霞と穏やかな昼下がり

「…………ぅは、っ」

 珍妙な声を漏らし、若虎わかとらが目を覚ます。


「いけない……ついウトウトと」


 目を擦りながら、突っ伏していた机からのそりと上体を起こす。休日の午後、ポカポカとうららかな陽気。昼食の直後なのも相まってつい転寝をしてしまったようだ。


「あれ? 今、何か……」


 伸びをした拍子に、肩から何かがずり落ちた感覚。手に取ってみると、貝殻模様の水色の毛布だった。自分のものではないから、誰かが掛けてくれたのだろうか。

 眠気覚ましに陽と風でも浴びようと、すっかり冷めた缶コーヒーを片手に外に出る。しばらく散歩していると、暖かな風に乗って、どこからか微かな声が聞こえてきた。


「歌……?」


 そう、確かに歌声だ。声のする方へ進むと、病院の傍にある緑豊かな公園に出た。


「♪~、♪」


 森の妖精の集会かと若虎は思ったが、そこにいたのは教え子たちだった。


 木製のベンチに座り、竜に教わったという優しい子守唄を歌うかすみ。その両隣には、霞の膝枕で気持ち良さそうに眠る咲茉えまと、霞の小さな肩に頭を乗せて静かに寝息を立てる明日羽あすは。そして彼女たちの周りには歌に惹かれた大小さまざまの竜たちが集まっていた。


「何ここ楽園ですか」


 思わず呟くと、若虎の来訪に気づいた霞がハッと歌を止める。こんな風に彼女を驚かせてしまうと、いつもは小動物のように逃げられてしまうのだが、今は咲茉と明日羽が身体を預けているせいで身動きが取れないらしく、無言ではわはわと慌てるばかりだった。


「お邪魔してごめんなさい。遠慮せず続けてください、その方が竜たちも喜ぶでしょうし」


 苦笑して楽園を後にしようと踵を返した若虎を、とっても小さな声が呼び止めた。


「ぁ、の……せんせ、も、……聴いて……」


「いいんですか?」


 頬を赤らめ、はにかみながら小さく頷いた霞の誘いに、若虎は素直に乗ることにした。

 再演された心地良い音色に、しばし耳を委ねる。ぐっすり眠っている咲茉と明日羽も、聴衆の竜たちも、まだまだ動き出す気配がない。優しく頭を撫でられながらむにゅむにゅと口を動かす咲茉の身体には、貝殻模様の水色のタオルケットがかけられていた。


(霞さんは最年少なのに……こうしていると、まるでお母さんみたいだ)


 遠い昔に忘れてしまった母の愛に思いを馳せながら、たまにはこんな穏やかな午後も悪くないなと冷めたはずのコーヒーを口にする。


 何故だか、それはとても温かく感じた。

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【SS】落ちこぼれ天才竜医と白衣のヒナたち 林星悟/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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