第37話
「あぁ、そう。それはよかった。なら安心して下さい。君を傷つける気はない」
「感動したんです。あなたの動画を見て」
「動画?」
「ネットで見たんです。すごく盛り上がってました。バカがバカなことをして捕まったって悪くいう人たちばかりでした。私はそれがよくわからなかったんです。だから気持ち悪くて。立派なことなのに悔しかったんです」
「ちょっと待って。それは
ボクの問いかけに舞座は髪を揺らして頷いた。
息を切らしてやっとのことで追いついた理蘭とそれを支えるミッシェルが教室によろけながら入ってきた。
「マイティ・ジャンプというヒーローが逮捕され、誰もが嘲笑っていた時に、その動画を見たんです。ヒーローの私生活を撮ったものでした。奥さんが亡くなったのでしたね。長いこと苦しみ、複雑な事情があり、しかたなくマイティ・ジャンプは罪を犯しました。その瞬間、私は見たんです。ネットの向こう側で沢山の人の心が転がる瞬間を。彼のやったことは何も変わってないのに、人々の意識が変わったんです。すごいと思いました」
「そんなことが……」
ボクの知らないマイティ・ジャンプの情報。
あの時、ボクは必死だった。
自分なりにできることを、そう考えて二代目を名乗りでた。
必死になりすぎていた分、視野狭窄になっていただろう。
ただ、そんなボクにとって、マイティ・ジャンプにとって都合のいい展開。
自然発生的に起きたなんてことは考え難い。
ということは……。
振り向いて理蘭を見ると、彼女はうつむいて頭を抱えていた。
理蘭がやったんだ。
初代の、父の悪評を塗り替えるために嘘をついた。
彼女の母親は随分前に亡くなったと聞いている。
その事実を捏造してネットに流した。
たとえそれが起死回生の一手だったとしても、身内のことを、悲劇の材料として使い、人の心をコントロールするようなことができるだろうか。
その答えをボクは知っている。
「演劇部は今、似たような状況だと思いませんか。無関係な人たちの憎しみの対象になってしまった。だけど、きっといまだからこそ、わかってもらえる。私には。私にだけできる。そんなお芝居を打ってみたいとずっと思っていました」
舞座はそう言って窓の桟に足をかける。
校舎の五階。普通の住宅なんかよりも天井の高い大きな造りなので、かなりの高さがある。
「助けるぞ」
「来ないでください」
ボクが一歩踏み込むと舞座が大きく首を振る。
「いいや。助ける。絶対に助ける。何としてでも助ける」
「私のせいで壊れてしまったのです。悪の存在は私だった。ヒーローは悪い怪人を倒すものです」
「違う。助けるんだ。ヒーローは、どんな奴も救おうとするんだ。悪に染まるしかなかった者を、救うために倒すんだ。そうなんだ。失敗はする。みんな間違う。たとえ悪意がなくても人を傷つけることだってある。じゃぁそれでおしまいなのか? 一度でも間違った人間は悪の存在でしかないのか? そんな人を蹴落とすために人は生きてるのか? 過った者を罵るために社会はあるのか? そうじゃないだろ。傷ついた善良な人を救うのは警察がすればいいさ。だけど、失敗しちまったやつを救うために、ヒーローはいる。キミのためにマイティ・ジャンプはここにいるんだよっ!」
「でも、私が死ねば帳消しになるんです。きっとその方がいいんです」
「いいわけあるか! マイティ・ジャンプを撮った動画なんてお手本にするな。迷惑だ。それは救おうとした動画だ。優しさの動画だ。信じる心が作った動画なんだ。キミを殺そうとしてしたことじゃない」
「私は、自分の罪を償いたいんです」
「失敗した人間は、罪と向き合って、少しずつ少しずつ信頼を取り戻さなきゃならないんだ。辛くても、苦しくても、そうするんだ。一発逆転なんて楽な道は絶対に選ばせないぞ!」
「私……」
舞座の頬を涙が伝う。
小さく頷いて舞座は肩を落とした。
そして、観念したようにこちらに降りようとした時、上履きの底が薄い窓の桟の上で滑った。
瞬間的に呆然とした表情で落下する舞座。
つま先を軋ませ、ボクは一気に飛び込む。
片手で舞座の腕を掴む。
ミッシェルが縄がボクの腕に絡まる。
「落ちるなよ。ボクの身体に掴まれ。絶対に助ける」
「ごめんなさい、私のせいでごめんなさい」
ボクの胴体に両手でしがみつく舞座に、ミッシェルの縄をもやいで結ぶ。
「重いかもだ」
ミッシェルと理蘭が縄を持って窓際で耐えるが、二人の表情が苦悶に変わる。
「引き上げられるか?」
「無理よ。私は虚弱体質なの」
「ゴリラさえいれば」
理蘭には体力的なものは期待できない。
ミッシェルは運動神経は良さそうだけど、身体が小さく体重が少ない。
本当にこんな時にゴリラさえいてくれれば。
ゴリラでなくても、誰かクラスに一人くらい残っていてくれればよかったのに。
「ヒーローに憧れるやつは弱虫なんだ。ずっと誰かに救われたいと思ってるやつがヒーローになるんだ。誰かを救うこと、それが自分を救うことだと気づいたやつがヒーローになるんだ。まったくマイティ・ジャンプのデビュー戦はいいとこなしだったけど、これこそヒーローだろ。救わせてくれ。ボクに君を救わせてくれ!」
ボクはロープから手を放した。
身体は重力に抗うことをやめ、三人の少女の顔が遠のいた。
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