260 永遠の存在 2
口を開かず冷や汗だけを流す光の三賢者に、アンリは言葉を続ける。
「永遠というには少し語弊があるかな? 不老不死……とまではいかないけど、不老の部分を君達は体現しているよね」
アンリが欲している物を、自分達が先に掴んでしまっている。
そのことに気付き、震えが止まらない三者を見て、アンリは思わず笑い声をあげた。
「あはは、いや、多少羨ましいとは思いつつも、本気で妬んでるわけじゃないんだ。そんなに畏まらないでよ。君たちの永遠は、僕には体現できない方法だからどうしようもないしね」
怒りが霧散し、三者の呼吸は正常なものに戻る。
思い当たったメルキオールは、久しぶりに言葉を返した。
「成程、確かに私はマスターが目指している永遠でしょう。しかし、あくまでデータである私が永遠なだけ」
「そう、メルは人間の脳を電子化してアップロードされた存在だよね? アップロードされた側のメルは永遠だけど、した側はすでに老衰で死んでいる。そんなの、僕の目指す永遠じゃない」
アンリは自分の意思を永遠に残したいわけではない。
単に自分が無くなることが怖いのだ。
自分の意思をデータとして未来に残しても、今の自分が死ぬのでは何も意味がない。
メルキオールの不老の形に、アンリは興味を惹かれなかった。
次いで、バルタザールに目を向ける。
「た、確かに、お、俺は悪神だから永遠だ……。で、でも元は人間なんだ! アンリも俺と同じように、神になればいいじゃないか!?」
つまらない物を見るように、アンリはため息を吐きながら首を横に振る。
「バアル、君という存在は正直分かっていない部分がある。正直ね、君が本当に永遠の存在なのかは疑っているんだ」
元は人間であったバルタザールは、故郷の呪いを一身に受け悪神となった。
だが、本当に存在が神となったのか。そもそも寿命が無いのかという部分については、全くの未知であった。
「君の話を聞く限り、確かに寿命は大幅に延びているだろうね。でも、それが永遠かと言われれば、誰も分からない。真実が判明する時は老衰の時だ。そんな危ない橋、僕にはとても渡れないよ。君の石橋は叩けない。叩く時は、自分の命運が決まっている時だからね」
なぜか少し落ち込んだ様子のバルタザールに、アンリはフォローを入れる。
「いや、単純に寿命を増やせるなら僕だって神になりたいんだけどね。だけど無理なんだよ」
アンリが無理と言えば、それはもう無理なのだろう。
バルタザールの思考は単純そのもので、そこから考えることを止めているが、一応アンリは補足する。
「君が受けた呪いは母親の分だけじゃない。その前からずっと続いているあの村の忌まわしい風習全てだ。同じように呪いを集めようと思えば、何千年もかかるだろうさ。そんな時間、僕にはないんだ……単純に数を増やせばいいって仮説もある。一人が千年呪うのも千人が一年呪うのも一緒だったりするかもしれないしね。そのために、エリュシオンの一画で実証をしている最中なんだけど、期待薄かな……」
自分の中で整理がついたアンリは、次いでカスパールに視線を向ける。
「キャス、君は”嫉妬の大罪人”となった。メルの話では、”嫉妬”の烙印を押されたのはこれまでで君が初めてらしいよ?」
アンリの鋭い眼光に晒されても、カスパールに恐怖はない。
アンリがただ見つめている。それだけで、カスパールはこれまで生きてきた甲斐があったと内心で喜んでいた。
「思うんだけど、”嫉妬の大罪人”の烙印を押されるのは、後にも先にもキャスだけじゃないのかな? キャスは過去にも未来にも飛ぶことができる。いつにだって飛べるということは、いつにだってキャスが存在しているってことだ。これは仮定の話にはなっちゃうけど、あながち間違いではないと思うんだよ」
アンリの瞳に、怒りの炎が再点灯する。
「つまり、キャスは永遠なんだ。それも、僕が求めている理想通りの永遠だ」
「くふふ、成程、”傲慢の大罪人”こそが永遠じゃと思っておったが、”嫉妬の大罪人”もまた永遠じゃったか」
カスパールは首を垂れ、うなじを見せる。
「くふ、くふふふふ、ならばわしの首、お主に委ねようぞ。わしがお前様の永遠の贄となる。これ以上の喜びはなかろうて」
”傲慢の大罪人”を見つければ殺す予定だった。
ならば同じ永遠の存在である”嫉妬の大罪人”を見つけても同じことだろう。
カスパールはそう考えたが、アンリは首を横に振る。
「いや、キャスを殺しても意味がないんだ」
カスパールのいない世界なんて意味がない。
全くそうは言っていないのだが、続く言葉を待たずに勝手にそう解釈したカスパールは、今日が人生で一番幸せな日だったかもしれない。
今晩は最近西の国から輸入した希少なワインを開けよう。肴となる今の言葉を鮮明に思い出せるよう、カスパールは雷に撃たれたように体を震わせながらも、脳のリミッターを外し記憶を焼き付ける。
「”傲慢の大罪人”を始末すれば、僕が次の”傲慢の大罪人”になる可能性はある。だけど、”嫉妬の大罪人”になれる自信は全然ないんだよね」
前世でも今世でも、それなりのエリート街道を歩んできたアンリは、他人を妬んだ経験がなかった。
自分より優れている者がいればその分努力し追い抜こうとしたし、それでも追いつけなれけば素直に他人を称賛した。
確かに今の時点ではカスパールに嫉妬しているだろう。
だが、カスパールを殺し自分が”嫉妬の大罪人”になったとしても、その瞬間に妬む対象がいなくなり大罪人の能力が消えてしまうはずだ。
レイジリー王国で”怠惰の大罪人”の烙印を消す実験に成功したアンリは、自分は”嫉妬の大罪人”を永遠に継続することはできないと確信を持っていた。
説明を終え、ワインを口にして一息ついたアンリは、自身の頭上に目を向ける。
「一応君にも思うところはあるんだよ?」
その言葉を受け、アンリの頭上に赤いスライムが姿を現す。
そのスライムはプルプルと体を震わせ、自分がマイナスな存在ではないと必死に主張していた。
「わ、我は神であるから、永遠ではあるが……べ、別に主の妨げにはなっておらんであろう?」
「神……ねぇ」
ダハーグは普段はスライムの姿をとっているが、その正体は死を司る神竜であり、本当の名前はアジ・ダハーカという。
神竜といっても、毒々しく禍々しい三つ首の姿を見た者は、邪竜と言われたほうがまだ納得できるかもしれない。”暴食の大罪人”の能力により魔族を喰らうことで、体の至る所から多様な角を生やしているのも、邪竜の見た目に拍車をかけている。
「しかしな主よ。我らは確かに不老な存在ではあるが、不死ではない。不死を一番に体現しているのは主であろう?」
その神竜がアンリのご機嫌をとっている。
ダハーグの暇つぶしで滅ぼされた魔族達が見れば、全く理解ができない光景だ。
「あはは、確かに不死という観点においては、それなりに成果は上がっているね。だから、そろそろ急ごうと思ってね」
アンリは笑い、遠くを見つめる。
「もうなりふり構う必要もない。君たちが永遠を掴んでいるのに、僕だけがまだ怯えなくちゃいけないのが許せない。だから──」
それは少年の笑顔のはずだ。
しかしその無邪気な笑顔に、全員が背筋を凍らせ心臓を掴まれる。
「──根絶やしにしよう。他所の国を、迅速に、丁寧に、一つずつ潰していこう。そうすれば、一年も経たないうちに永遠を手に出来るだろうさ」
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