寒い、寒いの。だから、もうちょっとこうしてて」

彼女はいつもわけがわからないが、この日の彼女は一段とわけがわからなかった。

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