殺意と踊れ

デッドコピーたこはち

死ぬまで踊って殺すだけ

 カーボンの筋肉にクロームの骨格。生身の部分は脳みそだけ。私に残された人間らしい部分は1245 gのピンク色の脳みそだけだ。

 ああ、名前もあった。私の名前はネヴァNevaeh天国Heavenの逆。これは多分、21 g。

 私は今殺し屋をやってる。殺し屋と言っても良い殺し屋。生死問わずデッド・オア・アライブの賞金首のクズどもを殺すとお金が貰える。殺すのはクズに限る。後腐れがないから。

 良い風に言えば賞金稼ぎバウンティハンター。賞金稼ぎと言っても悪い賞金稼ぎ。殺すのはシュミだから。


 今日もこうやってクズを殺しに来た。目の前には扉。非合法ナイトクラブ、『デッドライン』への扉。

 この店はオーナーのジェッドリンがクズ、女の子を売ったり殺したりしてるから。従業員がクズ。ジェッドリンの部下だから。お客さんがクズ、女の子を買ってるから。ここから先はクズのクズ祭り。どれだけ殺しても心が痛まない。

 扉がちょうど鏡になってるから身だしなみをチェックできる。今日の私はリバイバル・ゴシック・スタイル。シルクハットに白塗りの顔。宣教師みたいなコートにロングブーツ。右手には肩からのスリングに吊るした十二番径ゲージの全自動散弾銃、大虐殺ブラッドバス。ショルダーホルスターに50口径の回転式拳銃、象殺しエレファントキラー二丁。腰のベルトにはブラッドバス用の二十五発ドラムマガジンが二つ、手榴弾が四つ、おっきい振動ヴィブロナイフが一本。準備万端、いつでもオーケー。

 突入開始。


 デッドラインに踏み込む。扉を蹴破ってこんにちは。ダンスホール。音楽。閃光。踊り狂う、人、人、人。

 スーツ着たムキムキの従業員がこっちを見て、目ん玉を引ん剝く。


 殺す。

 散弾がムキムキの従業員の頭を吹っ飛ばす。噴き出す血しぶき、飛び散る脳みそ。即死。


 隣の従業員が銃を抜こうとする。

 殺す。

 散弾が従業員の胸をえぐる。心臓が木っ端みじんになる。即死。


 照準も、トリガーを引くタイミングも全部戦闘支援AIががやってくれる。機械の身体が勝手に動く。じゃあ、私は必要ない?

 いや、違う。


 客が悲鳴を上げる。蜘蛛の子を散らすように逃げる。従業員が他の部屋から集まってきた。

 従業員が人の流れに抗ってこっちに来ようとする。そこを狙う。


 必要なのは殺意だ。人を殺すには殺意が必要だ。


 殺す。

 散弾が右奥の通路から来ようとした従業員に、客を巻き込んで当たる。悲鳴。混乱。血しぶき。即死はしない。ちょっと距離がある。私は従業員の生命反応バイタルが消えるまでブラッドバスの引き金を引き続ける。

 五発目で生命反応バイタルが消えた。客も六人死んだ。


 殺す。

 散弾が左奥の通路から来ようとした従業員に、客を巻き込んで当たる悲鳴。混乱。血しぶき。やはり、即死はしない。ちょっと距離がある。私は従業員の生命反応バイタルが消えるまでブラッドバスの引き金を引き続ける。

 五発目で生命反応バイタルが消えた。客も七人死んだ。


 サイバネティクスもAIも道具だ。道具には上手く使う人間が必要だ。包丁にはプロの料理人が。パソコンにはプロのハッカーが。銃にはプロの殺人者が要る。

 私は誰よりも上手く殺意を扱えた。それは才能だった。


 殺す。

 二階のバルコニーから走って来る従業員を撃つ。穴だらけになった手すりごと一階へ落ちて来る。


 殺す。

 舞台中央のDJスペースの後ろから出て来る従業員を撃つ。もんどりうって倒れる。


 殺意を感じる。

 バーカウンターから拳銃を持った従業員が撃って来る。上体を反らして弾丸を避ける。全身を機械置換した私にはこのぐらい簡単だ。というか、敵の攻撃を認識さえすれば戦闘支援AIが勝手に適切な回避行動を取る。


 殺す。

 手榴弾のピンを抜き、バーカウンターの後ろに投げ込む。数秒後、爆音と共に四肢のもげた従業員がバーカウンターから飛び出してきた。


 私の殺意を戦闘支援AIが読み取って、義体を適切に動かす、技術テクニック技能スキルも要らない。自動化された殺しに必要なのは殺意だけ。殺してやるという意思だけだ。


 血だまりを踏みしめて、従業員通路からバックヤードに入る。ダンスホールとは打って変わって薄暗くて、静かだ。時々、怪我をした客が助けを求めて呻いているが、音がするのはそのくらい。


 私のブーツに血まみれの手がかかる。うつ伏せになっていた女が絞り出すように、こういう。「たすけて」


 殺す。

 女の顔面に散弾が撃ちこまれる。即死。


 隣にいた小太りの男が慄く。「許してくれ」


 殺す。

 男の顔面に散弾が撃ちこまれる。即死。


 バックヤードをずんずん進む。この先にジェッドリンが居るはずだ。


 歩みを進めていくと、私の視線の先に人影が現れた。フルフェイスヘルメットめいた頭部に、上等なダークスーツ。今までの従業員とは明らかに雰囲気が違う。私と同じ。全身機械置換者フルボーグだ。


 殺意を感じる。

 私は身を捩った。私の胴体があったところを三本の鉄芯が超音速で通り過ぎていく。敵のフルボーグが投げたものだ。


 殺す。

 散弾が放たれる。敵のフルボーグが姿勢を地面を舐めるように低くし、四足歩行でこちらに迫って来る。散弾は虚しくも敵の頭上を通り過ぎた。


 こいつも殺しを自動化してるクチだ。見た所、義体ハード中身ソフトも互角。では、なにで差が付くか。もちろん、殺意でだ


 殺意を感じる。

 私は素早く後ろにステップを踏んだ。敵のアッパーカットが空を切った。


 殺意を感じる。

 私は高く跳びはねた。敵の膝に仕込まれたショットガンの散弾が壁をえぐる。


 殺意にはリズムがある。私はそのリズムに敏感だった。どんな戦闘支援AIを使っているにしても、その大元には使用者の殺意がある。人間の「こいつを殺したい」という欲がある。それを見極めることができれば。どんな攻撃にも対処できるのだ。

 踊るように、跳ねるように。


 殺す。

 ブラッドバスから手を放し、振動ナイフを抜くと同時に逆手で切りつける。

 敵の右腰から左肩に向かって切り裂く。真っ二つになった身体が、バランスを失って地面に落下し始める。


 殺す。

 振動ナイフを敵の喉元に突き刺し、そこから切り上げる。

 敵の頭がくす玉みたいにバックリと割れる。その断面からは、真っ二つになった脳みそが見えた。


 床に落ちたフルボーグの身体から白い人工血液が染み出て来る。


 振動ナイフを鞘に戻す。私は深呼吸をして息を整えてから、先に進んだ。


 真っ赤な通路、真っ赤な部屋。異様な照明の異様な空間。

 碁盤の目のような通路に区切られた、障子戸で囲まれた小部屋の中から、女の子たちの呻き声が聞こえてくる。ヤクのにおい、香水のにおい、人間のにおい。混じりあう、懐かしいにおい。思い出したくないことを思い出して、吐き気がしてくる。

 半ば寝言のような女の子たちの声にも聞き覚えがあった。自我希薄化剤で自分の意思と記憶をほとんど奪われた人間の出す声だった。

 これがナイトクラブ・デッドラインの裏側なのだ。女の子を飾るショーケース。ここで、客は意思をはく奪された女の子を選び、連れて行くのだろう。

 私の怒りと殺意はここで最高潮に達した。だが私はそれを抑えた。これは、ジェッドリンにとっておこう。


 足音。十字路に立つ私の四方から聞こえて来る。前後左右の通路から次々と迫る従業員たち。

 

 殺す。

 ショルダーホルスターから二丁のエレファントキラーを抜く。右手のエレファントキラーが右の通路から来る従業員を、左手のエレファントキラーが左の通路から来る従業員を狙う。同時に撃つ。頭を打ち抜かれた二人の従業員が同時に倒れる

 照準器を覗かなくても、戦闘支援AIの火器管制によって射撃は百発百中だ。


 殺意を感じる。

 膝を曲げ、身を屈める。前後の従業員が放った銃弾が頭上を飛んでいく。


 殺す。

 腕をクロスさせる。右手が前、左手が後ろの従業員を狙う。銃弾が放たれ、前後の従業員の心臓を同時に撃ち抜く。従業員が同時に倒れる。


 私はエレファントキラーをホルスターに戻し、赤い通路を後にした。


 それから、私は道すがら、ほとんど生身の従業員を十四人、フルボーグを二人殺した。


 そうして辿り着いたのは、ジェッドリンの緊急避難室パニック・ルームだった。成金趣味のジェッドリンの自室に設置されたそれの外壁は強固で、振動ナイフも歯が立たない。手榴弾でも表面に傷を付けるのがやっとだった。

 しかし、私はこういう時の為にしっかりと秘密道具を持ってきている。

 シルクハットを脱ぐと、その中には共振破砕装置レゾナンス・デモリッショナー。AEDに似たその装置の二枚のパットをパニック・ルームの外壁にぺたり。そして、スイッチオン!

 

 凄まじい轟音。そして粉塵。思わず咳き込む。粉塵が晴れると、そこには拳銃をもったジェッドリンが居た。整った顔が恐怖に歪んでいるのが見える。


 殺意を感じる。

 横にステップを踏む。ジェッドリンが撃った弾が金獅子の置物に命中して、バラバラに砕く。二発目の前に、私はジェッドリンの四肢を砕いた。

 私の蹴りを四発喰らったジェッドリンは呻いた。「このちくしょう」


 私はブラッドバスに最後の弾倉を装填する。テルミット焼夷弾。対フルボーグ用だけど、結局使うまでもなかった。


 ブラッドバスの銃口と目があったジェッドリンは言った。「命だけは助けてくれ。金ならいくらでも払う。女も工面できる」


 殺す。

 数千度のテルミット・ペレットがジェッドリンへ無数に襲い掛かる。ジェッドリンが醜い悲鳴を上げた。ジェッドリンは即死しなかった。

 ジェッドリンは脳みそまでこんがり焼かれ、苦しみもがいて死んだ。


 一仕事終えた後、私はいつも摩天楼スカイスクレーパーの最上階にある自室、その窓際に立って夜景を見下ろす。ビルの窓から零れる光、立体映像ホログラムの光、ホバーカーのテールライト。綺麗だ。

 私はタバコに火を付けた。ニコチンはこの身体にはあまり効かないけど、生身の頃の癖だった。


 クズを殺してお金を貰うと気分が良い。最高に生きてるって感じがする。多分、これは死ぬまで辞められない。

 まあ、私もいつか殺されるんだろうけど、それでもいい。


 死ぬまで踊って殺すだけ。それだけでいい。

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殺意と踊れ デッドコピーたこはち @mizutako8

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