超えられないはずの壁を飛び越えて辿り着いた先と、明けない夜のお話
- ★★★ Excellent!!!
肉体を持たない人工知能の少女と、彼女に魅せられた『僕』のお話。
約3,500文字とコンパクトなお話で、その分量通り非常にシンプルにまとまった小品なのですが、にもかかわらず意外と食べ出があるというか、咀嚼すればするほど味わいが出てくるお話です。
物語の芯がしっかりしているというか、見方次第で結構いろいろな意味を読み取れそうな物語。個人的にはジュブナイルとして、少年の冒険物語のような感覚で読みました。設定そのものはSFなのですけれど、なんとなくファンタジーのような読み心地。
お話の筋はシンプルで、ディスプレイの向こう側の存在である『彼女』に、主人公が現実世界での依代を与える、というもの。画面のあちらとこちらがそれぞれ異界と顕界の役割を果たして、そしてその狭く不自由な〝あちら側〟から彼女を連れ出す行為。ボーイ・ミーツ・ガールでありまた囚われの姫を救い出す勇者のお話でもあって、この辺りの要素の重なり具合が本当に綺麗でうっとりします。加えて、とても優しい物語であるところも。ヒロインを救うのに強大な敵を倒したりこそしないものの、でも自身の技能に加えて長い年月を捧げることでそれを成す、というのが、静かながら思いの深さを感じさせるようで素敵でした。
若干ネタバレになりますが、この主人公の行為が完全な『禁忌』であるところがよかったです。というか、それがあってこそ上記のいろいろな意味がきっちり定まるというか。この世界の法はふたりが出会うことを認めてはくれず、でもそれを知っていてなお逆らうという決断。狭量な世界に対する反逆であり、また同時に逃避行でもあるというお話。特に好きなのがこの『逃避行』での彼女の活躍ぶりで、ただ自由な翼を与えてもらうばかりのか弱い存在でなく、その翼で彼を空へと誘う天馬でもあるという、この逆転というかただ守られるだけでないところに本当に惚れ惚れしました。
なにより大好きなのが、タイトルにもある『夜が明けるまで』の使われ方。というより、それによって著されているであろうもの。明けるまで、ということはすなわち、裏を返せば「明けてしまったら終わり」ということでもあるわけです。所詮は一夜限りの儚い夢と、つまりこの結末の先には朝が来るのだと、そう解釈することもできると言えばできるのですが。それでも最後に辿り着いた夜、その瞬間はもうそれだけで特別な、まるでこのまま永遠に明けることがないかのような、そんな強い言い切りで締め括られる物語(だって最後の単語がもう)。加えて、「踊り」というのも好きです。物理的な肉体を持たない彼女にとって、月明かりの下でのダンスが事実上の契りであるという、このジュブナイルをそのまま形にしたかのようなどこまでも優しい耽美!
沁みました。暗く寂しいはずの夜の闇の中に、優しい美しさを描き出してくれる素敵な作品でした。