あなたは、小鳥

オレンジのアライグマ【活動制限中】

あなたへの手紙

 親愛なるあなたへ。


 お元気ですか。そちらの天気はいかがですか。


 あなたは、今どこを旅しているのですか。わたしには見当もつきません。


 わたしは、あなたに出会った日を忘れられません。



 空がワインレッドの夜、わたしはこの手紙を書いています。

 

 この手紙でわたしがあなたに伝えたいこと、それはこの世界は美しいことです。



 

 あなたに出会ったのは青空が広がっている日でしたね。


 午後の日差しがさし込む小さな駅。


 住宅地の中にあって準急でさえ通過するけど、ちょっと賑やかな駅のプラットホーム。


 

 あなたは真夏にもかかわらず、長袖の制服をきっちりと着ていて、私の前に佇んでいましたね。

 

 思わず綺麗だなと思いました。雨宿りをする小鳥のように。

 

 一度目が合いましたが、あなたは悲しそうな目をしていました。でも、優しい目でした。


 季節外れのタンポポが咲いていました。わたしは忘れません。


 無機質な白い柱が等間隔に並んでいるプラットホームでさえ、恐ろしく綺麗に見えました日でした。


 急行電車が駅に滑り込んできましたね。フロントガラスが日光を反射させて、眩しかったのを覚えています。


 

 

 あなたはプラットホームの端に立ち、空を仰ぎ、両腕を大きく広げました。


 あなたは、眩い太陽の光を浴びて微笑みました。


 そして、あなたは飛びました。


 あなたのすぐ横には電車がせまっていました。

 

 

 世界が止まりました。


 電車も、まわりの人も、なにひとつ動いていませんでした。


 


 あなたは太陽の光をまとって、舞い上がりました。


 飛び立つあなたは、翼を広げていました。翼の色は透明にも見えましたし、白だったかもしれません。虹色だったようにも思えます。



 私は、その色があなたの心をを表しているのだと悟りました。


 私は、初めてこの世界が美しいことに気づきました。たとえ、どんなに悪いことが起きても、どんなに悪い人がいても、あなたのような人がいればこの世界は希望に満ちていると思いました。





 あなたは、太陽を仰ぎ、目に涙を浮かべましたね。


 あのときのあなたの顔を忘れられません。


 

 あなたのすぐ横の急行電車がゆっくりと動き出しました。


 あなたは、悲しそうな、それでも凛とした表情をしていて、電車に吸い込まれるのを待っていました。


 私はあなたに行って欲しくないと思いました。


 この世界には、あなたのような人が必要だと思いました。


 

 でも、私はもう飛び立ったあなたを引き留められないですし、引き留めてはいけないとさえ思ってしまいました。

 

 なぜでしょう。普通なら、なんとしてでも引き留めようとします。でも、あのときは、果たして私にあなたをとめる権利があるのか考えてしまいました。



 あなたについて行きたいとも思いました。でも、すぐに私は自分はここに残らなければならないと思い直しました。




 結局、私はなにもできませんでしたし、なにもしませんでした。


 あなたは、そのまま眩しい光の向こうに消えていきました。


 

 私は、光をまとって飛び立つ小鳥を見たような気がしました。その光は見たこともない色をしていて、今まで見たどの色よりも美しく感じられました。


 光は炎のように揺らぎ、咲いては散る花や季節の移り変わりを見ているようでした。


 それは、きっとあなたでしょう。



 私は思いました。あなたがいれば、この世界は美しいと。


 




 気づけば、あなたの姿は既になく、わたしの目の前には、急行電車が止まっていました。


 目を覆いたくなるような酷い光景でした。


 プラットホームのはずれに季節外れのタンポポが咲いていて、それが紅色に染まっていました。


 

 わたしはリーフグリーンの空を見上げました。


 鳥一羽飛んでいません。白い花のような雲が浮いていました。 



 

 

 空がレモンイエローの日、わたしは花束を片手に駅を訪れました。


 皆はあなたが消えてしまったと思っています。

 

 でも、わたしは知っています。


 あなたは、小鳥になってこの果てしない空を旅しているのでしょう。


 わたしは空を仰ぎ、あなたを捜します。


 あなたの姿は見えません。でも、あなたがいるのはわかります。


 空がこんな色をしているのが一番の証拠です。


 


 手紙を書いているわたしはあのときの私ではありません。


 今のわたしは世界が美しいことを知っています。


 どんなに悪いことがあっても、あなたを思い出せば、空は晴れ渡り、世界は光で満たされます。

 



 あなたはこの世界が好きではないかもしれません。でも、あなたがいればこの世界は美しい。決して自分身を嫌いにならないでください。自分を傷つけないでください。あなたの心はあんなに綺麗なのだから。


 これは、わたしからのお願いです。


 


 今日も、空を仰ぎ、あなたを捜します。あなたの姿は見えません。


 でも、あなたがこの世界を、そして、わたしたちを見守っているのは、わかります。


 いつも、ありがとうございます。


 

 どうぞ、いつまでもお元気で。


 

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