咲茉と明日羽とおくりもの

「名前の由来?」


 とある休日の昼下がり。珍しくぷんすかと頬を膨らませている咲茉えま明日羽あすはが不機嫌の理由を尋ね、返ってきた答えがそれだった。どうやらテレビで名前の由来についての特集を目にしたらしく、電話で母親に自分の名前について聞いてみたのだという。


「そしたらお母さん、何かモゴモゴって、はぐらかしちゃったんだよ。きっとあたしの名前の由来、忘れちゃったんだ! お母さんなのに!」


「そんなハズないでしょ。娘につけた名前のこと、忘れるわけないじゃない」


「でも! でも……ホントに忘れてたらどうしよう……」


 怒ったり落ち込んだり忙しいんだから、と明日羽は苦笑する。


「よし。それじゃ、ヒントを探すわよ」


「ヒント?」


「お母さんが答えやすいように、咲茉の名前の意味を私たちで調べるの。どういう意味?じゃなくて、こういう意味なの?って聞けば、答えやすいかもしれないでしょ?」


「…………! はーちゃん、天才っ! そうしようそうしよう!」


 ひとまず元気になった咲茉と一緒に、調べもの用のパソコンを起動する。


「ねえ、はーちゃん。はーちゃんはお父さんに、自分の名前のユライ聞いたことある?」


「あるわよ、ちょうど咲茉と同じくらいの頃に。でも、私もはぐらかされちゃった」


「なんで? ……やっぱり、忘れられちゃってたの?」


「違う違う。きっと照れくさかったのよ、面と向かって答えるのが。お父さんはそういうトコあるから……咲茉のお母さんも、きっとそうだったんじゃないかしら」


 咲茉が眉を八の字にして困惑する。まだちょっぴり疑念が抜けないみたいだ。

 明日羽の話には続きがあった。教えてくれないのならと、自分で勝手に意味を決めて納得することにしたのだ。頑固な部分は父親に似てしまっただろうか。


「あ、ほら。あったわよ。咲茉の『咲』」


「えっと……ショウ。さく。えむ。M? わらう……笑う? 知らなかった!」


 明日羽もへえと感心した。花が咲くように笑う、なんて慣用表現があるくらいだ。昔の人は、人が笑顔になることと花が咲き誇ることとを結びつけて考えたのかもしれない。


「たしかに『咲』と『笑』って、字が似てるかも……じゃあ咲茉の『茉』は?」


「そっちは……茉莉。モクセイ科の常緑小低木。ジャスミンのことだそうよ」


 聞き慣れない単語群の中、唯一よく知っている言葉に咲茉は驚きを見せた。


「ジャスミンティーだ! お母さん、好きなんだよ。よく飲んでる!」


「そっか。それじゃ、大好きな人に、大好きなものの名前をつけたのね」


 ハッとしたように言葉を止めた咲茉に、明日羽は微笑んで続けた。


「ほら見て。ジャスミンには『神様からの贈り物』って意味もあるんだって。薬やお茶にもなって、人を癒す優しい花で。花言葉も、素敵なものが沢山よ。そしてそれが、笑顔で咲く……これだけ大切に想ってつけた名前のこと、忘れちゃったなんて本気で思う?」


「……ううん」


 さっきまで怒ったり落ち込んだり困ったり驚いたりしていた咲茉の顔には、その名前に込められた意味を体現するかのように、優しい笑みが咲いていた。


「あたし、もっかいお母さんと電話してくる! ありがとう、はーちゃん!」


 いつもの前のめりな勢いを取り戻し、どたばたと即行動に映る咲茉。


「そうだ! ねえ、はーちゃんの名前も、きっと神さま……ううん、お父さんとお母さんからの大切なおくりものだよ! 明日に羽ばたく、おっきな羽!」


 それだけ言い残して、咲茉は慌ただしく部屋を出て行った。


「……咲茉も、私とおんなじ考えとはね」


 明日羽が決めた「明日羽」の意味と同じ答え。遥か遠くまで飛んで行ける自由な翼。


 自分の名前の「羽」の部分が特に好きだから、明日羽は咲茉に「はーちゃん」と呼んでもらえるのを気に入っていた。そしてそれは、きっと咲茉も同じだった。


「……私も、もう一度お父さんに聞いてみようかな」


 今度は何て言ってごまかすのかしら、と明日羽は悪戯っぽく笑うのだった。

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