第5話【ひっちゃかめっちゃか】

 半年後。都内某所、○○駅構内。


『上り線側ぁぁぁぁぁ! WTO(世界WORLDタックルTACKLEおじさんOLD MAN)チャンピオォォォン! ムハマンド・ホンダァァァァァァ!』


 アナウンスと共に、アップテンポのBGM。ストロボとスポットライトの光に導かれファイティングポーズをとった半裸のオッサンが歩いていく平日の朝の駅。

 会社へ出勤する人々の生み出す雑踏に交じって、複数の観客とテレビカメラ、ユーチューバー達が交じり、混沌とした様相の駅構内――まぁ、混沌、と言う意味では今までと大きくは変わらない、都内某駅の日常的な、ひっちゃかめっちゃかな通勤ラッシュの光景がライブ中継されていた。


『今日は台風十八号が東京に直撃するという、生憎の空模様。私もここに来るまでに差していた傘が風に引きちぎられてしまいました。さぁ、今日もあの人は来るでしょうか?』

『来ると思いますね。まだJRからは運休の発表がありません。社会人たるもの電車が動けば会社に行く。電車が動かなければ前日から会社に泊まるのは当たり前ですから。それにしてもムハマンド選手、良い仕上がりですよ』


 駅の壁際には観客向けの屋台が並び一種のお祭り状態だ。

 半年前、鈴蘭がほふった伝説のタックルオジサンの動画がネット上で拡散された結果、この駅はタックルの聖地として注目され、今や世界中から猛者が集ま――

 怒号と共に人が飛んだ。


『あー、今、吹き飛んだのは西日本で有名なタックルオジサンですね。執拗に女性や子供にタックルをして、えー、記録上では三回以上補導された事があるそうですが……そんな男が失神、失神しております。吹き飛ばしたのは……おぉー! これは番狂わせだ! なんと! 地元高校の相撲部で活躍しているトシオ君じゃないか!』

『彼は着実に努力してきたからね。今年こそ、その努力が実るんじゃないかと私は期待してるんですよ』


 特設された実況席にて熱弁するアナウンサーと解説者をよそに、タックルファンやユーチューバーたちは華々しき白星を挙げた若い選手の元に駆け寄る。


『はぁ~~い。どうも、ユーチューバー、マスでございマス! 早速、勝利者インタビューだ! どうだったトシオ君? 今のタックルオジサンは? 強豪だったらしいけど?』

「ハァハァ……こんなの鈴蘭さんの当身に比べれば、屁のツッパリです……ぜぇぜぇ……ハッ!!」


 気配を察したトシオ君が振り向く。と同時に雑踏の向こうでオジサンが飛ぶ。まるで地震のような踏み込みと共にもう一人、壁際まで吹き飛んでいく別のオジサンの姿が見える。


『今のは有名な双子のタックルオジサン、通称・タマゴサンド兄弟だぁぁぁ! 洗練されたコンビネーションでタックルを仕掛けてくる、あのツルッ禿げコンビが! 瞬殺です! あの双子が……勝負になりません! 戦っていた相手は我らが最強の八極拳の使い手――おおっと、ここでムハマンド・ホンダが走り出しました。猛烈な突進で果敢に攻め込ん――』


 次の瞬間、地面を踏み鳴らす轟音と共に、駅のホームに倒れ込んでいるチャンピオン、ムハマンド・ホンダの姿が世界中に配信された。

 その隣に立っているのは小柄なOL、鈴蘭。


 彼女は周囲からの羨望の眼差しに気づいていない。世界が彼女に湧き上がっても、彼女だけはよくわかっていない。そんな彼女にはもっとやらねばならない事がある。


「仕事に行く邪魔をしないでください!」


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邂逅! 伝説のタックル・オジサン VS 八極拳・OL!! D・Ghost works @D-ghost-works

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