第8話
男子生徒の一人、
それだけで教室内は若干ざわつく。
別に小沼日が問題のある生徒だからじゃない。むしろその逆で、割りと目立たない生徒だからだ。
発端である
通常、こういった教室内での話し合いでは自然と人気のあるものが注目を集め、雰囲気に流される傾向があるというのに、なんだかおかしな具合になっている。
そして、そのいい傾向とも言えるおかしな空気を、クラスメイトたちは敏感に察知していた。
小沼日は立ち上がって教室内を見回す。
ギョロッとした大きな目が落ち着きなく泳ぐ。
背が低く、短髪、かと言って少年っぽいイメージはない。
この年頃ではしょうがないし、ボクにもあるのだけど、小沼日はニキビが多いらしく、肌に残念なクレーターができている。
日に焼けて浅黒く、細いくせに妙に長い手と言い、どこかコミカルで異形っぽい印象を受ける。
人呼んで『妖怪バレンシアオレンジ小僧』といった感じだ。
「あの、特別な意見がなければ反対しちゃダメなんですか?」
もったいぶった間を開けて放たれた小沼日の発言に、みんなは肩透かしを食らったようだ。
「あんた、何聞いてきたの?」
隣の席の女子生徒が呆れた顔でそう言い捨てる。
小沼日はさらに目を泳がせ、子供のように口を尖らせて続けた。
「わかってるよぅ。だけど自分でもどういう理由があるのかわからないけど、嫌なんだ」
「だったら他の人の意見を聞いてどうするか考えるべきじゃん」
別の女子生徒が小沼日を追求するような声を上げる。
「意見は挙手をしてから」
山菓がそう注意したが、すでに女子も男子も結託したように呆れた空気が漂う。
「違うよぅ。他の人とは違うんだっ。ボクは、なんだか、心の内側から、どうしても絶対に嫌なんだ。でも頭が悪いからうまく言えなくて……」
そう言って小沼日は自分でも消化不良のようにゆっくりと着席した。
教室内に小沼日を嘲笑うような空気が生まれ、なんだかいたたまれない気がした。
ボクは小沼日とそれほど親しいわけじゃない。
どちらかというとクラスでもイケてないグループに属してる男子で、その中ではひょうきんなことを言って周りから評価されているような感じだった。
決して頭が悪くて空気の読めないようなことを言い出す変わったキャラじゃない。
ボクはチョークのついた指をこすって言った。
「ひょっとして、愛泉手の事好きなんじゃないか?」
その言葉をきっかけに教室内はワーキャーと甲高い声が上がった。
しまった。やってしまった。
たとえそうだったとしても不用意な発言だった。
「静粛にして下さい」
山菓が声を上げる。
どうせなら裁判のドラマでよく使うような木槌が欲しいくらいだ。
小沼日は茶化す声の中、黙ってキョロキョロと目を泳がせていた。
ボクは愛泉手を見る。
愛泉手はまるで、『一緒に楽しみにしていたライブのチケットを入場直前でボクが無くしていた』ような目でこっちを伺ってきた。
そして小沼日は、静かに泣き始めた。
流れ落ちる涙を前にして、教室内は一瞬にして静まり返った。
「何も泣く事ないじゃない」
「冗談だよ」
自分たちの罪を正当化して押し付けるような声が上がる。
「違うよぅ。そうじゃないんだよぅ。気づいたんだ。自分でも気づいてなかった。そう、ボクは愛泉手の事好きだったんだ。だから、悔しかった。他の人に見られる……のが」
小沼日は、自分の発した言葉にさらにショックを受けるように涙を流し続けた。
その姿に驚いた者、呆気にとられた者、同情した者、さまざまな思いがあっただろうが、教室内は空気が重い粘性を持ったかのように動きを止めた。
そんな中でただ一人動いたのは愛泉手だった。
愛泉手は教卓の前に立って、片手で髪を耳にかけて顔を上げた。
「小沼日くん、どうもありがとう。でも私は自分の意志と、決意でここに立っています。本当の私は、あなたの幻想の中の愛泉手
愛泉手がそう言うと、小沼日は、わざわざ挙手をして起立した。
「わかりました。笑わないでくれてありがとう。あなたのこと、好きでした。グッバイ・マイ・ラブ!」
小沼日の最後の叫びに教室内は、笑っていいのかいけないのか複雑な思いが交錯した。
「あ、はい。グッバ……ブフッ」
懸命に小沼日に向き合っていた愛泉手だったが、最後の最後で吹き出してしまった。
それと同時に、教室中に笑いが溢れた。
見れば小沼日も涙を流しながら笑っていた。
「なんだよ、グッバイって」
そう言いながら男子生徒が小沼日の背中を叩く。
こんな決着のつきかたがあるのか、とボクは爆笑しながら感心していた。
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