的は菓子か、それとも心



 ***





「で? お前はその名前しか知らない女目当てに今年もここに来たわけか。乙女だねぇ佑規クンもー」

「永太に話した俺がバカだったよ……」

 二人で並んだ岩が今まさに座っている場所だとまでは言わないでおく。

 行き交う人の隙間からは射的屋が見えていた。おっちゃんはまだ現役らしい。のんびりとしているようで誰がどれを当てたのか把握してるんだから、今さらながらすごい人だ。

「観光客だったんだろ? まぁ同じ場所なんてそうそう何度も来ないわな」

 永太の最もな言葉に肩を落とすしかない。再会の難しさくらい俺だってわかっている。それでも、唯一の繋がりであるこの夏祭りにほんのわずかな可能性を求めて毎年足を向けてしまっていた。

 ただのジュースになってしまったソーダフロートを掻き混ぜる。涙に色を塗るなら、こんな色だろうか。

「おっちゃんおっちゃん、なあ聞いてって! その景品って他の味ないん? そうっそれやそれ、それがほしかってん!」

 ざわめきの向こう、元気すぎる声が耳に飛び込んできた。この辺りでは聞くことのない方言。俺と永太は顔を見合わせる。これは、もしかすると、もしかする?

「よっしゃぁ、いっちょ当てたんでー!」

「お、おい佑規、間違っててもいいからお前行ってきてみろよ!」

 威勢のよい気合いを聞いて、何がどういいというのか、興奮気味の永太が俺の背中を人混みへ押し込む。併せてフロートの容器も奪い取られてしまった。しばらくの間は呆然として何が何だがわからなかったが、あの横顔が目に入った途端にハッとした。

 亜純だ。確かにあの顔だ。それまでの自信のなさはどこかへ吹き飛び、驚くほど自然に確信を持った。俺は慌てて人の波を掻き分けて出店を目指した。あと少し。あの時とよく似た、でも少し違う柄の黄色い浴衣に向かって叫んだ。

「亜純っ!」

 振り返った女の子は、しばらくきょろきょろとした後でこちらに気づいたようだった。俺と目を合わせ息を呑む。

「……ユウキ? アンタ、ユウキちゃう?」

 亜純はこの数年の間に髪が伸びていた。ただそれだけで随分と大人びたようにも見えた。いや、たぶん、本当に大人になったんだと思う。女の子というより女性、だった。

「久しぶり……だな」

「うわ、うわ、ほんまやな……! あの、遅なってしもたけど今年こそ来れてん。そんで、そんでな」

 しっかりと抱えた射的用の銃を俺に見えるように持ち上げ、それから棚に並べられた商品を指差す。よく覚えているあの菓子だった。さっきの交渉はこれのことだったんだな。

「見とってや、今あん時の分返したるからな!」

 嬉しそうに笑う姿が眩しくて、俺は目を細めた。店のライトが近かったからかもしれないけれど、俺には亜純が眩しかった。そうして昔のように、やっぱり亜純は俺を動揺させるのがうまいんだ。

「その後はな、アンタの連絡先もゲットしたんねん!」

 そんな言葉をあの日と同じ笑顔で言ってのけたんだから。


 そうやってまた君は、どうしようもなく俺の心から離れなくなる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が離れない夏に 藤咲 沙久 @saku_fujisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ