花火と廃神社と稲荷寿司

日回

花火と廃神社と稲荷寿司

打ち上がる花火。見上げれば夜空。

静寂と木々のさざめきの中に、短い炸裂音が響いたかと思えば、深い藍色と紺のグラデーションに、紅い花が咲いては散っていく。

その度、隣に座る彼女の横顔が一瞬照らし出されていた。

拝殿前の階段に僕らは二人並んで座っていた。


「きれーじゃのう」


彼女は、うっとりと呟く。


「そうだねぇ」


洒落っ気一つない返事をした。そしてまた僕らははしばらく花火を眺め、言葉のない時間が辺りを包み込んだ。


時節は八月の暮れ。納涼の時期。この街では市内で一番大きな河の川辺で、毎年花火大会を行う。県内でも有名なぐらいで、当日は観光客で駅前の方が賑わう。当然市外の高校生もこぞって訪れるため、ここら辺の高校生にとっては格好の出逢いの場となる、らしい。


そんな花火大会を僕は、誰も人の訪れなくなった山奥の廃神社から眺めている。

ここら辺では知る人ぞ知る心霊スポットだ。

廃神社・心霊スポットなんて聞いたらヒノカは怒るけれど。


苔むした階段の両側には、一対の風化した稲荷像が建てられている。


「あ、そうだ。これお土産」


夜も更けてきて、小腹が空き始める頃。花火見物にもつまめるものが欲しくなってくる──その頃合いを見計らって、リュックサックから桐箱を模した包みを取り出す。


「ぬ!寿司か!」

「そう。せっかくだし、奮発したんだ」


取り出したのはいなり寿司二人前。駅中のちょっと高級な土産屋で売っているものだ。値段は張るけど、ヒノカお気に入りの一品。


「花火に寿司とは、ええのう!風流じゃ!」


狙い通り、ヒノカは喜んでくれているようで狐耳がピコピコと動いた。

可愛い。

こういう時の素直な反応が僕はとても好きだ。


「食べて良いかの!良いかの!」

「ん、どうぞどうぞ」


ヒノカの分を手渡す。隣に座る彼女はそれを受け取って、巫女服姿の膝上に置いた。


「ん!それではいただくぞ!」


待ってましたと言わんばかりに手早く包みを開き、ヒノカはいなり寿司を指でつまみ始めた。見るに、花火のことは今忘れているらしい。花より団子という言葉が良く似合う。


美味しそうに頬張る姿に、見入ってしまう。一瞬、一瞬と花火が咲くたびに照らされるその陰影がとても雅に思えたのは、惚気ているからだろう。


「ん、ユキ。食べんのか?」


頬を膨らませながらヒノカははたと、僕の分、膝上の開けられていない寿司箱に目を止めた。


「え? あぁいや、食べるけど……」


ふと、思いつく。


「ヒノカ、これも食べたい?」


起きたのは、からかい心。


「む…!や、妾とてそんな…ユキの分にまで手をつけるなどと…そんなに食い意地はってるわけではないぞ!」


少し顔を赤くして、抗議するように彼女は言ってきた。

表情にすぐ表れるところもまた可愛くて。お寿司ぐらい、いくらでもあげたくなってしまうけれど。

とはいえ、この流れであげたらヒノカは膨れてしまうだろう。


「そう? じゃ僕もいただこうかな」


軽く手を合わせた後、包みを開ける。視界の端で、少しだけ、名残惜しそうにした横顔が見えた。


ドン、ドン、と花火はゆったりとした鼓動のように打ち上がり続ける。

そのリズムはこの時間をとても温かいものにしてくれているようで。

まぁ、八月らしく肌的には暑いんだけれど。


そんな時間がまた今年も過ごせてよかったなと思う。二人で。

僕は一ついなり寿司を頬張った。

うん。酢加減がとても美味しい。


「やっぱり、ここのいなり寿司はうまいじゃろ?」


まるで自分が持ってきたかのように、誇らしげに。

そんなところもまた可愛くて。


──もし。

君のその笑顔の成分に、今このとき、同じ味を。景色を。空間を。

一緒に過ごせてることによるものが、含まれているのだとしたら。

とても嬉しいな。


稲荷寿司はあと四つあって。

最後の一つは、君にあげることにした。

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