終:見たこともないアレをさ

「あら、世界変革に挑む英雄さん。負け犬の檻に一体何の用かしら?」

「いきなり辛辣だな」

 決戦から三日後、桜花とエクスは都心に赴き、SDA日本総支部の地下に在る、特別研究室の中でノーラと向かい合っていた。

 先日までのギラついた物が消えた彼女は、別人のように穏やかな表情で桜花を迎えた。これが彼女の素なのだろう。

 聞きたい事は山ほどあるが、生憎面会時間はかなり短く設定されている為、一番の懸念事項についての問いを投げかけた。

「身体の方はどうなんだ? その……色々やってたんだろ? 元に戻すのは難しいって八千代さんが言ってたけれど」

「完全な除去は無理だけれど、普通の人間に近いところまで戻す事は可能だそうよ。投薬で『血』を取り除き、伝承の武器の残滓を取り除く事も含めれば、かなり時間がかかるらしいけれど、待てない時間では無いわ。ところで、世間で今回の一件はどうなっているの?」

「あぁ、それは……」

「事実」として世間に明かされたのは、異形が展示会に乱入して破壊活動を行った所まで。

 世界各国の『継承者』を殺害して伝承の武器を奪い、自らの願いの為に動いていたノーラについて報道される事は一切無かった。

 彼女の動きを公にしてしまえば、都合の悪い事実に辿り着く者が現れる懸念を、上層部は捨てられなかったのだろう。

 多くの人間が絡む組織としては当然の行いと理解は出来るが、知ってしまった人間はもやもやした物を感じてしまう。そんな桜花を見ながらノーラは微笑む。

「組織なんて、得てしてそういう物。個人の持つ物とは別の正しさで規定され、それに従えない者は自然と消えていく。カラドボルグの本来の『継承者』アイロットのような例外もいるけど、彼もまた弾かれ者で、いつ消されてもおかしくなかったみたい。真実を語る機会はこれから幾らでもあるわ。幸運な事に、時が来るまで私は生きていられそうだから」

 桜花と共にノーラが回収された時、本部からは即刻彼女の首を落とすよう通達が来たらしい。

 ファルフスを始めとした実力者が抵抗を見せた事で、治療を受けつつ裁判を受ける権利を与えられたが、彼女の口を封じたい勢力からの襲撃に晒されるリスクは消えていない。適合者とて、一枚岩では無い事は当然の事実だ。

 彼女が何処まで真実を語れるか、私刑ではなく、キチンとした裁判によって裁く事ができるのか。これもまた新たな懸案事項だろう。全てを語る時まで守り抜かねばならない重圧は、桜花を含む彼女を擁護する人間に圧し掛かっている。

「安心しなさい。殆どの力を失っても、私はそこらの雑兵には負けやしないから」

「おーそうか。じゃ、今度桜花とスパーリングしようぜ!!」

「運動としては悪くないわね」

「いやそれは止めろ。いや止めてください……」

 冗談交じりのエクスの言葉に真面目に考え込むノーラを見て、桜花は冷や汗をかく。是非とも実現して欲しくない物だ。確実に彼がコテンパンにやられるに違いないだろう。

 そこで面会時間の終わりを係官に告げられ、桜花は立ち上がって扉を開く。

「また、な」

「次に来る時はもっと面白い話を持ってきてね。ずっとここに居続けていると、流石に退屈を覚えてしまいそうだから」

「……努力するよ」

 これから何度も顔を合わせるであろう相手に、感傷の類を引き起こす言葉は不要。扉が閉められるその瞬間まで、ノーラは手を振っていた。

「さて、どうしようかしら」

 完全に扉が閉まり、ノーラは再びベッドに凭れ掛かる。決着が付いた時点で、問答無用で首が飛ばされて当然の大罪人であるにも関わらず、不思議な事にまだ生きている。

 存在を疎ましく思う者に殺害される可能性が存在し、知っている事を全て話し終え、この身体についてのデータの採取と『血』の除去が終われば裁判は本格化し、重い罰が課せられるのは紛れもない事実。

 死刑による終幕の可能性が非常に高いと理解している。理解しながらも自分はそれだけの事を行っていたのだ、受け入れるしかないだろう。

 だが、戦いに身を投じない日々が訪れたのもまた事実なのだ。

 奇妙な形ではあるが、自分は二度も失った平穏な時間を手に入れた。その時間を、少しでも大切にしようではないか。

 ナースコールと似た役割を果たすスイッチを押し、緊張気味の声に対して、軽やかな調子で呼びかけた。

「申し訳ないのだけれど、この国の書物を読ませてくれないかしら? 少しでも、知識を吸収しておきたいの」


                   ◆

 

「おぉぉっ! すげぇぞ桜花! 人がゴミみたいだ!」

「ちょっと落ち着け、後その台詞は駄目だ」 

 日本総支部を辞した二人は、有名な電波塔の展望フロアで風景を眺めていた。せっかく都心にまで来たのだから、一度行ってみたいというエクスの意を汲んだ物だった。桜花としても、ここにめての経験であるので、悪い物は感じない。

 豆粒同然に見える人の動きを、四百五十メートルの地点から見下ろす。あれだけの激闘など無い物のように、人々は忙しなく日常の歯車を回している。

 それで良いのだと桜花は小さく笑う。日常から外れた物事に踊らされる人間は、少なくあるべきだ。二度とノーラのような悲劇が起こらない為にも。

 指で肩をつつかれて指の方向に身体ごと向き直る。エクスが蒼い瞳で、桜花をじっと見つめていた。

 真剣な眼差しをずっと向けられる事に気恥ずかしさを覚え始めた頃、問い掛けが投げられた。

「なぁ桜花。ノーラとやり合う前に言ってたよな。黄金律がどうたらって。アレって一体どういう意味なんだ?」

「あぁそれは……」

 答える前に、桜花は天を仰ぐ。

 エクスの持つ過去に比べれば、非常に矮小なスケールの話になってしまうが、彼女に隠し立てをするのはナシだろう、と思い直して口を開く。

「八千代さんとかに比べたらさ、どう転んでも俺は小さくて弱いのは事実なんだ。あの人達みたく、国中の人全員を救うとか世界の悪を正すとか、デカい望みを抱けないし、抱いてもまず実現出来ないんだ。今回の件だってお前と一緒でも、負け戦同然の状況しか作れなかったしな。でもさ、一応救う事が出来た人はいた。俺にも出来る事はあったし、ヒーローえおやって良い証明を貰えた気がするんだ。だから、さ」

「だから?」

「手に届く範囲の人だけは絶対に救おうと思ったんだ。そうすれば、大きな流れが出来るかもしれないしさ。その為なら、ノーラみたいに突き抜けて強い奴が相手でも、逃げずに挑もう。まぁそんな感じの中身だよ」

 小学生みたいな目標だと、少し苦笑する。伝説を背負い、到底釣り合わない強大な力を持ったエクスには、非常に矮小な決意と映ってもおかしくない。

 すると、エクスに胸を小突かれる。力のセーブに失敗したようで、桜花が痛みで少し目に涙を浮かべていると、彼女は笑う。

「どーせまたチンケな目標とか言って自虐してんだろ。んな訳ねぇよ! 最高な目標だ。……それに、今は桜花がアタシの相方だ。どこまで付き合ってやんよ!」

 決然と放たれた言葉で、胸に熱い物が走る。続けてエクスが何か言おうとした時、桜花のスマホが無粋にも鳴り響く。

「桜花君、オフなのに悪いけど仕事の連絡だ。君のいる場所の近くで異形が発生したらしい。なんか新種らしいし、何が起こるか予想は出来ないから君に出て欲しい、だってさ。それじゃね」

 要件だけを一方的に告げ、通話は切られる。分かってはいたが、非日常という奴はエクスと共に在る限り離してはくれないようだ。

 彼女と一緒なら、それも悪くないと今は思えるようになったのは、桜花にとって大きな変化と言えるだろう。

「良い所で八千代も電話かけてくるなぁ。……ま、いいや。行こうぜ桜花!」

 剣の姿に戻り、腰に収まったエクスの声に頷き。現場に向けて動き始める。

 一気に飛び降りるなどと言った派手なアクションが出来ないのはご愛嬌。意気込みが空回りがちなパッとしないヒーロー、程度の立ち位置である今の自分には、大人しくエレベーターを使う他ない。

 もどかしい時間を経て地上に降り、桜花は走り出す。

 

                 ◆


 戦い続ければ、無条件に明るい未来がやって来る保証など何処にもない。

 異形は沈静化の気配を見せず、適合者はしばらくの間増加していく事は間違いない。関わる人間が増えれば、物事に絡みつく人間の感情は複雑化し、脅威を生み出す可能性が増大する。

 また新たなる脅威と出会い、悩みを抱くもあるだろう。

 結局弾き返されて前に進めず、停滞する事の方が多いかもしれない。人生だの、現実だのと言った奴は、大体そのような物しか提示してはくれない。

 現実の厳しさは、今回で嫌というほど目の当りにした。

 それでも、桜花は足掻く事を止めない。足掻き続ければ、ノーラに掲げた誓約も、両者が生きている間に実現させる可能性はゼロにはならない。

 ならば、自分は死力を尽くしてさきに行くべきなのだろう。

 想定していたより時間を要せずに、異形の発生ポイントに辿り着く。

 日常を乱す存在に対して悲鳴を上げる人々を掻い潜り、桜花は抜刀して吼えた。

「さぁ踊ろうぜ、エクス!」


 これは聖剣に選ばれた少年の、決意のお話だ。


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後天性エクスビート:Reloaded 白山基史 @shiroHBAstd

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