最終話

 目を覚ますとそこは見知らぬ天井。

 青白くそっけない蛍光灯。

 白いシーツ。

 無骨な鉄枠のベッド。

 ベッドの周りはカーテンで覆われ、女の子が二人座っていた。

 一人はパイプ椅子に座ったまま、すぐに顔をそらして手元の編み物を再開した。

 もう一人は寝ているボクに覆いかぶさるようにベッドに体重をかけた。


「気づいたので?」


 顔をのぞき込んだのは金髪の忍者、ミッシェル。


「あぁ、うん。生きてるのかな」

「いい死に様だったかもだ」

「死に様って、全然嬉しくないな」


 ミッシェルは歯を見せて笑いながら、ボクの頭をなでつけて振り返った。


「バカな犬みたいかもだ」

「犬でいいだろ。バカな犬も賢い犬も手触りは一緒だ」


 きっとミッシェルにそう教えこんだのは、パイプ椅子に座ったままこちらに興味を示さない女の子だろう。

 手元の編み物から視線を離さず、誰に向かうともなしに理蘭りらんは口を開いた。


「打ち身と捻挫で骨折はなし。脳波に異常もない。シンプルな機械ほど壊れづらいものよね」

「なんか色々とありすぎて混乱してるよ」

「演劇部は半年間の活動停止で贔利びいり先生は退職。坊やは入院。そのくらいね」

舞座まいざは?」

「無事よ。憑き物が落ちたかのように普通だわ。まるで何もなかったかのよう。ネットもそれほど盛り上がらなかったみたいね。変わったことといえば忍者がうちに入り浸ってることくらい」


 理蘭はそう言ってミッシェルに視線を飛ばす。

 ミッシェルは、歯を見せて笑顔を作った。


「あー、もう秘密基地まで」

「夢の隠れ里かもだ」

「だろ? そうなんだよ。あの設備は素晴らしいんだ。秘密だから誰にも言えないし、理蘭は全然ありがたがってくれないし。それを共感出来るだけでもうれしいよ」

「姐様は優しいかもだ」


 理蘭の顔を見た。

 白い肌の横顔。

 鼻はツンと尖っている。

 口角の上がった唇。

 表情を全く変えず、動揺している素振りすら見せない。


「そうね。家に忍者がいるのはいいことだわ。隣で玉ねぎを刻んだりしないかぎりね」


 ミッシェルはガラス瓶を懐から出してボクに握らせる。


「ペットを」

「ペット?」


 その中には黄色っぽい小さな虫がいた。


「ハハッ。これかぁ」

「ハナグモの一種かもだ」

「確かに。蜘蛛が笑ってる」


 その蜘蛛の一番丸く大きいお腹の部分にはまるでスマイルマークのような模様がついていた。


 理蘭の方を見ると、後ろで結った長い髪が揺れていた。


「真相を知る人は少ないせいかしらね。昼沢ひるざわくんがあの調子で面白おかしく吹聴してるわ」

「昼沢が? なんて?」

「怪奇蜘蛛男とそれを倒したヒーローたち」

「マイティ・ジャンプが!?」


 ボクはベッドから跳ね起きる勢いで身体を起こした。

 思ってたのとは全然違うけど、マイティ・ジャンプは人々の記憶にまた刻まれることになったのだ。

 身体の芯の部分から沸き上がってくる熱さに拳が震えた。

 理蘭はこちらを見もせずに無表情に呟いた。


「マイッチング・ステップとその知り合いの活躍として」

「マイティ・ジャンプはどうしたんだ! なんだよ、よりによって知り合いって! 仲間ですらないのか」

「まだまだね」

「マイティ・ジャンプの伝説はこれからかもだ」

「こんな大変な思いして、まだはじまってもないとは……」


 ボクは肩を落として俯く、と見せかけて顔を上げて理蘭を見た。


 理蘭は一瞬遅れて顔を背けた。

 長い黒髪がゆっくりと揺れる。


 マイティ・ジャンプのデビューは失敗だった。

 だけど、それでも構わない。


 とりあえず、もう二度と、彼女には泣き腫らした赤い目をさせないようにしよう。

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ずっこけ二代目ヒーローのハチャメチャ事件簿 亞泉真泉(あいすみません) @aisumimasen

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