第5話
ボクの言葉を、クラス全部の心を射抜いたとは言い難かった。
多くのものが半笑いの表情のまま再びざわつく。
「は? てか、美術の授業じゃねーし」
「つーか、そんなの全員でやる意味あんの?」
「そうそう」
女子生徒の一人が声を上げると、周りの者がそれに同調する。
そもそもほとんどの生徒はボクの話なんか聞く気になっておらず、ただ面白がりたいだけの集中力を欠いた状態だった。
それでも何人かのこちらに耳を傾けてくれる生徒に向かって告げる。
「この中から
クラスメイトがお互いに顔を見合わせつつ、こっちの言葉に耳を傾け始めてきた。
あえて強い言葉で脅迫するようなことを言った甲斐があった。
「きちんと話し合いたい。愛泉手が脱いでいいのか、脱いではならないのか」
ボクは黒板に力強く板書する。
『愛泉手は裸になれるのか?』
その字の横を手の平で叩くと、黒板の材質からか、思った以上に大きな音が響いた。
「話し合おうじゃないか!」
男子生徒たちから興味をそそられたような明るい声が上がり、女子生徒たちから避難めいた低い声が上がる。
「こんなバカバカしい話は許せません。先生、即刻中止すべきです」
「そうよそうよ」
やりとりを黙って聞いていた荒史先生が立ち上がった。
担任の教師で国語の担当、
年齢は26とか27とかだったと聞いた。
ベテランというほどではないけど、新人教師という初々しさも感じない。
生徒にはかなり信頼されている教師の一人だろう。
よくある姉弟のような気さくな先生とか、友達感覚といった人気のあり方とも違う。
教師の中には、そう言った感じで人気のあるものもいるけど、荒史先生はすごく大人を感じさせた。
ボクら生徒を生徒として尊重するというか、子供扱いしない。
だからこそ逆に自分たちが子供であることを認識させられるし、先生が大人であるということを感じてしまうのだ。
小難しい説教をするわけでもないし、慣れ合うような冗談もそれほど言わない。
荒史先生は生徒と仲良くなろうなんてはじめから思ってないようだった。
媚びたりはせず、生徒を教え導く教師、そんな姿に見える。
そのおかげで生徒は自然と尊敬と畏怖の念が湧いてくる。
「ここは学校で、今は授業中で、私は教師です。私は教師として、そしてあなたたちよりも経験を持つ人間として、大人として、出来る限りあなたたちと誠実に付き合って行きたいと思っています。そこに、このような議論が上がりました。私としてはこの話題を解決しなくてはなりません」
誰もが先生の言葉に、この厄介な問題に対する回答を期待した。
しかし荒史先生の言葉は、生徒たちの期待したものではなかった。
「もし私が、こんな馬鹿げた話はするべきではないと終わらせてしまったら、あなた達はどう思いますか? 愛泉手さんは、様々な葛藤を抱えながら、一つの意見を出しました。そしてあなた達はそれを知りました。もう、知らなかった時には戻れません。私は教師の権限で、こんな授業に関係のない話は終わりにしろと指示することはできます。それでよいですか? あなたたちは、この話題がなかったこととして、今まで通りに愛泉手さんと付き合っていくことができますか?」
教室内は低い声でざわついた。
誰もが自問自答し、周りにいるものの様子をうかがい、少なくとも肯定的ではない答えに行き着いていた。
「無理だと思います」
「私も無理です」
意見というほどではないが、はっきりとした声で荒史先生に告げる声も上がった。
「それならば、あなたたちは、知ってしまった以上、この話題を解決しなくてはなりません。ひょっとしたら、自分の思った通りではない結論に至るかもしれません。だけど、なかったこととして処理するのと、自分たちの力で解決するのではまったく違いますね。クラスメイトの意見として尊重して、他人ごとのようにバカにするのではなく、自分自身の問題として考えてみてください。私はあなた達を信じています。決して誰かを憎み、
そう言って荒史先生は、暗殺者が獲物の命乞いを見届けるように微笑んだ。
自分たちが抱えることになった荷物、対処法を間違えると爆発する不発弾みたいな議題を前に、教室内は静まり返った。
やがてそれぞれ局地的に意見というほどではない声が上がり始めた。
「そうは言ってもさぁ。やっぱ無理だわ」
「っていうか愛泉手さんてただの変態としか思えないんだけど」
「変態に気を使って授業を妨害される私達の身にもなってよ」
強い語調で一人が否定すると、それに同意する多数の声が上がる。
「やだ、キモいよね」
「そうそう」
「てか意味分かんないんですけど。露出狂ってやつじゃん」
女子生徒に比べて男子生徒の声はあまり目立たない。
男子生徒の肯定の理由が、性欲に根ざしている分だけ、声を上げづらいのだろう。
少なくともこんな危険な問題に関しては、肯定するよりも否定する方が容易にできる。
爆弾の処理が怖ければ、封をして遠くに放り出した方が楽なのだから。
「でも、見たいよな」
「キモッ」
「マジウザッ」
男子生徒の一人が調子に乗った声で言う。
すると瞬時に女子たちがヒートアップし、キモい、バカ、と全員で抹殺した。
キモイ、生理的に受け付けない、に対する反論はできない。
なぜならそれは個人的な感情だからだ。
論理性を帯びない感情は否定出来ない。
正しいけど気持ち悪いから嫌だ、と言われてしまえばそれで終わってしまうのだ。
気持ち悪い。その圧倒的なまでに支配力を持った言葉だけが教室を支配し始めた時、一人の女子生徒が手を上げた。
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