狂犬の呟き

 灰色の空、火薬の臭い、血が混じる黒く汚れた手、爆発音、悲鳴。

 どれもこれも戦争では当然のようにあるものだ。

 オレは仕事上、様々な戦場を見てきた。規模などは全く違うが先ほどのことは全て共通している。

 戦いに意味などないと人は言う。大義名分がどんなに立派であれ、どんなにその戦いに歴史の分岐点になるほどの重要性があれ、それは結局後付けされたものだ。

 自然界における戦いは自身のためだ。ここまで規模の大きいものはしない。

 では、人間たちは何故ここまで無意味なことをするか。

 一部の人間たちからしたら意味のあるものだとしたら?

 例えば、戦争で使用する武器や食料を提供する商人たち。裏で資産を動かす者。そして、オレのように平和な世界では生きていけない者。

 多くの命が失われ、悲しみ、憎しみしか生まないのになぜこうなるのかは至極簡単な話。それ相応の利益があるからだ。

正義感では生きていけない。一部が得をするから戦争がなくならない。

 なんという矛盾。平和な場所で過ごしてきた人間と戦場で過ごしてきた人間の価値観は全く違う。だからそこから食い違い、争いが起こり、やがて規模を拡大した戦争になるのだ。

 自分たちの手を汚したくないからオレ達のような傭兵を雇い、自分たちにとって都合の悪いものを排除させる。

 なんとういう傲慢。吐き気がする。

 と、文句も言ってられない。オレみたいなこういう場でしか活躍できない奴にとっては好都合だ。

 別にオレは平和を願っているわけでもない。ただ生きていればそれでいい。

「チッ、柄にもなく考え事して頭痛くなってきた。とっとと仕事終わらせて拠点に帰るか」

 オレはそう言い、辺りを見回す。

 自軍と敵軍が入り乱れ、互いに雄叫びをあげながら銃を撃ち合い、そして撃たれた者は糸が切れた操り人形のように死んでいく。

 見渡す限りそういう景色ばかりで敵の主戦力がどこか判別できない。

(めんどくせぇ。終戦させたいならいっそのこと両軍とも潰しちまった方が早い気がするな…。ったく、こんなもんを数年間ずっとやってるとかラリッてるんじゃねぇか?

大体、オレ達みたいな能力を多少扱える奴数人入ったとこで事態が一変することなんざないのわかってねぇんじゃないのかよ?

ホントお偉いさんの考えることは全ッッッく理解できねぇな!)


オレ、「月島 影(つきしま よう)」は傭兵と言う組織に属しており、三人一組になって仕事をしている。

ここでいう傭兵というのは、ただの雇われ兵ではなく、人ならざる者がいない人間のみで構成された組織のことを指す。

傭兵のことについて説明するには別のことを説明しなければならない。

何事も表と裏があるようにこの世界にも表と裏がある。その例としてあげるならばこの世界には常識が通用しない特殊な能力、いわゆる魔法が扱える「ペリ」と呼ばれる人外が存在する。

ペリには人間に対して無害なもの、有害なものどちらも存在し、世界中のあちこちでひっそりと生きている。通常、人間には見えず、ごく一部の魔法の力の源、魔力を自分で作ることができる人間のみが見たり、触れたりと干渉することができる。

だが、人間とペリとでは魔力の保有量が桁違いだ。人間の持っている魔力量がバケツ一杯分と仮定すればペリの持つ魔力は少し小さめの湖ぐらいだろう。そんなペリ相手に人間が真っ向から立ち向かえば最悪死に至る。

その対抗策として人間側は様々な方法を思いついた。正攻法をとるならば、人間に友好的なペリと一種の主従契約を交わし、ペリと使い魔の関係をとること。そうすれば魔力量の差は人間対ペリよりも比較的近い。

 だが、オレたち傭兵は別の方法でペリに対抗する手段を手に入れた。それは霊石と呼ばれる石から霊力という魔力とは違った未知なる力を抽出して人間の体内に入れることで特殊な能力を手に入れること。

 傭兵とは人間のみで構成された組織。ペリとの契約は千差万別で、滅多なことがない限り向こうから契約を持ち込むことはない。それに大概の契約はペリにとって有利なものばかりで人間と使い魔の関係を持ったとしても、大方は人間が自由にペリを利用できるわけではない。

傭兵にとってそれは都合の悪いことだ。ペリの気分によって戦力が変わるというのは命にもかかわることになる。だから、霊石から霊力を抽出し、体内に入れるという手段を取っている。

この方法を取れば、各個人特有の能力が手に入り、安定した力を持つことになる。だが、これもリスクは大きい。能力が手に入れる確率はわずか3割。失敗すれば後遺症が残るか、最悪の場合命を落とす。

メリットがでかい分デメリットもでかいのは仕方ないことだ。

もちろんオレも、体内に霊力を注入して成功している。だが、正直あまり使える能力ではないので利用はしていない。


「自軍の兵士が命を賭して戦っているのに、自分は高みの見物とはいい御身分ね。狂犬の分際で」

 苛立ちつつ敵軍の主戦力を探していると、背後から聞きなれた癇に障る女の声が聞こえた。

 オレは舌打ちをしつつ、振り向いた。そこには身の丈ほどの弓を持ち、羽根つきの帽子をかぶった女「矢野 弓華(やの ゆみか)」が立っていた。

 先ほども言った通り、今オレたちは三人で活動している傭兵。その中の一人がこの冷血女だ。

 こいつはオレたち三人の中で唯一の遠距離武器を携えた狙撃者。手にしているでかい弓と自身の能力で作り出した矢を利用して敵を射抜くことができる。こいつも体内に霊力を注入している成功者で、特有の能力も持っているが、かなり限定された能力のためあまり利用していないようだ。

「まだ、オレ達は本戦に参加しなくていいと伝令が来たのはお前もわかってるだろ?わかっててそれを言ってるのはつまりオレに喧嘩売ってんのか?」

「相変わらず思考回路が単純なのね。そんな無駄口たたいている暇があるのなら早く敵陣のど真ん中で暴れてきたらどう?少しはすっきりするかもよ?」

「流石冷酷女。そんな回りくどく言わずに素直に死ねって言ったらどうだ?まぁオレは死なねぇし、ましてやお前に殺されるくらい弱くはねぇが」

「冷酷?失礼ね。あなたよりかはまともな女よ?狂犬みたいにただひたすら敵を切り伏せるあなたよりはね。本当に私と同じ人間の女性なの?野生児の間違いではなくて?」

「は!お前のようなやつがまとも?どう考えたっておかしいだろ?隙あらば味方の頭をぶち抜くようなやつがまともだなんて聞いたことねぇな?」

「それはあなたの知識と常識が狭いのよ。単純な知識だったらあなたが見下していた書斎の鍵の連中の方がいくらかマシね」

「あんなイモって自分の結界に引きこもっているような奴らが?どうせ知識だけある頭でっかちなだけだろ?」

 オレはそう言い鼻で笑った。


 「書斎の鍵」とは世界各地にある異世界に通ずる扉をごく一部に限定して管理している組織。その場所で起こる様々な問題を解決し、表向きでは町の住人から依頼を受け、解決するという何でも屋のようなことをしている。

 組織といっても、人数はたった二人しかいない。

 町を守護している者と管理している者。

 オレたちは一応面識があるが、二人とも大したことはなかった。戦闘能力自体は高いが、ただ高いだけ。あいつら二人は腰抜けだ。

 あれでは宝の持ち腐れにも等しい。

 特に、あの町の守護をしていると言っていた奴。理性があるように見えて、ひどく戦闘に飢えている。

 だが、あの腑抜けは他者の命を奪う前提で戦わない。自分の命を脅かす存在がいたとしてもとどめを刺そうとはしない。ただ面倒くさいという理由だけで。

 もし、アイツと正面から戦う機会があるなら、その考えが間違っているということを徹底的に教えてやる。


「それより、主戦力を探していたのでしょう?」

「あぁそうだよ。こんな乱戦になってたんじゃあ探しようがないがな」

 オレは苛立ちを隠さずにそう言った。

 一々癇に障るな、こいつは。

「主戦力ではないけど、面倒なのが出てきたわね」

 弓女は少し目線をそらし、目を細めてつぶやくようにそう言った。

「あ?面倒だ?」

「……少しは自分で探知するとかしたらどうなの?」

「はぁ?それならてめぇのそのでかい弓で仕留めればいいだろうが。その弓は見かけだけか?」

「面倒と言ったはずよ?ヒトの話も聞けないの?」

 よし、この仕事が片づけたらコイツ殺す。毎度毎度、一々面倒なこと言いやがって、書斎の連中同等オレの手で潰してやる。

 

 ドコォン!!!!


 不意に爆音が聞こえた。どうやら敵軍が砲撃を始めたらしい。いよいよ、戦いも激化していくだろう。

「敵さんが砲撃を始めたみたいね」

「そんなの音を聞けばわかる」

「流石に音の聞き分けは得意なのね。まぁ、そこしか取り柄がないわけだから当然か」

「お前、そろそろ口の利き方に気を付けた方がいいぞ?うっかり死体が増えかねないからな?」

「あらそう?でも確かにそうね。無駄口をたたいているどっかのお馬鹿さんの頭に矢をぶち抜いたって罰は当たらないわよね?誰とは言わないけど」

 もう我慢の限界だ。

 手に持っている大剣を振り上げようとしたとき、後頭部に強い衝撃を受けた。ハンマーのような鈍器を後頭部に向けて思いっきりぶつけられたような、そんな痛みだ。

 一瞬視界が真っ暗になったがこんな戦場で気絶なんてすればそれは死に直結する。何とか一歩踏みとどまって耐える。

 後ろを振り返るとそこには両腕全体を包帯で覆い、身軽な服装をした女、一守 獅乃(いちもり しの)が立っていた。

 こいつもオレと組んでいる傭兵の一人。霊力を体内に注入して能力を手に入れた奴だ。両腕に包帯を巻いているのはそういう風に見せかけているだけで、こいつには両腕がない。特殊な布を加工して、腕として代用をしている。

「もう!こんなとこでまた喧嘩して!ユミカも変なこと言わないの!」

 どうやらシノがオレの頭を殴ったらしい。危うく意識を失うところだった。

「変なことは言ってないわよ?ただ、助言をしていただけ」

「助言で月影ちゃんが怒っていたら意味ないでしょ?全く、ユミカはしっかりしているようで抜けているんだから!」

 シノは頬を膨らませてそう言う。

 抜けている以前の問題だが、シノを怒らせるのは面倒なのでオレはこれ以上何も言わないことにした。

 弓女もその意見に同意したのか、シノと穏やかな表情で会話をしている。

「そういえば獅乃は敵の本戦にいたのよね?何か動きはなかったの?」

「動き?あぁ、そうそう!それを伝えに来たんだった。それがね、敵さんが妙な乗り物というか、赤い戦車?っていうのかな?そういうのを出してきてたよ」

「赤い戦車?」

 弓女は聞き返す。無理もない。今戦っている軍はお互い国の正式な軍隊だが、両国とも戦車を作れるような技術力もない上にそういった取引をする他国と繋がっているという情報も一切なかった。

 しかし、戦車が出てくるということはまた別の武器商人が敵国と繋がっているということだ。

「その赤い戦車にブルートの……花のマークはあった?」

「スイレンのマークのこと?うん。しっかり刻まれていたよ」

「そう」

 弓女は短くそう返事した後、オレに一瞬目を合わせ、戦車があると情報があった方向に首を振る。

(行けってか?まぁ、敵の主戦力を潰す気だったから別に構わないか。なにより、これ以上弓女といたくねぇし)

 オレは一つため息をつき、その赤い戦車があるだろう方向に歩を進めた。


 敵から見つからないよう、隠れながら進んだのでかなり時間はかかったが、なんとか例の赤い戦車が見える範囲まで敵の本陣に入り込むことができた。

(あれが赤い戦車か。思った以上に小さいな)

 大きさは想像よりも小さく、近代が利用している戦車というより、現代でいう軽自動車と大砲を組み合わせたようなものだった。

 敵が作った堀に身を隠し、オレは敵の様子をうかがう。

 聞いていた限りの情報と照らし合わせてみると、特徴は一致している。スイレンのマークが刻まれた赤い戦車。数は目視で3台。

 異様な光景だ…。兵たちの服装は鎧を身にまとい、剣や槍を持ち、臨戦態勢になっているのにも関わらず、兵たちの中心には明らかに場違いな近代的な赤い戦車がある。

 オレは弓女と一守と組み、傭兵という仕事をしているが、この傭兵の組織としての目的はブルートという宗教団体を潰すこと。宗教団体と言ってもこれは表向きのことだ。裏では犯罪まがいなことをしている。

 この組織は基本的に武器販売、人身売買などで金を稼ぎ、裏で兵器の開発、禁忌の儀式を行う実験をしているといわれている。

 だが、その実態は謎が多く、不明確なものが非常に多い。

 同じくこの組織を追っている書斎の連中とも顔見知りなのもこれが理由だ。

 傭兵というのは基本的に荒事が多く、今しているような戦争などの依頼を受けやすい。武器商売や人の一人や二人消えても問題がないこの状況であれば、しっぽくらいはつかめると思ったが想像以上に簡単には情報が集まらなかった。

 

 しかし、今回は当たりかもしれない。

 そう、期待を胸にしつつ、オレは焦りを抑え、敵の行動を観察した。

(敵の情報を探るためにもう少し近づいてみるか…)

 オレは、堀に身を隠しながら近づこうと動くが不意に兵たちの会話が聞こえたので、立ち止まって耳を澄ます。


「なぁ、お前。この妙な乗り物のことなんか聞いたか?」

「いや、何も聞いていない。それにしても不気味だな。なんだこれは?」

「俺に聞くな。だが、お偉いさん方が闇商人と取引をしてやっと手に入れたものらしいぞ。なんでも、引き換えの金の額はとんでもない額だとか」

「なんていうものに金をかけてるんだ…。全くこんな戦争なんてとっととやめて家に帰りたいもんだ」

「全くだな。だが終わるに終われないんだろう。お互いにな」

「もはや何の目的で戦っているかわからないんじゃないか?」

「そうかもな」


(目的…)

 兵たちの会話を聞き終え、一瞬だけその言葉がオレの中に残る。

 最初のうちは戦争の目的はあるんだろう。だが、長引けば長引くほど、当事者たちはなんのために戦うかわからなくなる。

『お前は、無意味に命を奪って何の意味があるんだ?人の命を背負って生きていくなんて柄じゃないだろ?』

 かつて、書斎の人鬼に言われた言葉。

 なまくら女が。そんなものいちいち考えるんだったらとっくに死んでる。

 オレは思考を振り払うように頭を振り、赤い戦車に近づくため、見つからないよう堀を利用して慎重に動いた。


 何とか見つからずに戦車から約20メートルのところまで近づけたが、これ以上は近づけない。

 兵たちが戦車を取り囲むように配置しており、動く気配も、全くない。

(さて、どう動いたものか……。そもそもあの戦車はどういったものだ?シノは見ただけで使用方法を見てはいなかった。下手に動けば返り討ちにあう……)

 今手元にある武器は自身の影に隠している大剣のみ。

 影に隠す…というのは文字通り影に大剣をしまっている状態だ。

 オレの能力は一言でいえば影。自身の影の中には重さ関係なく、何でも自由に出し入れをすることができる。ただし、オレの影の大きさに当てはまるものでないと影の中にしまうことはできない。簡単に言えば便利なカバンだ。出すタイミングもこちらで選べるので割と便利ではあるが、逆にそれ以外は使えない能力だ。前に、あのむかつく弓女にもっと効率的な能力の利用しろと言われたが、敵を叩き潰すにあたってこの能力は使えない。せいぜい奇襲がきたときに咄嗟に武器を出現させるぐらいだろう。

 流石にそれだけだと戦力に不安だったので、オレは音魔法と言うものも使う。

音魔法というのも文字通り、音を利用した魔法。大抵は楽器の音を利用し、一時的な魔法、肉体強化などに利用されるが、オレの場合は少し違い、声に魔力を乗せ、直接攻撃に使う。だが、加減が難しく下手に使えば大勢の人間を内側から破壊してしまう。


(目視できる範囲の奴らを無力化するのは簡単だが、おそらくオレが音魔法を使った途端、オレの位置がばれてすぐに増援を呼ばれるのがオチだろうな。だからと言って大剣片手に突っ込むのも得策じゃない。しょうがねぇな…アイツに頼むか…)

 オレは耳に手を当て、小声で呪文を唱えた後、声に出さずシノに念話を繋げた。

 念話とは魔力をある程度持っている者同士が連絡手段として使う魔法。念話を使うための条件はお互いが直接会い、名前を知っていること。また、魔力の強度によっても念話ができる距離は全く違う。

[どうしたの?月影ちゃん]

 頭の中に明るい声がシノの声が聞こえた。

[今どこにいる?]

[今?うーんとね。敵陣のど真ん中に突っ込んで逃げ回ってるとこだよ]

 よくそんな状況でそんな声で応答できるな……。息一つ切らせてない。

[そこから戦車の場所は見えるか?]

[赤い戦車?見えるには見えるけど割と遠いかな]

[そのまま敵を引き連れたままここに来るとしたら何分かかる?]

[うーん…。速度を保ったままとなると結構時間かかるなぁ。2分くらいかな?]

 相変わらずとんでもない身体能力だな…。オレもたいがいだがシノはもはや規格外だぞ……。

[そっちに行けばいいの?]

[あぁ、敵をなるべく引き寄せながら赤い戦車付近で敵を撹乱してくれ]

[了解!]

 あとはこのまま待つだけか。だが、あの戦車…どうも不気味だ。撃たずに沈黙しているだけではただの鉄くずにしかならないが、まだ本戦に出す気はないということか…?

―――――ッ。

「!?」

 急に寒気がしたような……。

背筋が一瞬凍るような気配を感じオレは影にしまっていた身の丈ほどの大剣を瞬時に取り出し、臨戦態勢に入った。

 だが、先ほどまでの気配はすぐに消え、敵兵の気配以外は何もない状態に戻っていた。

(なんだ…?あの気持ち悪い得体のしれない気配は……)

 気配は戦車の方から強く感じた。

 やはり、ただの戦車ではなさそうだ。

 シノがここに合流するまで残り1分。アイツの気配も感じ取れる位置まで来たようだ。

 どうやら派手に暴れているらしい。まあ、隠れるのが得意じゃないから表立って暴れる以外はしないが……。

[ねぇ、月影ちゃん]

 そのとき、シノの声が脳裏に響く。

 いい加減、ちゃんづけをやめてほしいものなんだが……。

[なんだ?]

[いま寒気というか、殺気とは違う奇妙な気配を月影ちゃんの方から感じたんだけど、何かあった?]

一守も気配を感じたのか。

[気配はこちらも感じたが、とくに変わった様子はない]

 オレは周りの様子を注意深く見ながらそう伝えた。だが、何か嫌な予感はする。早急にあの戦車をどうにかした方がいいな。

[わかった。もうすぐそっちにつくからもうちょっと待っててね]

[了解した]

 もうすぐというか、もう着いているも同然なんだが……。

 念話が切れた後、戦車の警備にあたっている敵兵が約半数ある一定の方向に武器を構えて走り出した。おそらく、シノが来たのだろう。

 半分減ったのなら、あとはなんとかなりそうだな。

 オレはのどに手を当て、小声で呪文を唱えた。すると、手を当てた部分だけ淡く光りだす。

「侵入者がいたぞ!!!」

 不意にほぼ真横でそんな声が聞こえた。

 その方向を瞬時に見ると敵兵が声を上げ、他の兵を呼んでいた。

「チッ」

 オレは、敵兵から距離をとる。

魔法の呪文を唱えている間は周りの気配探知がおろそかになるのを忘れていた。

 だが、もう呪文は唱え終わっている。

 オレは体のすべての力を吐き出すように、相手を声で吹き飛ばす勢いで敵兵に向かって思いっきり叫んだ。

 叫んだ声は水面に石を投げ込んだよう瞬く間に辺りに響き、声に乗せた魔力の衝撃で敵兵は次々と吹き飛んでいった。

 数分もしないうちに敵の警備兵たちは全滅した。加減をせずにほぼ全力で音魔法を使ったので、衝撃波を生み出し敵兵の内部を破壊しつつ、吹っ飛ばしたようだ。

 そのおかげで、敵兵のほとんどは戦車の周りからいなくなっていた。

 だが、戦車はまだ不気味に沈黙したまま音魔法を使う前と変わらない位置に鎮座している。


「ゲホッ」

 急に胸が苦しくなり、とっさに口元を手でふさいだ。

(血の味がする。無茶しすぎたか……)

 オレの音魔法は自身の声に魔力を乗せ、それを相手に飛ばすもの。乗せる魔力量も大きければ大きいほど、威力は増すが、その分自身の肉体にも負荷が比例して重くなる。一応、死なない程度の魔力にいつも設定しているが、普通ならのどがつぶれていてもおかしくない。

(今回はまだましな方か……)

「おーい!」

「?」

 遠くで声が聞こえ、そちらを見ると両手の包帯を赤く染めたシノが満面の笑みで手を振りながらこちらに走ってきていた。

「もう、月影ちゃんったらひどいよ。音魔法は敵味方関係なく敵を内側から吹っ飛ばす魔法なのに、私が射程範囲内にいるときにやる?って口抑えてどうしたの?」

 オレのそばに来るとすぐに頬を膨らまし、不満そうにオレにそう言った。

[魔力ほぼ使ってしまった。回復が早いから大丈夫だとは思うが、のどを潰したからしばらくこっちで話す]

 オレは簡易的な念話を繋げて話す。

 相手と会っている場合、念話は呪文なしでも話すことができるが、姿が見えなくなるとできなくなる。

「わかった。ユミカの方は一人だけど、何とかなるって言ってたよ。だからこっちの処理よろしくって」

[そうか]

「あと伝言」

[伝言?]

「死ぬときはなるべく敵兵を巻き込んで狂犬らしく死になさいね。って」

[てめぇこそ死ぬときはてめぇの血をまき散らせて敵兵を凍死させて死ねって言っとけ]

 あの女は本当に癇に障る。一度敵兵に捕まってあわよくば死んでほしい。

「月影ちゃんってユミカと話すときだけ人が変わったってくらい性格変わるよね」

[あの女が心底嫌いなだけだ。それより、戦車をどうにかしよう]

「うん」


 オレたちは警備のいなくなった戦車に近づき、辺りを調べた。

 見た感じは近代に使われている戦車と変わりない。

 あの一瞬感じた気持ち悪い気配は気のせいだったのか……?

 外からの衝撃では完全に壊れそうにないので、中から潰そうと考え入り口を探したときにさらに違和感があることに気づいた。

[戦車の中に入る入り口がない…?]

「入り口がないの?」

[あぁ。この戦車のどこにも中に入るための入り口がない]

 本来戦車というものは中に人が数人入り、操作をして敵を砲撃する為の兵器だ。にもかかわらず、この戦車には人が入るための入り口はない。

「どういうこと?中に人が入れないならどうやって砲撃するのかな?不良品ってことはないの?」

[わざわざあの組織が不良品を戦争している国に送るか?しかもおそらくこの国は何度もあの組織の兵器を利用しているだろう。そんなお得意様の信用を失うことをあの組織はしないと思うが]

「うーん…じゃあ、どうやってこの戦車は動くの?」

[知らん。だが、この戦車をどうにかすることはできないな……]

「どうして?適当に壊しちゃえばいいじゃん。あってもなくてもかわらないんだったらない方がよくない?」

[得体のしれないものを壊したとして、もしかしたらそれが壊れた時に発動する魔法だったらどうする?この世界には魔法は存在しないが、あの組織に関わるものなら話は別だ。最悪ここで二人死ぬことになれば戦況は大きく変わるぞ]

「もう、月影ちゃんはこういう時は回りくどいなぁ」

 シノはまた不満そうに頬を膨らます。

 しかし、まいったな…中から壊そうかと思ったが中に入れないとは想定してなかった。

 いつもならシノの言う通りとりあえず壊すという選択をとっていたが、ブルートが関わっているのなら話は別だ。

 入り口がないということは無人で操作できるということ。もしくは戦車自体がなにか仕掛けがあるのか……?

「これからどうする?」

[ここまで来たのなら敵の大将の首を獲りにいった方がいい。その方がいったん戻るより早く終わる]

「わかった」

 シノはそう返事し、一目散に敵の主力がいるだろう場所に駆けていく。

 オレも後を追いかけていこうとしたとき、また得体のしれない気持ち悪い気配が先ほどよりも強く赤い戦車から感じた。

「「!?」」

 オレとシノは足を止め、すぐに振り返り戦車をまっすぐ見据え臨戦態勢をとる。

「月影ちゃん。今のって…」

「ケホッ…あぁ…やっと戻った。前に感じたよりも強いものだったが…」

 気配は収まることがなく、時間が数秒経つにつれさらに強くなっていく。

「ねぇ、さっき調べた時何かした?」

「いや、それらしいことはしていない」

 

 ドクッ……ドクッ……ドクッ……


 なんだ…?脈を打つような音が聞こえる…。

 まさか、あの戦車生きているのか?

 その考えが頭をよぎったとき、眼前にある戦車の形状が三台とも全て変化し始めた。形は戦車ではなく、まるで巨大な赤黒い肉塊のようになり、心臓の脈打つ音のようなものもかなり大きく聞こえる。

 形状を変化させていくたびにミチッブチッと血管が切れるような音が聞こえるのがさらに気持ち悪い。

「なにあれ、気持ち悪い……」

「全く同感だな」

 だが、先ほど音魔法を使ったばかりのこの声ではおそらく倒すことはできない。

「あの肉塊がなんかしでかす前に、片づけた方がいいかもしれないよ?」

 いうより早く、シノは駆けだしていた。オレも一呼吸遅れて後に続く。

「月影ちゃん!動きとめるからあとよろしく!」

 シノはそうオレに言い、肉塊たちに向かって跳んだかと思えば、包帯が巻かれた両腕を前に突き出した。

 すると、両腕に巻いた包帯が勢いよく肉塊たちに伸びていき、クモの糸のように絡め、縛っていく。

 三つの肉塊がシノの包帯でほぼ身動きが取れなくなった隙にオレは自身の影から大剣を取り出し、三つとも真っ二つに斬る。

 だが、動きを止めることはなかった。

 肉塊の動きが斬られてもなお止まっていないことに気づき、一守はもう一度自身の包帯を肉塊に巻き付け動きを止めようとするが、斬って小さくなったため、動きが素早くなり、捉えられなくなってしまった。

 シノは一旦距離をとり、体勢を立て直す。

「ダメ。もう包帯じゃ無理みたい」

 斬ったら分裂するなら意味はない。音魔法は使えない。恐らく打撃系はすべて無効だ。

 どうすれば…。

[馬鹿が考えこんでいるからこんな失敗するのよ]

 癇の触る声が脳裏に響いた瞬間、肉塊たちが同時に発火した。

 オレとシノは咄嗟に巻き込まれないよう、その場から少し離れたところに退避した。


「急に発火したけど、いったい何が起きたんだろう?」

 シノの問いに対してオレは何も言わなかった。

 代わりに脳裏にあの弓女のむかつく声が響いた。

[一応、シノ巻き込まれないように加減したけど大丈夫だったかしら?]

[あ、ユミカ?あれユミカがやったの?]

[苦戦しているのが見えたから。それにどこかの馬鹿は喉を潰しているようだったし。たまたま火炎矢があったから撃ってみたのだけど、問題なかったみたいね。でもおかしいわね?私は喉を潰した戦力外を巻き込むように討ったはずなのだけれど]

 殺す。よし、次会ったらアイツを殺す。絶対に殺す。

 オレはアイツの挑発には乗らないよう我慢したが、やはり相いれないようだ。他にも何か言っているみたいだが、オレはあの女をどう殺すかしか考えていなかった。

「おーい!月影ちゃん?怖い顔してないで行くよ?ユミカから敵の位置情報教えてもらったから、主力潰しに行くよ?」

「あぁ」

「ねぇ聞いてる?」

「なぁ、知ってるか?言葉っていうのは自身の感情を抑える効果があるんだってよ。だからオレは言葉でこの殺意を殺す。殺す殺す殺す殺す殺す……」

「ねぇ、月影ちゃん?」

 そのあと、何度か一守は呼び掛けていたらしいがオレには全く聞こえなかった。

 数時間後、敵の主力を打ち倒し、この戦争は幕を閉じた。


 数日後、オレたちは報酬を受け取り、次の仕事先に向かう。

 その途中、今回の戦争に使われていたブルートの兵器についての情報交換をした。

「あの魔物のような肉塊はブルートの兵器だったの?なら、燃やさなければよかったわね……」

 弓女は珍しく悔しそうに表情を歪めた。いい気味だと笑いたいとこだが、ブルートについてもう少し分かったことがあるかもしれないとなると、弓女の気持ちもわからんでもない。

「うん。でも、結構細かく調べたつもりだけど、アイツらが作ったってこと以外はなにもわからなかったよ。でもあの気持ち悪い気配の正体は分かった気がする……」

 一守は目を伏せ、悲しそうに小声で言った。

あの気配はおそらく人間の気配だろう。元々が人だと気づいたのは斬ったときだった。

斬ったあとに、一瞬だけ思念のようなものを感じた。ぐちゃぐちゃにいくつもの断片的なバラバラにされた記憶のようなものが一気にながれてきて自身の記憶が押しつぶされそうになった。

触れた時に感じたのならシノはあの肉塊たちの動きをとめたときにそれを感じたのだろう。

どうしてああなったのかは定かではないが、それこそ人間を巨大なミキサーでかき混ぜるなりなんなりしないとあぁはならないだろうが、そんなことを平然とする組織なんてことはすでに分かり切っていることだ。

「さて、感傷に浸るのはそこそこにして切り替えて次行くわよ。仕事は待ってくれないし。」

「な、ユミカはあの現場にいなかったからそんなことが言えるんだよ。あんな不気味なのを見たらしばらく夢に出そうで怖いし……」

「そいつに人情を求めるのはやめとけシノ。冷血女は感情なんてないだろ」

「あら?もしかしてあんな肉塊が怖いの?狂犬のくせに?あぁ、犬は犬でも負け犬だったかしら?今回は雑魚処理以外してないものね?」

「被害妄想が過ぎるな。怖いだなんて言ったか?そもそも現場にいなかった奴が何をほざいてるんだ?弱虫が」

「もう、本当に二人は仲悪いなぁ…。書斎の人はまだ仲いいよ?」

「「あんな奴らと一緒にするな!」」


 そうしてオレたちはまた戦場へと赴く。

                      

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傭兵たちの日常 メノウユキ @kawasemi151

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