宝生探偵事務所/恋は勘弁

亀野 あゆみ

恋は勘弁

「世津奈(せつな)先輩さんとボクの間に、いわゆる『男⼥の関係』がないことを、怜⼦が納得するように説明してやってください」

探偵事務所の助手コータローが、とんでもないことを頼んできた。それも、電話で。

 コータローは、世津奈が産業スパイ狩り専門の探偵会社「京橋テクノサービス」に勤めていた頃の後輩。世津奈が独立して「宝生探偵事務所」――世津奈の苗字は宝生という――を開いた時、コータローもテクノサービスを辞めてついてきた。玲子というのは、コータローの6歳年上の妻。コータローは玲子を熱愛しつつ、心底恐れてもいる。


「はぁ︖」

露⾻に不機嫌な声を出してから事情を訊くと、怜⼦は、コータローが閑古⿃の鳴いている世津奈の探偵事務所にしがみついている――と、怜⼦の⽬には⾒えるらしい――のが不満で、その不満からコータローと世津奈の「関係」への嫉妬を膨らませているのだと⾔う。


 玲子は⽵を割ったような「男前」⼥⼦に見えて実はネトネトした所がある。以前、玲子の父親と世津奈の関係について、散々勘繰られた。

 世津奈は嫉妬に狂った状態の怜⼦と話したくないと断ったが、コータローは、このままでは怜⼦の妄想が膨らむ⼀⽅で自分は何をされるかわからないと泣きついてくる。仕⽅なく事務所で会って話すことにした。


 さて、その当⽇。

 ⼼なしか、いつもより濃い⽬の化粧で現れた怜⼦がソファーで向き合って座ったとたん、

「世津奈さんは、コータローと寝てるんですか︖」

と切り出した。ゲッ、そこまでの直球を投げ込んでくるか︕


「いいえ」

「ウソ︕ そうでなかったら、コータローが、あれほど、あなたに執着するはずがない︕」

執着しているのでなく、なついているだけだと思うのだが、その辺の微妙なニュアンスを語って伝わる状態ではなさそうだ。

 では、こちらも直球勝負といこう。


「私は、恋愛はしません」

「はぁ︖」

「バラ⾊の霞のなか胸⾼鳴らせて始まり、体液ネチャネチャ、感情ベトベトで終わる。恋愛は体質的に受け付けません。20代に2回恋愛して、完全に恋愛アレルギーになりました。コータローさんと会う前のことです。私は、『恋は勘弁』です」


 怜⼦が動物園で珍獣を⾒る⽬で世津奈を頭のてっぺんからつま先までじろじろ眺めまわした。「ヘ・ン・タ・イ」と思っているのだろう。どう思われても結構。今話したことは、真実なのだから。


 怜⼦が「ホント︖」と声をひそめて訊いてくる。

さすがに腹が立った。

「こぉいう人生の一大事について、ウソをつく人間に見えますか?」

玲子の目が泳ぎ、ソファーの上でモジモジし出した。

「なんか、⾔いたくないことを⾔わせちゃったみたいで、ごめんなさい」

「いいですよ。怜⼦さんのお⽗さんはご存知の話ですから」

「だったら、宝⽣さんは、間違っても、私の⽗と……その……」

「このボケ、しばいたるぞ︕」と、口には出さなかった。


「なんか、しょうもない事でお騒がせしちゃったみたいで……ごめんなさ

い」

そう⾔って、怜⼦が⽴ち上がった。

「しょうもない」と気づいたのなら、よろしい。夫婦げんかに他人が首を突っ込んでも、ろくな事はないい。ここから先は、コータローと玲子の問題だ。


 怜⼦が事務所を出て行くと、世津奈は冷蔵庫からジンジャーエールを2本取り出し、まず、1本をひといきに空けた。

 ⼈間関係が広がると、こういう⾯倒が増えて困る。⼼を許し合える少数の仲間とつきあっているのが、私には向いている。

 

 2本⽬のジンジャーエールをしみじみと味わう世津奈だった。


⦅おわり⦆

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宝生探偵事務所/恋は勘弁 亀野 あゆみ @FoEtern

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