第19話
女子生徒が挙手をして言い放った。
ボクは個人的に『あ、ここで来たか!』という驚きがあった。
背の低い、見ようによっては小学生に見える幼い感じで、しかも本人はそれをちょっと嫌がってる節がある。
普段はキャッキャして賢そうには見えないが、密かにこの学級会のダークホースになるんじゃないかと思っていた。
その理由は、
女の友情は複雑だろうから一概には言えないが、二人は常に一緒で話題もあって親友という感じがする。
だからこそ、必ずや愛泉手に援護射撃をしてくれるはずだと思ってはいたのだけど、いままでじっくりとクラスの様子をうかがいながら黙っていた。
絶対何かを企んでいるとは思ったが、あまりにも黙っていたので、ひょっとして和摺は反対なのかもしれないと危惧していたところだ。
それが今、ピンチの時に急速で浮上してきた。
人呼んで『沈黙の潜水艦』といったところだろう。
「私は、中学生だからこそという意味で、愛泉手さんを応援したいと思います」
教室内がざわついた。
やはり、和摺は愛泉手の親友だった。
なんだか、その友情、そしてこれまで沈黙して耐えていた英断に感動すら覚える。
「そもそも、世間で私達未成年に対する、いわゆる性的表現への配慮ということがどれほどの問題になってるか、知らない人はいないと思います」
「性的表現だって」
クスクスと笑い声。
今までエロという、ある意味使い慣れた隠語を使ってたため、直接的に言われるとドキッとする。
それも見た目に幼い印象を受ける和摺が言うならなおさらだ。
ただ、言っていることはさすがというか、テレビでもネットでも、未成年への性的表現に目くじらを立てる大人というのは目にする。
そこをついてきたか、とボクはちょっと感心した。
「大人たちはこぞって未成年に性的表現を見せるなと騒ぎ立てています。わざわざ法律まで作って。実際の未成年である私達にとっては滑稽だと感じませんか? そのくせ、実際の大人はいざ私達を前にすると気まずそうにそういう話題は口にしない。テレビのドラマでベッドシーンが出ただけでも空気がおかしくなるくらいの微妙っぷりなのに。税金を使って国会でそんなことを言ってるなんてバカみたいだと思います。でも考えてみたんです。ひょっとして、それって私達に対する信頼のなさの現れなんじゃないかなって」
なんだかすごい切り込み方をして、話がどこに飛ぶのかわからない。
「子供はバカだから、性的表現を見せるとすぐ暴走する、そんな大人の偏見があるんだと思います。みなさんは、そんなにバカじゃないですよね? 悔しくないですか? はっきり言って私は悔しいです。別に私達だって自制心くらいあります。バカな大人なんかよりはずっとわきまえてます。エロだからなにしてもいいというわけでもないし、どこでブレーキを踏むかくらいわかります。そういうことがきちんとできるということを、大人たちに見せていかなくてはならないんじゃないですか」
こんなきちんとした理論を和摺は抱えたまま黙っていたのか、それともずっと考えて辿り着いたのか。
これが最初の方で発言されたのなら、和摺と愛泉手の仲の良さを知っているクラスメイトにとっては効果が薄いどころか逆効果だったかもしれない。
愛泉手を援護するために打ち立てた詭弁のように聞こえたはずだ。
しかし、意見が交錯し、それぞれが考え、そして迷いだしたこのタイミングで出してきたのは本当にすごい。
男子生徒、
御垣杜は、クラスでも有名でありながら目立つ生徒ではない。
そのアンビバレンツは、彼の実直な趣味にある。
彼は漫画家志望なのだ。
休み時間は、誰かと交流するわけでもなくずっと漫画を描いている。
仲の良い友達がいるわけでもない、でもただひたすらに、描き続ける彼の姿は、夢に対して一途で、まだ未来なんて何も見えてない中学生にとっては敬意とともに嫌悪感も湧いたりする。
正直、ボクも見たことはあるけど、普通の雑誌に載ってる漫画と比べたら上手いとは言いがたい。
けれど、笑われたり気味悪がられたりしても、まったく動じず、漫画に打ち込む姿はクラスの中でも一目置かれている。
でも、登下校時にかぶってるベレー帽はやめたほうがいいと思う。
割とマジで。
「俺も、エロを見たから暴走するという意見はいだたけません。何の根拠があって大人たちはそんなことを言うのでしょう。性犯罪は年々減ってますし、若年層よりも高齢者の犯罪のほうが件数は多いのですよ。悪いことだ、参考になるから排除しよう、なんてバカもいいところです。排除すればそれに伴う欲求がなくなるとでも思ってるんですか? 肛門に栓をすればうんこが出なくなるとでも思ってるんですか? 俺は暴力が好きだ。フィクションの暴力が。なんでフィクションで暴力を描かないといけないのか。ずっと考えてるんだ。最近、悩んで考えて、ちょっとだけ答えが見えてきた。人間は暴力が好きな生き物です。動物は暴力が好きなんです。だけど現実では暴力は絶対に認めてはいけない。だからこそ、暴力はフィクションで描かなくてはならないんです。フィクションでも暴力を規制したらどうなるか、バカと代議士以外は想像がつくはずだ」
御垣杜は熱のこもった感じで拳を振り上げてそう言ったが、なんだか盛大に脱線していて周囲のクラスメイトも戸惑っている。
御垣杜の情熱はわからないわけではないし、彼もまた夢を追いかける一人なのだろうけど、今の状況で出しゃばられると非常に混乱することになる。
「いや、ちょっと何を言ってるのか。いや、今回はエロの話だから」
「エロの話じゃない。裸の話だ」
「そうじゃない。人の夢の話だろ」
クラスメイトたちも、ツッコミついでにざわつき始めた。
挙手をしてまで意見を言おうとしない生徒も、心の中ではなにか抱えるものがあるのか声が漏れ始める。
もはやこの教室には、愛泉手の裸が見たいだけというスケベな気持ちでいるものなど、……四割ほどしかように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます