第5話


 「お久しぶりです。二日ぶりですね。」

少女は、以前よりは明るく言った。といっても、多少明るくなった気がするだけであって、実際はほとんど差異はないのだが。

「ええと、久しぶりやな。…ええ」

「瀬里奈でいいです。」

 口ごもっていると自身の名を看破した。瀬里奈は相変わらず警戒の目を向け、刺々しい口調で口を開く。

「人のことをじろじろと見るの、やめてもらっていいですか」

 どうやら翔の視線がお気に召さないらしい。当然だろう。年頃の少女に対して、隅から隅まで嘗め回すように見入るのは、変態行為に違いない。


 「あぁ、ごめん。前会った時と雰囲気違うからさ。」

その通り。前回の邂逅では女子大生のような服装で、近寄りがたい高嶺の花のような雰囲気を醸し出していた。

 しかし、今の服装はどうみても中学生の制服にしか見えない。しかもここらの地域では学力の高い公立校のようだ。まさかコスプレではあるまいし、「妹のを着てきちゃった☆」みたいな感じではないし。

 正真正銘、リアル中学生と断定するしかないか。


「で。その瀬里奈さんは、俺になんの?お金返しに来たわけではないんやろ。」

翔は妹に話す感覚だった。実際、三つ下ほどの少女は妹みたいなものだ。従兄弟が言ってた。

「単刀直入に言います。私に勉強を教えてください。」

瀬里奈は率直に、翔の目をまっすぐ捉える。強い目に年に合わない濁った眼をして。

 翔はたじろいだ。俺は普通の高校生だ。波も風もたたない特徴のない、何もない生き方をしてきた。事なかれ主義な生き方とでもいうのだろうか。

 

 だが、彼女の瞳は、普通の生活では決して得ることのない瞳だった。誰かに縋ろうと、助けを求めているときの眼だ。決して彼女のにとらわれてはいけない。

 断らなければ。そうでなくても、今年は受験生なんだ。人の勉強を見る時間までは見れない。そうだ、それでいこう。

「…無理そうですね。すいません、失礼しました。では、」

 空気を読んで、瀬里奈は踵を返す。その背中は失望、ただ一色に染まる。鋭かった目はもはや何も映し出してはいなかった。


「ちょっと、まった。」

翔は口出す。それを聞いた瀬里奈は足を止める。慣性に従う彼女の髪は美しく、さらさらと煌めく。首だけをこちらに回転させる様子をみて、翔は綺麗な絵画が頭にうかんだ。

 ん?という表情を瀬里奈は浮かべる。陽が少し傾いたせいか、セピア調の雰囲気が彼女を包み込む。


 瀬里奈を前に、翔は2・3、深呼吸して慎重に言葉選びをする。まるで、糸を針に通すように。

「引き受ける。瀬里奈…、ちゃん、に」

「瀬里奈でいいです。ちゃん付けしないでください、気持ちが悪いです。」

中学生に面と向かって気持ち悪い、といわれるのはさすがに堪える。

「わかった。瀬里奈に勉強を教える。

ただ、俺も今年受験生やから、自分の勉強に専念する時間も欲しい。あと、塾もあるからいけへん日もある。それでもええか?」


 ちがう、ちがう!!何を言ってんだ俺は!こんなことをしている場合ではないのは分かっているはずなのに。こんな安請け合いしても一銭の価値もない。逆に時間を搾取する悪魔だぞ。今ならまだ間に合う、早く断らなければ。

 そんな翔の心は露知らず、瀬里奈は打って変わって明るく応える。

「わかりました。では、今日含めて週に4回お願いします。」

 反論を考慮しているうちに、君塚少年は悪魔との契約を結んだ。一日四時間休みなし、という制約も含めて。

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青い夏へのあこがれを 針本 ねる @kurenai299

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