第36話

「あたしもいけないんだ。結果を出さなきゃなんて焦ったから」


 和門わもんは額に手を当てうつむいて震える声で言った。


登美とうみ姫は、ずっと嫌いでしたわ。あんな明るくて純粋なの見せられて、自分なんてアイドルに向いてないって何度も思い知らされましたわ。だからずっと見ないようにしてた。自分は違うって言い聞かせてましたわ」


 和門に引きずられるように、儀武院ぎぶいんも鼻をすすりながら言う。


「かるた部に引け目を感じて、練習する場所も取られたってあたし、未来みらに言ってたんだ。でも未来は真っ直ぐだからさ。かるた部がすごいことも認めてて、あいつらの頑張りもちゃんと認めてて、うちらも元気もらって頑張らなきゃなんて言ってて。だけど、あたしはそんな言葉にもむかついちゃってて。ずっと板挟みだったんだよ」

「でも、嫌いだったけど、見ないではいられなかったですわ。反発したけど離れられなかった。部長は凄いってずっと思ってましたわ」

「よしっ! 反省会はまた今度。自分を責めてると気持ちよくなっちゃうからその辺で」


 和門と儀武院が涙を浮かべながら告白するのを、神藤かむとが大きく手を打っておさめた。

 まるで舞台の練習がそこで切り上げられるように、なんだか一区切りついた気がした。

 そんな中、ボクはマントを引っ張られて首が締まりよろめいた。


「んぐっ!」

「いいのかしら? 怪人蜘蛛男を野放しにして」

「この事件に悪人はいないんだよ。敵を倒してハッピーエンドなんてないんだ」

「だけど、彼女はまだ蜘蛛の糸に絡め取られてたわ」


 見るといつの間にか舞座まいざがいない。

 その瞬間にボクの心はざわついた。

 事件の謎が紐解かれ、どこかで一件落着したような気になっていた。

 舞座未来はどうなってしまうんだ。


 遠くで校舎の中に倒れこむようによろめいて入っていく舞座の影が見えた。


 ボクは理蘭りらんと一緒に校舎の入り口へと向かう。


 辺りを見回しても舞座まいざの姿は見えない。

 舌打ちをした時、背後から花が、舞うように通り過ぎた。


「こっちから匂うかもだ」

「ミッシェル! そんなこともできるのか」

「忍者だから」

「悪かったな、本物の忍者を信じずにいて」

「そのスーツの臭さ、コトだ」

「それは私も思ってたわ」


 理蘭はそんなどうでもいいことに同調して頷いた。


「しょうがないだろ! 洗濯できないんだから。これでもファブリーズしてるんだ」


 ミッシェルを先導にボクと理蘭は追いかけたがやがて足が止まった。


「鼻が疲れたかもだ」

「マイティ・ジャンプが臭いせいでここまでなのね」

「いや、ボクの臭さだけが原因じゃないだろ。それにあのまま着替えないで帰ることはないんだから、まだ学校内に……ほら、あそこ!」


 ボクが指さした先に、頼りない足つきで歩く舞座がいた。

 駆け寄ると、舞座は力が抜けたようにボクの胸にもたれかかった。


「大丈夫か?」

「そこ、臭いからこっちにしなさい」


 理蘭はそう言って舞座をボクの胸からミッシェルの胸にパスした。


「そんなに臭くはないだろ」


 舞座の目は、どこも見ていなかった。

 あの、相手の目をじっと見つめてそらさなかった舞座はここにはいない。

 虚空を見つめ、生気も薄く、表情が枯れている。

 笑顔でも泣き顔でもない、ただ乾いた無表情でつぶやいた。


「どうやっても、これから演劇部のことをおかしな目で見る人はなくならない。わかってなんて、もらえないのですね。みんな止めようとしてくれたのに」

「確かに舞座は過ちを犯した。でもそんなのうっかりミスだ。誰もキミを憎んでなんかいない」

「私が頑張ればいいと思ってたんです。だけど、本当に辛かったのはみんなだったんです。演劇部が終わってしまいます。動画をアップロードしたせいで。動画? ヒーロー?」


 舞座は急にボクの姿に驚いたような表情になった。


「どうした?」

「ヒーロー。マイティ・ジャンプ? あなたなんですか?」

「え、あ、はい。そうです。ボクがマイティ・ジャンプです」


 そう答えると舞座はバネ仕掛けのようにミッシェルから離れ駆け出した。


「そこまで臭くないと思うわ」

「臭かったから逃げたわけじゃないだろっ!」


 ボクたちは再び舞座を追いかけた。


 舞座はスカートを跳ね上げて階段を登っていく。


 ボクは幅の広い階段を一段抜かしで追いかける。


 舞座は5階の教室に飛び込んだ。

 そこは、ボクと舞座、そして理蘭の教室だ。

 人は逃げる時、馴染みの場所に逃げ込むものなのかもしれない。


 マイティ・ジャンプの格好をクラスメイトに見られたら、そんなことを一瞬思ったけど、気にして入られない。

 着ぐるみで闊歩してる生徒や忍者の格好の生徒だっているのだ。


 幸い、教室内には誰もいなかった。

 窓際に舞座が、ボクらから逃げるように張り付く。


「どうしたっていうんだ」

「思い出したんです。私、あなたのこと知っています。だってあなたから勇気をもらったんですから」

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