婚活パーティーへようこそ

冷門 風之助 

PART1

”随分大箱の会場を借りたもんだな。さながら獲物を集める罠ってとこか”

 俺は、幾つかの丸いテーブルに乗せられた料理をぱくついたり、グラスを持ったまま立ち話をしている男女を遠目に見ながら、そんなことを考えていた。


 ここは赤坂にあるMホテルの宴会場。一晩借りれば凡そ五ケタは軽く飛んでゆくような、そんな場所だ。


 女も男も、精いっぱいめかし込んで、自分をアピールするのに必死だ。

 その中には俺の依頼人もいた。しかし、別の意味で目立ってしまっている。

  地味なスーツを着用に及び、全身がちがちに緊張し、さながら壊れかけのロボットみたいな感じだ。


 彼は”望み薄だと思っていても緊張する”と話していた。

 何しろここは、

”婚活お見合いパーティー”なんだからな。


 今から”おおむね”一週間前のことだ。

 俺の事務所オフィスに一人の男がやってきて、肩を落とし、何度もため息をついた。

 年は35歳、身長は俺より10センチは低い。

『先輩、恥を忍んでお願いします!』

 数回目のため息の後、彼は良く通る野太い声で頭を下げた。

 見事に刈り上げた頭髪。太い首、フェルトペンで力を入れて描いたような眉。


 ”もう自衛隊を退職してから何年にもなるってのに、まだ昔の堅苦しさが抜けんとはな。”


 俺は腹の中で苦笑しつつ、表向きは黙って彼の前の卓子テーブルに、今朝初めて淹れてやったコーヒーのカップを置く。


『申し訳ないがブラックオンリーでね。砂糖とミルクはないから、そのつもりで』

 俺はそういって、自分のカップを持ち、彼と向かい合わせに座る。


 彼の名前は一ノ瀬良吉いちのせ・りょうきち、元陸上自衛隊三等陸曹。

 俺が退職する少し前に空挺に入って来た男だ。


 なかなかカタい人物で、入って来た時からいかにも”俺は自衛隊がすべてだ”という顔をしていた。


 家庭の事情で、三曹に上がったところで退職せざるを得なくなったそうだが、

30を過ぎても結婚はおろか、彼女も出来ず、女性経験は限りなくゼロに近い。


『初めに断っておくが、いくら元隊友のよしみがあるからって、仕事となれば妥協はせん。基本料金は一日六万円、他に必要経費。それから荒事になったら四万円の危険手当を加算する。まあ、現金げんなまで前払いとはいわん。そこは同じ釜の飯を喰った人間だから、特別に分割払いは認めてやる。それで良ければまず話を聞こうじゃないか。どうだね?』


 彼はコーヒーを一口啜り、”引き受けてくれるなら、何でも構いません”といい、それからゆっくりと話し始めた。


 彼の実家は割と大きな酒屋だ。明治以来、もう三代、彼でちょうど四代目になる。

 数年前、父親が大病をし、仕事をやれなくなってしまった。

 本来ならば彼は次男だから、長男である兄が継ぐのが筋なのだが、兄は何故か家業には興味を示さず医者になってしまったという。


 仕方がない。そこで母親は”兄さんの代わりにお前が店を継いでくれ”と言ってきたのだ。

 

 彼は陸曹試験にも合格し、過酷と言われる陸曹教育隊も潜り抜けた矢先だったから、どうしようかと戸惑ったが、母親に”どうしても”と言われれば、首を縦に振らざるを得なかった。

 やむなく自衛隊を退職し、栃木の実家に戻り、後を継ぐ。

 第一の問題はそこで解決だ。


 第二の問題は彼の”嫁取り”、つまりは結婚である。

 しかしながらこれが厄介極まりなかった。

 根っからの真面目人間で堅物、一旦やると決めたら家業にも精を出す。

 女性経験はないに等しいが、紳士的でマメな性格。

 それに実家がそこそこの老舗しにせであるから、何も問題はないと思うだろう?


 ところがそうじゃない。年老いた両親がついているし、店の仕事は結構忙しいと来ている。

 更には彼の外見だ。

 猪首いくびに胴長、団栗眼に短足という、典型的な日本人。おまけに身長が163センチ、見た目を気にする女なら、誰だって”ちょっと・・・・”となってしまう。

 退職してからこれまで見合いを六度した。

 

 結果は全滅。

 こちらから断ったことはナシ。全て向こうだった。

”収入は申し分ないんですが・・・・”

”ご両親と同居と言うのは、どうも・・・・”

”やはりもう少し身長が高い方が・・・・”

 これが髪型とか、性格とか、まあそういう事なら、何とか是正のしようもあるが、家業を辞めるわけにも行かないし、親だってほったらかしてしまうことも出来ない。

 ましてや身長だ。

 どう努力したって、163よりは伸びる当てはない。

 

 流石に陸自の最精鋭で鍛えられた一ノ瀬も、これにはすっかり弱ってしまった。

 そんな時に何となくネットを検索していて思い当たったのが、

”婚活サイト”という奴だった。



 


 

 

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