最終話 ウザ絡みのルイード
「さて、美しい受付嬢さん、お茶でも飲みながら教えていただけませんか?」
若い男は受付嬢の手を取って必殺のウインクを送る。受付嬢は顔をピクピクとひきつらせながらも愛想笑いを忘れない。
「僕はこう見えて稀人でしてね。どうです、今夜食事でもしながら異世界の話を聞きませんか? もちろん食事の後に寝所でお話しても―――」
「おいおい、お前は空気読めない君か?」
「は?」
冒険者ギルドの受付に並んでいた若い冒険者は、大柄な男に絡まれて振り返った。見るからに
「なんですか、あんたは」
若い男は憮然としたままルイードに向き直る。彼はどこの街のギルドにもこういうチンピラ冒険者がいる事を知っている程度には経験は積んでいるし、なんならこの手合い相手に負ける気がしないくらいの自信もあった。
「なんですかじゃねぇよ。親切心で教えてやってんだ。お前が受付嬢に絡んでるとだなぁ。後ろで並んでる他の冒険者が迷惑してるって話を……」
「はぁ? ほっといてください!」
「いや、ほっとくと迷惑だからこうやって……」
「うるさいなぁ! もう一度言いますがほっといてくれませんか? 弱っちそうなおっさんが稀人の僕に気安く話しかけるなって話ですよ!」
若い男はルイードを睨みつけながら言う。
「いや、だけどよぉ……」
「チッ。しつこい!」
若い男にぱこーんと殴られたルイードは、自分で勢いをつけて宙を舞い、見事な身体能力と体幹を駆使して何回転も空中大回転しながら、常人なら首の骨が折れるんじゃないかという角度で床へと落ちた。
それは実に華麗な自作自演の吹っ飛ばされ方で、見ていた冒険者たちがルイードの見事な演技力に称賛の拍手を送る。残念なことに若い男は自分への称賛だと勘違いしたようで鼻高々の表情だ。
「ふん、こう見えても僕は熱血のガラバの弟子なんだ。気絶してなかったら覚えておくといい。僕の名前はトキトウ。鉄拳のトキトウだ!」
ドヤ顔で言ったトキトウは「ここで乱闘は困ります」とガチ目で睨まれたので、何枚かの依頼書を受け取って悠々と冒険者ギルドを出て行った。
その姿が正面玄関から消えた瞬間、受付嬢は「きぃぃぃ!」と触れられた手を毟り、他の受付嬢に交代を申し出て裏で除菌するようだ。
「ルイードさん、もう行ったぜ?」
他の冒険者に促され、ようやくルイードは起き上がった。
いつもながら傷一つついていないが、問題はルイードに欠片もやる気がないことだろう。
「ルイード様」
凛とした言葉が二階の踊り場から降ってきて、冒険者たちの背筋が凍る。そこにいるのは冒険者ギルド受付統括カーリー。別名「鉄面皮」だ。
「あのクソガキ、ルイード様の顔面に拳を当てるなど冒険者追放の上で打ち首獄門が定石ですが、それはさて置き、なんですかそのザマは」
冒険者たちがゾッとする中、カーリーは踊り場から優雅に階段を降りてきた。
「その気合いの足りないウザ絡み、殴られたときの情けないくらいの大根役者っぷり。これでは噛ませ犬にもなりません。そんなことで増長した稀人を懲らしめて真人間にできるとお思いですか!?」
「おうふ……。辛辣だなカーリー」
「口が過ぎました。申し訳ございませんギルドマスター」
「ちょっ、それ禁句だからな!?」
ここのギルドマスターがルイードであることは「誰もが知る秘密」だ。
ちなみに【青の一角獣】
そのすべてを知っていつもルイードの隣りにいた少女「シルビス」はもういない。あの少女の存在自体が夢まぼろしであり、実は神が化けた姿だったのだから。
「まったく。シルビス嬢がいなくなってからのあなたはダメダメですね。女ひとり失ったくらいで何という腑抜けっぷりですか」
「え、な、なに言ってんだ。俺はそんなんじゃねぇぞ」
「そんなんですよ。シルビス嬢がいたころに比べて今のあなたはウザ絡みも満足にできていません。ただ舐められて終わっただけです! あえて言いますが今のルイードさんはカスです。ただのカスです。雑草でも腐ったら肥料になる役目があるというのにあなたは腐ることもなくただただ邪魔になるだけのカスです! そもそもシルビス嬢のどこがそんなによかったんですか? おっぱいですか、おっぱいですね? 良いでしょう、相手になりますよ!」
カーリーが言葉の刃でルイードをタコ殴りにしながら
「なんだ?」
ルイードが眉をしかめていると、ギルドに誰かが入ってきた。
「この男はここの冒険者か!? 代表は面出せ!」
ノーム種の、角があって小柄で、やたらと胸がでかい生意気そうな顔の少女が吠える。
「私は受付統括のカーリーと申しますが、何事でしょうか」
「ざけんなよ! この男がしつこくナンパしてきてウザいったらありゃしない! あたしが一人でなにしていようがあたしの勝手だってのに、さも当然のように仲間に入れだとか君には僕が必要だとか、僕は稀人だから特別なんだとか! 知るかボケェ!! あたしが超絶美少女だからってなめてんじゃねぇぞこらぁ!! ここの冒険者ギルドはどういう教育してんだ、おおん!?」
フンスと鼻の穴を大きく広げてふんぞり返るノーム種の美少女は、それでも「けど僕は君のためを思って……」と言い淀む若い男の顔面に靴底を落として気絶させた。
「なんでてめぇの仲間になることを強要されなきゃならねぇーんだよボケェ。あたしのためじゃなくてあたしのおっぱい目的だって顔に書いてあるんだよこのクソ野郎! って、おいこらそこの小汚いおっさん、いやらしい目であたしを見てるんじゃねぇぞ!!」
シルビスによく似た少女がルイードに噛みつく。
「んだとコラァ!」
ルイードはボサボサ髪に隠れたこめかみに血管を浮かべながら吠えた。
「あたしはなぁ、これでもヘベダン大陸最大の軍事国家イフロディアル・ショーシス王国の一等級冒険者、シルヴィス・イフロディアル・ショーシス第一王女だ! 頭が高けぇんだよおっさん!」
「し、しるびす?」
「シルヴィスだ! ヴィ! 発音間違えてんじゃねぇーぞ!」
「てか、なんだてめぇは。他所の大陸に来て王女名乗ったところで信用できるはずねぇだろうが!」
「はぁ~? これが見えまちぇんか~? 王国の王族だけが持つ紋章でちゅよ~? わかりまちぇんかぁ? まちゅぴちゅぅ~?」
ウザいことこの上ない話術でルイードを上回った少女は、大きな胸の谷間から引き上げたペンダントをぶらぶらと見せつける。
「武者修行と婿探しに来てみたけど、どいつもこいつもちんけな野郎ばっかだなこの大陸は!」
「言うじゃねぇか」
いつの間にか覇気を取り戻したルイードはおもむろに髪をかきあげ―――ようとした手をカーリーが止める。
「な、なんだよ」
「別に」
「おい、なにいちゃついてんだよおっさん!」
ギルドの天窓から光が差し込む。
ルイードはどこかの空の上から何者かが微笑を浮かべている気がして、思わず苦笑した。
完
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作者:注
突拍子もなく終わった感じがするかもしれませんが、予定通りだったりします。尻切れ感があるのだとしたら私の力量不足(と時間不足)です。
2月から転職するってことで今ジタバタしておりまして、次回作まで間が空くかもしれませんが、もうプロットはできていて書くだけなんです。
次回作「オレの転生先は捨てられたWEB小説の中 ~神の名において更新が止まってるこの物語を終わらせてください~(仮称)」は、読まれようが読まれなかろうが自己満足で書くつもりですが、よろしければ気に留めていただければ!
ウザ絡み冒険者ルイード 紅蓮士 @arahawi
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