PART4

 ロビーには、先刻よりは人が増えていた。


 やはり男性6、女性4ほどの割合で、圧倒的に男性の方が数は多い。

”相当に褌を締めてかからんと、いい相手を射止めるのはなかなか難しいぞ”

 俺は思った。


 一ノ瀬もどうやらそれに気づいているらしく、不安げな眼差しになっている。


 紺色のスーツに銀縁眼鏡をかけた、何だか尖ったような顔をした四十がらみの女が高い声で言った。

『アーバン・マリッジセンターのパーティーに参加される方は、15階の鳳凰の間までお越しください』


 男女は先を争って、二台のエレベーターに乗り込んでいる。


 一ノ瀬は先ほどの”笹森礼子”を目で追っていたが、彼女も流れに押されるように乗り込んだ。


『どうする?俺は階段で行くが・・・・』

 彼は”僕も”と言いかけて、

『いや、僕はエレベーターで行きます』と、すぐに彼女の後を追った。

 ”お前はエレベーターを使わないのか””って?

 悪いが俺はまだそこまでモウロクしちゃいない。


 こうみえて”老化”ってやつにささやかな抵抗を試みてるんだ。

 商売道具である”足”を、錆びつかせるわけにもいかんからな。

 

 約2分後、俺は15階、

『鳳凰の間』の入り口にいた。

 多少息は切れていたが、なんてことはない。


 ドアの前には横長のテーブルが置かれてあり、そこにはお世辞にも人相のよろしくない若い男と、如何にも”パートでございます”と顔に書いてあるような小太りの小母さんが二人で座っていた。


 男女は二組に分かれて、それぞれで受付を済ませる。

 俺も一ノ瀬の尻にくっついて列に並び、金を払って札を受取った。


 またエレベーターが開いた。

『ごめんなさーい。遅くなっちゃって』先頭にいた女が息せききって慌てたようにかけてくる。

 グレーのパンツスーツに身を包み、地味目な化粧にひっつめ髪、細い黒縁の眼鏡をかけた女は、妙なアクセントで何度か頭を下げ、そして俺に向かってウィンクを一つして見せた。

 地味な身なりだったが、並んでいた男どもの視線は、一瞬にして彼女に集中させるには十分すぎるくらいの魅力だ。

『先輩、知り合いなんですか?』

 一ノ瀬が妙な顔をして俺を見る。

『話したろ?俺が頼んだ”もう一枠”だよ。』


 一ノ瀬は納得したのかしないのか、良く解らないと言った妙な表情をしていたが、俺と”もう一枠”の分、合計一万円を払って手続きを終える。


 そして、男性はブルーの地の、女性はピンク色の地のネームプレートに、それぞれ名前を記入し、胸につけた。

 俺は勿論本名を書く。

 ここまで来てウソをついたって仕方がないだろう。

 妙なことに気づく。正会員には星が一つ名前の端に着く、それはまあ理解が出来る。

 しかし、中には男性にはその星が三つ着けられていたことだ。


 一ノ瀬に聞いてみたが、彼も知らないという。

 係員に聞いてみても、曖昧な答えが返ってくるばかりだった。


 しかし、女の方はごく一部を除いて星マークはついていなかった。


 宴会場の中は流石に広い。


 丸い大きなテーブルが幾つか置いてあり、そこには豪華そうな料理やら酒、ソフトドリンクなどが並んでいた。


全員が中に入り終わると、銀縁眼鏡の若い女がマイクを持って喋り始める。


”ここで是非とも良いお相手を見つけていってください”そう言ってはいるものの、俺には何だか随分白々しい響きに聞こえた。

 グラスを持て、とという。

 仕方がないから、俺もウーロン茶のグラスを取る。

”何で酒を呑まないんだ?呑兵衛のお前が”

 俺は仕事で来ているんだ。

 仕事の時くらい酒を入れないくらいの矜持は俺にだってある。

 気合の入らない乾杯をすると、凡そ6~70人くらいの男女が、あちこちで話し始める。

 男どもは見境なく女に話しかけているが、よくよく観察していると、あることが分かった。

 男の方から女に話しかけても、女は愛想良くはするものの、それほど関心はなさそうだ。

 女の方が自分達から積極的に話しかけているのは、胸の名札に星三つの男だけだ。

 俺は出来るだけ何気ない風を装い、たまたま一人になっていた星三つ男に声をかけてみた。

『さっきから随分モテていらっしゃるようですが、その名札の星には何か意味があるんですか?』

 すると彼は、俺の名札をちらっと見て、

”なんだ”というような顔つきをしてから、

『ああ、これですか。これは”セレブスター”っていうんですよ』と答えた。

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