第16話

 重苦しい空気の中、山菓やまがが挙手したものを指名した。


 公賀きみか為雄ためおだ。


 背が低く、つんつんと立った髪。

 常におちゃらけていて、隙あらば笑いを取ろうとする。

 女子からの人気は隠れて高く、そして男子からの人望も異常に厚い。


 人呼んで『なにわの暴れピエロ』と言ったところだ。


 別に関西出身というわけではないが。


 自分が面白い人間だと思いこんでいる自意識の高さが関西人のイメージを喚起させる。


「待ってくれ。これがエロというのには俺は反対だ」

「は? いまさらなんだよ、女子に対する人気取りか。お前にエロい心がないなんて言わせないぞ」


 芦疋野あしひきのが公賀に反応する。


 確かに、公賀はシモネタはいうし、どちらかといえばオープンエロだ。


 自分の性的な欲望を隠さずに、それでいて絶妙なバランスで女子から嫌われていないという、男からしてみればやや羨ましい立場にいる。

 いまさら、エロくないということを言われても、クラスの誰も納得しないだろう。


「バカ言うな。俺はエロい。誰よりもエロい。お前なんかよりはるかにな、だからこそ反対なんだ」

「公賀さん、どういうことか説明してもらえますか」


 山菓が公賀に向かってそう言う。


 公賀は待ってましたとばかりに教壇に立った。


「えー、ご紹介にあずかりました公賀為雄です」


 公賀はそう言って挨拶するが、誰も紹介してないし、クラスのみんなはそんなことはすでに知っている。


「いいか。エロとは何か、それを突き詰めて考えてる人はいないのか? ただ提供されるがままにネットにある裸を見て満足して。そんなものは家畜だ。エロ家畜だ。オッパイの本質とは何か。その心とは何か。考えたことがあるのか?」


 公賀はそう言って声を上げたが、言っていることがバカバカしくて教室内はポカーンと呆れていた。

 わずかに公賀と仲の良い男子生徒だけがクスクスと笑っている。


「教えてやろう。オッパイの精神はポロリに宿るんだ。パンティの精神はパンチラに宿るんだ。はい、鯉須町こいすちょう、板書して」


 突然言われてボクは戸惑いながらチョークを取ったが、山菓はボクの手を抑えて無言で首を横に振る。


 それを見て公賀は納得いかなそうに唇をとがらせる。


「いいか、人間の裸なんて本質的にはそんなに変わりないんだ。膨らんでるとかへこんでるとか、毛が生えてるとか、柔らかいとか、そんなもんだよ。俺たちはただ皮膚が見たいわけじゃない。裸が見たいんだ。つまり、裸になることと切り離せない感情のゆらぎが見たいんだよ。本人が望んで見せたものの、何がエロいんだ。医者が患者の裸に興奮しないように、そんなあけっぴろげな裸になんて興奮しない。もししてるようならそんな奴はエロ失格だ。肌が見たいだけの異常者だ。俺は生物の裸体が見たいんじゃない。エロが見たいんだ。俺は心を裸にしたいんだ!」


 公賀が拳を振るってそう言うと、公賀と仲の良い一人が拍手をした。


 そしてその拍手はやがて二人の大きな拍手に、そして三人の拍手に大きな拍手に、と広がっていったが、それ以上広がらず、散発的にバチバチという音をまき散らして消えた。


 しょうもない内容でありながら、確かに間違った意見とは言いづらい。


 しかし、別にそんなこと今言わなくてもいいのにな、というくらいどうでもいい話ではあった。


 大きく椅子を引きずる音をさせて芦疋野が立ち上がり、教壇に向かう。

 芦疋野は公賀と睨み合うように対峙する。


「公賀……俺が間違ってた」

「わかってくれると、信じてたよ」


 そう言って二人は固く手を握り合った。


 なんだ、この茶番は。


 はっきり言って、この二人のどうでもいい主張のせいで、クラスのムードは愛泉手あいみての裸を受け入れがたい方に傾いていた。


 せっかくここまで築き上げてきたものが、単なる下世話な欲望になってしまったかのように。

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