傭兵たちの日常

メノウユキ

包帯少女

 部屋に一人。私は床に座って心を落ち着かせるために瞑想していた。今日は傭兵の仕事がないオフの日。同じ仕事をしている月影ちゃんもユミカもそれぞれ別のことをしていたので、今日は一人で過ごすことにした。

 基本、私は何もない日にすることは自身の鍛錬くらいしかない。自分自身を強く保つには一日でも強くなるための努力を欠かしてはならない。私には両腕がない。包帯でさもあるように見せているが、これは傭兵の組織をまとめている上層部の人たちが特殊な包帯に魔力を込め、私の魔力となじませることで両腕の代わりに使えとくれたもので定期的に手入れをしながら使っている。

 ただ、それでも私は普通に両腕がある人よりかは両手を自由に使うことはあまりできない。だから人一倍努力しなくては……。

「今日は調子悪いなぁ。いつもより雑念が入る」

 一人そうぼやく。最近は遠い場所での仕事続きだったので疲れているのかもしれない。しっかり休眠をとって栄養のあるものをバランスよく食べているつもりではあるが、精神的なものが影響しているのだろうか。

 数分位頭を捻るが原因らしいものが思いつかない。こういう頭を使うことは基本的にユミカに相談して解決してきたので一人で考えても答えらしい答えは出てこない。

 私は考えながら戦うというのはあまり向いていない。ただ相手を打ち倒し、勝利することしか考えないように普段から癖づけているので、手加減もできない。だから戦闘訓練するときは基本一人だ。下手に誰かとやってしまうと殺してしまう可能性もある。

 私は強くなりたいとは常々思うが、誰かを傷付けたいわけじゃない。自分を含めた人を守るために強くなりたいのだ。

 ありきたりな願いだが、私は実現させるために力をつけてきた。

 何かきっかけがあったわけではなく、過去にそう後ろめたいことがあった償いでもない。私は友を守るため、友と一緒に戦うために力をつけてきた。

 両腕のない私にできることは蹴り技くらいだったけれど、今思えばそのおかげで色々できるようになったのかもしれない。

「そういえばあの二人、今何してるのかな……月影ちゃん探してちょっと組手でも付き合ってもらおうかな……いつも全力で来てくれるから加減する必要なくて楽だし」

 私はそう思い立つと立ち上がり、部屋を後にした。


 傭兵の拠点はあたりがごつごつした岩で囲まれている場所にある。拠点にいるものは人間のみでペリは存在しない。理由としては、拠点のある場所と傭兵の組織としての考え方が問題だろう。

 ペリとは人ならざるもの総称。普段人の目には見えず、特殊な条件が揃うか、生まれつき魔力が一定量より高ければ見ること自体はできる。

 私達の組織の考え方は人間のみの力で何かを成すということを重く見ている。ペリのような神秘的な存在にも頼らずとも人間のみでこの世をひっくり返そうとしているブルートの抑止力になりうる存在になろうとしている。

 だからあえて、岩以外に何もなさそうな死んだ土地に拠点を置いている。傭兵自体の人数はこの拠点だけだと50人。だが、傭兵に属している人間は世界各地に存在するのでここにいるのはあくまで主要メンバーだけ。私、月影ちゃん、ユミカはその中の偵察兼特攻隊といったところ。

 だが、疑問に思うことはあるだろう。傭兵は人間のみで構成された組織であるはずなのに、どうしてブルートに対抗できるのか。

 それもこの土地に関係する。拠点の地下深くには純度の高い魔鉱石や霊石と呼ばれる石が手に入る。この二種類の石は加工が難しい代わりに、そこらのペリとも劣らないほどの力が封じ込められている。特に霊石というのは人間のみに力が宿る霊力という力を宿しており、液状にして人間の体内に注入すると低確率で特殊な能力が手に入る。

 私もその成功例だ。この包帯と私自身の魔力を繋げるために霊力を体内に注入した。この両腕代わりに使っている包帯を操るのとは別に、私だけの特殊な能力を持っている。

 それはこの拠点にいるメンバーの一握りが使える能力だ。もちろん、月影ちゃんもユミカも霊力を注入して自分だけの能力を持っている。


「それにしても見当たらないな……月影ちゃん部屋にもいなかったし……」

 私は辺りを見回しながら拠点内を歩き回り、月影ちゃんを探していた。彼女は普段、オフの時は私と同じで鍛錬をしているので、お互いに時間が空いているときはよく組手などといった訓練している。

 だが、彼女はユミカととても仲が悪い。顔を合わせると途端にその場が凍り付くような殺気に満ち溢れるほどだ。

 だから、彼女と会うときは一人で会うようにしているが、間が悪い時はばったり会ってしまうこともある……。その時は、私がなだめて大事にならないうちに月影ちゃんかユミカを連れ出して何とか治めている。

「いそうな場所はすべて回ったし……どこにいったんだろう?」

 他の拠点にいる人たちに聞いても月影ちゃんを今日は見かけていないという。仕事から帰ったのは昨日の夜だから、それからどこかに行ったのだろうか。

「うーん?遠くにはいないと思うんだけど……念話すると怒るからなぁ……あ、探してない場所あと一つだけあった」

 不意に思い出し、私は月影ちゃんがいそうな場所に走っていった。


「おーい!月影ちゃーん!」

 私は拠点から少し離れた大きな岩が点在する場所に来ていた。ここは私も鍛錬所の代わりに利用している場所。私、月影ちゃん、ユミカはよくここで戦闘訓練を受けていた。

 高低差もあって大小さまざまな岩のせいで見通しが悪く、ユミカの弓の練習や逃走しているターゲットを追い、気づかれないうちに始末ができるようにする追跡訓練に向いている場所だ。

 拠点にも一応鍛錬所はないわけではないけれど、この場所の方が広いし、利用する人が三人しかいないので気が楽だ。

 月影ちゃんが拠点にいないということはここにいる可能性が一番高い。

「おーい!一緒に組手やろうよ!」

 周りを見渡しながら呼び掛ける。だが、聞こえるのは反響した私の声だった。

「隠れているのかな……?この場所だと探すのが一苦労なんだけど……」

 頭をかきながらそうぼやいた。どうしたものか……。辺りを見回しながら人の気配がないか探るがそれらしいものは特にはない。

「うーん?月影ちゃんがいそうな場所……」

 頭を悩ませながら奥に進んでいくと、一瞬だけ視線を感じた。

「!?」

 気配は一瞬で消えたが確かに誰かがこちらを見ていた。殺気ではないので月影ちゃんかもしれない。

 私は視線を感じた方向に一直線に走っていった。


 体感で大体2分ほどだろうか……。先ほどまでいた岩が点在している場所から開けた場所に出た。

 ここは対人戦の訓練に利用している場所だ。先ほどの場所と違って視界を妨げるものがないので一体一で戦う対人戦に向いている場所だ。月影ちゃんと私もこちらを利用することが多い。

 案の定、探していた人物はここにいた。

 彼女は自分の愛剣で素振りをしているところだった。

「月影ちゃん」

 声をかけると彼女、「月島 影(つきしま よう)」は素振りをやめ、黄色い瞳をこちらに向ける。私だと分かった途端、また素振りに戻った。

 一度は仕事の後処理で拠点に戻っていたはずだが、それが終わってからすぐにここに来たのだろうか……服は仕事用の装備のあるものではなく、上層部から支給される訓練服だった。訓練服と言っても特別な効果はなく、ただの半そでと半ズボンの服。

 私も一応配られているけれど、個人的には袖がない自分用の戦闘服の方が楽なので訓練をするときは自分用を着ている。

「月影ちゃん、昨日からここで素振りしているの?仕事終わったばかりで疲れてないの?」

「別に。それで、オレに何か用か」

 とっとと用件を終わらせろと言わんばかりにぶっきらぼうにそう返す。

「組手の相手してくれないかなって思って。無理にとは言わないけれど」

 私は言われたとおり用件を短く言う。そういうと月影ちゃんは素振りをやめて持っていた愛剣を地面に突き刺してこちらに向き直る。

「めんどくせぇな。オレじゃなくても別に適当に相手探してやればいいじゃねぇか。何で毎度毎度オレなんだ?」

「だって月影ちゃんいつも全力で来てくれるから変に手加減しなくていいもの」

「それと前から言っているがそのちゃん付けやめろ。寒気がする」

「そうかな?可愛いと思うけれど」

「……」

 彼女は怒りともあきらめともつかない深いため息をついた。何かいけないことでも言っただろうか。

「あぁ……もういいや。とりあえず相手になればいいんだな?」

 やがてあきらめたように月影ちゃんはそう言って大剣を一度地面から抜いて、自身の影にむけてもう一度突き刺した。すると、大剣は沼にはまったかのようにずるずると影の中に引きずり込まれていく。

 月影ちゃんの能力は影。自身の影を自由に操ることができ、影の中にいくつも大型の武器を収納することができる。工夫すればもっと実践向きに使えるがなぜか月影ちゃんはそれ以上に改良しようとしない。

「いつ見ても便利そうだよね。その能力」

「あ?こんなもんのどこがいいんだ?別に相手を潰すことができない能力なんてあっても無駄だろ?」

 見てのとおり、彼女は自身の能力が好きではないようだ。基礎はできても応用は苦手と言ったところだろうか?

「で、組手やるんだろ?」

「うん。疲れているところごめんね?」

「こんなもの疲れに入るか」

 彼女は肩を回したり、手首をほぐしたりと準備運動を始める。

「ありがとう月影」

 お礼をいうと彼女は露骨に嫌な顔をして

「お前の頼みを断ると後々面倒だからな」

と吐き捨てるように言う。

 私は苦笑いくらいしかできなかった。


「準備運動は済んだ?」

 私は目の前でウォーミングアップをしている月影ちゃんに声をかける。彼女はある程度肩を動かした後、無言でうなずいた。

「オッケー。じゃあ組手始めるよ」

 私達の言う組手というのは武器、魔法の使用はせずに素手のみで戦う訓練のこと。魔法、武器に依存してしまう戦い方を常にしていると使用不可能になった場合、何もできなくなり、死ぬリスクが高くなる。それを防ぐために常にこういう訓練をしているのだ。例外的に私の両腕にある包帯は使用許可されているけれど。

 特に私は時間が空けば自主的にこの訓練を積極的にしている。だから、近距離戦闘は比較的得意な方だ。

「おねがいします」

 そう言って一礼すると、私は地面を蹴って月影ちゃんの顔面に向かって蹴りを入れようと跳び蹴りをするが、彼女は両手で私の蹴りを防いで足をつかまれてしまう。

「!?」

 一瞬動揺してしまうが回転をくわえて振り払い、一度後ろに下がって体勢を立て直す。

「逃がさん」

 月影ちゃんは追い打ちをかけるように、こちらの間合いを詰めてくる。

 彼女の戦い方は何度も組手相手になっているのでわかっている。いつもフェイントもかけずにまっすぐ攻撃をしてくるが、攻撃速度も反応速度も速いので時々攻撃が防げない時がある。おまけに一発一発が重い。一撃でも受けたら負ける可能性だってある。

 彼女の拳が私の腹部めがけて飛んでくる。

「そう簡単に攻撃は当たらないよ」

 私は月影ちゃんの拳を裏拳で弾き、私の右手が彼女の顔をとらえた。

「グッ……」

 手ごたえはあった。だが、身体強化なしの私の拳は非力なもので月影ちゃんにダメージはそんないかない。月影ちゃんはまだ動く気配はない。思ったより効いているのだろうか。

 私は畳みかけるように腹部、胸部に拳で攻撃をしたのち、彼女のこめかみに向かって蹴りを入れた。

 今度はしっかりと彼女に攻撃が入ったはず……だが、月影ちゃんは踏みとどまり、こちらをにらんだのち、一気に間合いを詰められて頭をつかまれ、そのまま地面にたたきつけられた。

「ウグッ……」

 後頭部を強打し視界が歪む。だが、ここで抵抗しなければ追撃がくる。案の定、もう一度たたきつけようと月影ちゃんは私の頭をつかんだまま持ち上げて地面に振り下ろそうとしていた。

 混乱している中、私はがむしゃらに月影ちゃんのどこかに当たるかを信じて全力の蹴りをいれた。

「ガッ……」

 どこかに攻撃がはいったのか、彼女は手を離して後ろに下がる。私もすぐに立ち上がり、視界が安定するまでしゃがんで安静にする。

 追撃が来ないということは、そこそこダメージが入ったのだろうか。視界が安定したので立ち上がって相手を見ると、肩を抑えて回復を待っている月影ちゃんの姿があった。

「流石にさっきは危なかったよ。月影ちゃんも強くなったね」

 私は思ったことを素直に言った。もし、頭をつかまれた状態でもう一撃入れられていたら私は気を失っていただろう。

 月影ちゃんは無言のままこちらをじっと見ていた。肩を負傷しているがその程度では諦めない。体と精神のタフさは伊達ではない。

「チッ……やっぱこっちが不利にはかわんねぇか」

 彼女はそう言うと、よろよろと立ち上がり隙を探すようにまっすぐこちらを見る。

 私も構えなおし、いつでも攻撃に対応できるように臨戦態勢に入る。

「行くぞ」

「来い」


「全く……どこにいったかと思って探してみれば何をやっているの?シノ」

「あはは……熱がこもっちゃってつい……」

 あれから月影ちゃんと組手を続け、勝敗がつかないままずるずると時間だけが過ぎていき、いつのまにか太陽が沈み、夜になっていた。

 その間、拠点では私と月影ちゃんがいなくなっていることに気づき、夜になっても帰ってこないことを心配してかユミカが探しに来ていた。

 丁度ユミカが来たときはお互いに体力の限界がきて、勝負がつかないまま倒れていたようだった。

 そしてついさっき、ユミカに起こされて現在に至る。

「またこの脳筋と組手していたの?」

 まだ横で倒れたまま気を失っている様子の月影を睨みつけながら言う。相変わらずユミカは月影のことが嫌いな様子だった。

「月影ちゃんを脳筋って言わないの。月影ちゃんには月島 影(つきしまよう)って名前があるんだから」

「はいはい。それで、修行するのは別にいいけれどほどほどにしなさいと前にも言ったでしょう?この前修行するって言って拠点から飛び出したときなんか、上層部から大目玉食らったのよ?探すのも苦労したし」

「ははは……」

 目をそらして笑ってごまかす。そういえば、前に始末書何回か書かされたっけ……。休日なんだから別に何をしようがこちらの勝手だと思うけれど、そんなことを言えばお説教は続きそうだし、黙っておくことにしよう。

「ま、説教は戻ってからにするわ。私は先に帰るから、そこの脳筋を連れて早く戻ってきなさいよ?」

 ユミカはそう一方的に言うと、踵を返して拠点に戻っていった。

 彼女の影が見えなくなると、次は倒れていた月影がむくりと起き上がる。大剣を素振りした直後に私との組手を半日近くしていたのに、少し寝ただけで体力が回復しているように見える。本当に月影ちゃんは凄いな……。

「ん?またオレは負けたのか?」

 あくび交じりに彼女は私にそう聞いた。ユミカがいる間に起きなくてよかった…流石にこれ以上戦闘行為をすれば月影ちゃんが持たない。

 相手がユミカなら手加減はしなさそうだし……。

「今回は引き分けかな…どっちが先に倒れたか覚えてないし……でも月影ちゃんは私が来る前に素振りをしていたからそれを考慮したら月影ちゃんの勝ちかな?」

「あんなもの疲れのうちに入らんだろう?引き分けだ。引き分け。あーあ……今回は勝てるって思ったんだがなぁ……」

 彼女はそう言うと立ち上がり、拠点の方に歩き出す。ある程度歩いた後こちらを振り向いて

「おい、ぼーっとしてねぇで帰るぞ。あのクソ女が来てギャーギャー言われんのも面倒だ」

と待ってくれた。

「あ、ごめん」

 私は急いで月影ちゃんのもとに小走りで追いつく。彼女は私が来ることを確認すると、また先に歩き出す。

 それにしても有意義な時間だった。時間を忘れてひたすら戦術を磨くなんてこと、月影ちゃん相手ぐらいでしかこの拠点ではできない。ユミカは直接殴り合うことはできないし、できれば書斎の鍵にいる及川さんとも現在のような関係でなければ一度はこういう組手もやってみたいなと思っている。

 いろいろな戦闘方法を知ればそれだけ私は見識を広げることができる。考えて戦うことは苦手だけれど、苦手なものは苦手なものなりに克服していければ強くなれるはず。

 いつまでも知識の部分をユミカに頼るのはよくない。依存と頼るは違うのだから自分でもできる範囲の知識はつけないと。

「おい!人の話聞いてんのかお前!」

「わぁっとと…急にどうしたの?大きな声出して」

 珍しく考え事をしていたら、どうやら周りが見えてなかったらしく、月影ちゃんが不機嫌そうに話しかけていたようだった。

「急に立ち止まって黙り込むからどうしたかと思えば……ラリってんのか?」

「え?あぁ。ごめんね…ちょっと考え事してて」

 ハハハと笑って頭をかきながらそう言う。

 だが、月影ちゃんは黙ってこちらをじっと見ている。どうしたんだろう?

 私が尋ねようと口を開きかけると、先に月影が意外なことを口にした。

「お前って色々と面倒ごとがあったとき、逃げるようにオレのところ来るよな?」

「!?」

 思わず動揺してしまうが月影ちゃんは続ける。

「例えば考え事がまとまらないとか、なんか嫌なことがあったときとか。オレを探していつも組手を誘ってくるよな?今回もなんかあったのか?」

 珍しく月影ちゃんがそう聞いてきたので私はすぐに返事をすることができなかったが

「どうなんだ?」

と不機嫌そうに言う月影ちゃんを見てはっとする。

「あぁ……ははは。迷惑だった?」

 彼女が言っていることは大体あっていた。私がちょっと前の仕事が終わった後、上層部の人に向けての報告をすませて自室に戻ろうとしていた時、たまたま誰かの会話が耳に入ってきた。最初は特に気にしていなかったが、その会話の中に私の名前が出てきたのでつい立ち聞きしてしまった。内容は私についての陰口に近い内容だった。

 そもそも私たちの班は成り立ちが特殊で危険な仕事も多い上、人数も少ない。だから色々と優遇もされやすいのだが、それが気に入らない連中ももちろんいる。だからこういった悪口はよくあるのだが、そういうのを聞くとどうしても気が滅入ってしまう。

 だから自分を鼓舞する意味も込めて、休日は自室で瞑想して雑念を払うか、月影ちゃんに修行を付き合ってもらっていた。

 月影ちゃんにこのことを言えば「くだらない」と言われ、相手にされないかもしれないからあえて口にしなかったけれど、こうしてばれたらもう組手の相手はしてくれなさそう……。

「あのな、お前はオレがそんなに心の小さい女に見えんのか?」

「え……?」

 予想と違う返事が聞こえ、声がでてしまう。月影ちゃんは呆れた表情をしてこちらを見ていた。

「どんな理由があろうと気が滅入ってるんだったら今後の仕事にも支障が出るだろうが。組手で発散できるなら付き合ってやる。だから回りくどいことをするんじゃねぇ。全くめんどくせぇやつだな」

「組手の相手、してくれるの?」

「あぁ?だからそう言ってるだろ?第一、オレはお前にまだ勝ってねぇ。勝ち逃げされんのが一番腹立つ」

 そう言われて、私は少し心が楽になった気がした。

「ったく、くだらねぇこと言ってねぇでとっとと帰るぞ」

 月影ちゃんはそう言うと拠点に向かって早足で歩き始める。

 私はしばらく彼女の後ろ姿を茫然と見ていた。

 今まで、両腕がなかったせいで何もできなかった無力な自分を変えようと幼いころから必死に努力してきたけれど、理解者という存在はユミカくらいだった。だから、ユミカ以外の存在は表面上信用していても心の底から信用できる人間はいなかった。

 傭兵に入ったのもユミカの誘いがあったからだ。だから、同じ班になった月影ちゃんのことはよくわからない人だと思っていた。

 自分から近づいて、彼女のことを知ろうとした。強くても無愛想で怒りっぽい人だと今まで思っていたけれど……。

「ありがとう……月影」

 最大の感謝を込めてそうぽつりと言い、私は拠点に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る