PART3
赤坂のMホテルと言えば、老舗中の老舗、宿泊すれば最低ランクの部屋でも一泊二万は取るという、まあ”お高くとまった”ホテルである。
今回はたかが一回きりの”婚活パーティー”だから、それほど大仰には考えていなかった。
一ノ瀬からは事前に”推薦カード”と共に、パンフレットみたいなものを渡されていたが、そこには”男性参加者はネクタイ着用のこと”と、わざわざそこだけ太ゴシックの活字が使ってある。
思わず顔をしかめた。
俺はどうもあのネクタイというやつが好きになれない。
え?
”お前自衛隊にいた時、いつもネクタイしてたろ?”
だから嫌なんだよ。
あの頃は宮仕えだったから我慢も出来たが、今は天下御免の自由業だぜ。
犬の首輪じゃあるまいし、あんなものを巻かれて気分がいい訳がなかろう。
しかし、そうしないと会場に入れてくれないというんだから仕方がない。
俺はその日の昼過ぎ、まず風呂に入り、次に鏡の前で髪をオールバックに整え、髭を剃り、アイロンをかけたワイシャツを着、クリーニングから返ってきたばかりの夏用の薄手のスーツに袖を通し、二本しか持っていない内の一本、濃い水色の地に黒のストライプの入ったネクタイを締めた。
とりあえず眼鏡も用意した。
目立たないための防御みたいなもんである。
あ、いっとくがこれは伊達メガネ。素通しの強化硝子しか入ってない。
自慢話は苦手なんだが、視力だけは昔から左右共に2.0。どっちもガキの頃から変わっちゃいない。
仮に荒事が起こったってパチンコでやり合うようなこともあるまい。
代わりと言っちゃなんだが、ベルトに特殊警棒を挟む。
必要最小限の武装ってやつだ。
さて、準備は整った。
いざ出陣と行くか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
赤坂のMホテルまではタクシーを使った。
ジョージを呼び出そうとも思ったが、彼は今別口の仕事で東北まで”荷物”を運んでいるそうだ。
まだ会場が開くまで1時間もあったが、ロビーに着くと、そこにはもう何人か、それらしい人間が集まっている。
大半は男だったが、中には少しばかり女性もいた。流石にまだこの段階で誰もお互いに話しかける様子はない。
腕組みをして柱にもたれながら辺りを見回していると、
『お待たせしました!』と、聞きなれた声がした。
振り返ってみると、そこにはやっぱり一ノ瀬がいた。
堅苦しいグレーのスーツ。濃いブラウン一色のネクタイ。
彼らしいと言えばそれまでだが、これじゃおよそモテそうにないな。と思ったが、口には出さなかった。
『早かったですね。』
緊張しているのか、笑顔が少し引きつっている。
『時間厳守、これだけは身体に沁みついているんでね。君も一緒だろ?』
俺の言葉に彼は照れたように頭を掻いた。
『ところで先輩、この間話していたもう一人の推薦者って?』
俺は一応辺りを見回してみた。
『いや、まだ来ていないようだな。一応向こうには君が渡してくれた推薦カードは渡しておいたが、一緒にいないとまずいかね』
『いえ、そんなことは、カードさえ持っていれば、固まっていなくても構いませんが、どんな人か気になったもので』
彼も俺につられて辺りを見回して答える。
『君は自分の心配だけしてりゃいいんだ。俺たちの仕事は別にあるんだからな』
とりあえず時間つぶしに、同じフロアにあるティー・ルームに入った。
コーヒーを頼もうかと思ったが、まあ”ティールーム”だからな。
仕方ない。
レモンティーを頼む。
一ノ瀬はロイヤル・ミルクティー。
俺たち二人は向かい合わせに座り、下らない話をしながら、時が過ぎるのを待った。
『先輩、あの女性・・・・』カップを持ち上げながら、一ノ瀬が言う。
彼の目線の先を探ってみると、そこには一人の女性が座っていた。
彼女は目の前のテーブルに置かれたミルクティとクッキーには手も付けず、何か緊張したような表情をしていた。
年齢は25~6歳だろうか。
幾分丸顔で、肩ぐらいまである髪は、ストレートパーマがかかっている。
化粧はそれほど濃くはない。服装も地味な空色のワンピースを着ているだけで、それほど目立つわけでもない。
”どことなく笹森礼子に似てるな”
俺は思った。
(お前はいつだって例えが古いって?ほっといてくれ)
『僕、ああいう子がタイプなんですよ・・・・』女性に対して奥手な一ノ瀬が、ぼそりとそんな言葉を口にした。
『だったら口説いてきたらどうだ?』
俺は苦笑しながらまぜっかえしてみる。
『よ、止してください。先輩!』慌てたように顔を真っ赤にした。純情な男をからかうのは結構面白い。
”お知らせします。15階の宴会場、鳳凰の間で開催されるアーバン・マリッジセンターのパーティーにご出席の方、受付を始めます・・・・”館内放送でアナウンスが流れた。
『いい暇つぶしになったな。さて、俺達も行くか』
俺が立ち上がると、一ノ瀬も同時に席を立つ。
見ると、さっきの笹森礼子嬢も立ち上がって、入口へと急いでいる。
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