第4話
ヒラサカ公園は広い。つーちゃんは「近いよね」って言ったけど、それは公園の入り口までの話で、入ってから野外ステージまではかなり遠かった。
走る、走る。あたしは走る。ブキミ可愛いうさぎの姿で、ハンドメガホン片手に走る。なんじゃありゃと突き刺さる視線はわかるけど、とにかく今はどうでもいい。10分以内だ。10分以内にステージ。
あった、見えた! 卵の殻を縦に割って立てたみたいな、石のドーム。あれが野外ステージだ。さあ行くぞ、最終ダッシュ――
と思ったところで、あたしははっとしてブレーキをかけた。
さっきからなんか視界が狭いというか、ステージが見にくいなと思っていたのだけれど、それはかぶっているうさぎ頭のせいばかりではないということに、今さら気づいたのだ。人の往来が多い。たびたびステージ前が遮られる。ああ、ていうか、ステージ上になにかセットがあるような――?
と思ったあたしの頭上から、マイク越しの高い声が降り注いできた。
『はい、次は、地元フラダンスチーム、“フラ・マハロ”のみなさんでーす。フラ・マハロのメンバーは、下は20代から上はなんと80代まで、総勢30名、美女ぞろい。この日のために、毎週火曜日に集まって、明るく、楽しく、練習をしてきましたー』……
ステージ左横。マイクを握った、MCらしきお姉さんの姿を見つけた。ステージ右からは、髪にハイビスカスをつけた女の人たちが列になって、ぞろぞろと舞台に上がっていく。
うさぎ頭の重さに苦戦しながら、今度は石のドームの、上のほうに目を向けてみる。横断幕が見つかった。『カルチャー発表会 IN ヒラサカ公園』。
11月3日。文化の日。
うわー、そうだ、イベントがあってもおかしくない日なんだ!
「ねぇ、つーちゃん……」
ステージ、思いっきり使ってるけど、どうすれば?
あたしはスマホの画面を見た。だが、ブログの更新はない。
こんなことは想定外だった。儀式の指示をしたのが神様なら、代案も考えておいてほしかった。
どうしよう。あたしはいったい、どうすればいいんだろう。
時間は……あと1分!
『はい、どうやら、ステージ上では準備ができたようです。それでは、フラ・マハロのすてきなフラ! どうぞご覧くだ――』
ああ、もうなんでもいい! あたしは叫んだ。
「……まってくださあぁぁぁーーーーいっ!!!」
ハンドメガホンはいい仕事をしてくれた。あたしの声は響き渡り、ステージと観客席にいる人たちの視線を、ぜんぶこちらに向けさせた。
「ちょっと待って! そのステージ、使います!」
あたしは続けて叫び、全力疾走した。突然現れた、ブキミ可愛いピンクのうさぎ。みんな反応できないのか、口を開けて固まっている。ラッキーだ。このままいっちゃえ。
つーちゃん。つーちゃん。あたしは信じる。信じたい。
つーちゃんに会いたい。つーちゃんに帰ってきてほしい。だから、あたしはなんだってする。ぜんぶウソかもしれなくてもする。つーちゃん!
あと3秒!
あたしは大きく息を吸い込み、それを全部声にして、ハンドメガホンにたたきつけた。
「つーーーーちゃーーーーーんっっ!!」
あたしの声はハンドメガホンの中で大きく割れて、わんわんと響き渡った。
反対に、あたりは静まり返った。誰も何も言わず、動きもしなかった。
ぱら、ぱらぱら。
動きがあったのは、空だけだった。唐突に落ち始めた、強くはないけど粒の大きい雨が、ステージの上に次々と、水のあとを描き始めた。
晴れているのにどんどん落ちてくる雨を、ステージ前にいた人たちがあわてたように振り仰ぎ、屋根を求めて席を立つ。MCのお姉さんもフラの女の人たちも、お客さんと同じようなあわて顔をして、ステージから退いていった。
あたしだけが、雨の中に立っていた。あたしはうさぎの頭を脱ぎ、ステージの中心で空を見上げて、素顔に雨粒を受けていた。
日の光を反射し、虹色にきらめきながら落ちてくる雨は、とても綺麗だった。
あたしは目を細め、空の中につーちゃんを探した。思い描いた。輝く雨粒をまとったつーちゃんが、トレードマークだったツインテールの先っぽで光の線を描きながら、ふんわりと地上に向かって降りてくるのを――
でも――何も起こらなかった。
黙って立ち尽くすあたしの手の中で、ピコン。スマホが小さく鳴った。
**
……………………………………………………………………………………………
2**1-5-3
カテゴリ:闘病記録
■【あーちゃんへ私信です】あとがき
あーちゃん。ミッションコンプリート、おつかれさま☆☆☆
(ジョーダンです。まさか全部やったなんて言わないでねw)
たぶん、すぐわかっちゃったと思うけど、これはあたしの、ちょっとした、いたずらです。
そうです。予約投稿です。
実はこれを書いているのは、誕生日の4ヶ月前の、7月です。
あたしは、自分の病気のことは、全部知っています。
今年の誕生日を、もう祝えないかもしれないことも、先生からちゃんと聞きました。
それを聞いて、すごくさびしかったです。そして、思いました。あたしは、たとえどんなふうになってても、誕生日は、あーちゃんと一緒にいたいなって。
じゃあ、どうやったら一緒にいられるかなって思ったときに、あっ、もしあたしがいなくても、予約投稿しといたらブログを読んでくれるかもって気づきました。で、どうせなら、読んでもらうだけじゃなくて、あたしがいるみたいな気分になってもらえたら楽しいなって思いました。
それで、こんな悪ふざけみたいな脚本(これだって脚本だよね?)を思いついちゃいましたw
あーちゃん。あたしは、この病気がきらいです。痛くて、つらくて、くやしくて、悲しいです。元気でいたかったし、学校に行きたかったです。まじでくやしいです。本当は毎日泣いてます。。。
だけど、この脚本を練っているときだけは、なんだかわくわくして、楽しかったです。そのとき、あたしは死んじゃっててもういない前提なのに、すごく楽しかったです。
あーちゃん、これをどんな気持ちで読んでいますか?
笑ってますか? 楽しんでくれましたか?
もしもだけど。。。もし全部ミッションをクリアしちゃったんだとしたら、もうもう本当に、ごめんなさーーーーいっっっ!!
でも、誕生日を、あたしと過ごしてくれてありがとう。
あたしの脚本を演じてくれてありがとう。
この一日、あたしを生き返らせてくれてありがとう。
本当にありがとう。
あーちゃん。大好きです。
またね。
……………………………………………………………………………………………
あたしはスマホを持つ手を下ろした。
大笑いと大泣きが、一緒くたに襲ってきた。
やってくれたな、つーちゃん! 思いっきり、全ミッションクリアしちゃったじゃないのよ。
そりゃ、あたしだってわかってた。復活なんて、あるわけないって。
だけど、万にひとつ、億にひとつ、つーちゃんに会えるかもしれないって思ったら、やらずにはいられなかった。そう、どんなにバカバカしい無茶ぶりだって。
でもね、つーちゃん――あたし、いっこ気付いた。
あたしはだまされてないよ。だって、つーちゃんの復活は、ウソじゃなかったから。
つーちゃんだって、書いている。
――この一日、あたしを生き返らせてくれてありがとう。
そう。今日一日、つーちゃんはまぎれもなく、あたしと一緒に生きていた。
天気雨はほんの少しで上がって、いま、空には薄い虹がかかっている。
「プレゼントありがと」
あたしは小さく呟いて――そして、見えないつーちゃんの手を引いて、走って逃げ出すことにした。
フラ・マハロの皆さんが戻ってきて、怒られないうちに。
空に走る 岡本紗矢子 @sayako-o
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