110536


 夢を見た。

 

 夢は睡眠が浅い時に見る。限られた時間の中、効率よく疲労回復するには、できるだけ深い睡眠を取ること重要だ。幼少期ならともかく、今この年になって夢などという不要なものを見てしまうのは、きっと生活リズムが乱れたからだ。ここのところ、ほぼ毎日予定を狂わされている。おかげで運動量も、睡眠時間も適正値を維持出来なくなった。


 原因はあの転校生の女の子。彼女に施設中を連れ回されている。

 彼女は立ち入り禁止区域だろうと関係なく入っていく。本来、子供が入ってはいけない場所も彼女は特例で許可証を渡されている。後から聞いた話では、止めたところでゲートを破壊して強引に入るので、施設管理者の方で無駄に資源を消費されるぐらいなら許可証を持たせた方がいいと判断したらしい。

 彼女は問題児だった。いつも誰もやらないことをやっていた。唐突に意味もなく走り出したり、木に登ったり、ツツジの蜜を吸ったり、雲や草の"なまえ"を考えたり、とにかく変なことをしていた。

 彼女が変なのには、もちろん理由がある。彼女は出自が少々特殊なのだ。通常、子供は国から認められた一部の人しか産めない。人類が生き残る上で、優れた遺伝子を多く残すことは重要だからだ。

 子供は、生まれるとすぐに国に保護され、教育の専門家が"親"なって育てる。子供を産むのに選ばれた人物が、親としても優れた人物とは限らないからだ。また、これは平等に配慮した結果でもある。親の所得の差によって、子供の将来が左右されることを防ぐことができる。子供は最高の教育を受けられるし、国は優秀な子供の才能が埋もれることを防げる。実に合理的な仕組みだ。

 この仕組みが始まった当初、各所で国の体制に反対するデモやテロが頻発したらしいが、その世代の人間は現在ほとんど残っておらず、国の管理する貴重な緑が荒らされることもなくなった。

 政府はますます専門家教育の重要性を再認識し、教育専門施設はどんどん拡張された。

わたし、識別番号110489も、生まれてすぐこの教育専門施設で育てられ、親から社会規範や常識を学んでいる。110489は、110年目の489番目の意味だ。

 しかし、彼女は違う。彼女、識別番号110536は、110年目、536番目は7才の時に、国に保護されてここへ転入して来た。それ以前はテロ組織に居たらしい。だから、彼女が社会規範や常識を知らないのも無理はない。

 ここに入ってすぐの時、彼女は施設を抜け出そうと毎日画策していた。そのせいで施設内は連日警報音が鳴り響いていた。

 親がなんど警告しても、彼女はやめなかった。親たちの会議の結果、年の近い人間から言い聞かせた方がよい、ということになり、彼女の監視、そして一般常識を教える役割が優等生であるわたしに与えられた。


 それ以来、わたしたちはペアで行動するように言いつけられた。実際、親たちの思惑通り、わたしと行動するようになって、彼女の異常行動はいくらか減少した。しかし、彼女とペアを組むのは想定以上に面倒だった。

 彼女の識別番号は110536だ。なのに、"なまえ"という管理するのに非効率的なコードで読んで欲しがる。110536と呼ばれても決して答えない。それが、学校担当の親にも、自宅の親にも、もちろんわたしにも。親に注意されると、彼女はよく心拍数を上げて、呼吸のリズムを乱して、普段よりを大きな声を出していた。そんなことをするメリットは何もない。やっぱり彼女は変わっている。彼女はそのような様子を"おこってる"と名付けているそうだ。


ある日、どうしてそうするのか聞いたら


「だって番号で呼ばれるの変じゃない」


変なのは彼女の方だ。番号がいかに個人を識別する上で有用か分からないのだろうか。

「そうかな?効率的だし、おかしいことじゃないと思うけど」


「わからないならいいよ、110489」


「うん、わかった。でもなんで"おこってる"の?」


「え......」


「前に”おこってる”って言ってた時と表情や身体的変化と類似性がある」


「なんだ......そう」

彼女は“かなし”そうに言った。


 やはり彼女は変わっている。

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