第4話 二日後…

 月曜日になった。翔の三者面談が最終日の土曜日であったため、午前中授業が終わったしまったことに深い悲しみを受ける生徒が多かった。翔もその一人であるため、いつも自堕落な彼がことさら酷かった。そんな空気が感染し、教室一体がどんよりと沈み込んでいた。

 教師だけでもと踏ん張りを見せていたが、大半は疲れている。先生も所詮人であることが証明されただけでも収穫だろう。嫌なことは嫌だ、と顔に思いきり出るのはどうかと思うが…。


 「君塚ー、大丈夫か?元気ないぞ?」

 こんな時だからか、彼女の声は浄化剤なりうる。机に突っ伏している翔に、明るく笑いながら春香は彼を寝かせまいと躍起になる。

 時間は6限目のはじめ。数学Ⅱ(数Ⅱ)でのグループワークで班活動する時間だ。大学の入試試験を解き、わからなければ教えあうというスタンスなのだろう。四人班で翔、春香、そして隣の席の大野、斜め後ろの下浦となっている。


 「なぁ、この4⃣の⑶がわからんねんけど、堂山教えてやー。」

 大野が春香に助け舟を出す。春香はニコニコとわからないところを説明している。机に乗り出し、甘い香りを漂わせて丁寧に享受している。しかも翔の机に侵入しているせいもあって、彼女の体が少しだけちじゃでくこととなる。

 確か、春香の成績はなかなかどうして上位に食い込んでいたはずだ。国公立組とは言わずとも、レベルの高い私大を目指せるほどだと聞いた。

 一方教えられている大野は、しかし全くちゃんと聞いているとは思えなかった。逆に彼女に注目しているようで、本当は問題なんか興味ないのかもしれない。

 聞いた話によると、彼女をとっかえひっかえしているという噂だ。確かにイケメンであるし、野球部の元エースであるという高ステータスも持つ。こいつもだ。だから、大野はいけ好かない。早く、次の席替えが来ないかと待ち焦がれているのに。


 「で、ここを漸化式で解けばできんねん。わかった?」

「あぁ、めっちゃわかりやすかったわ。もうちょい教えてほしいとこあんねんけど、放課後時間ある?」

 ここにきてまさかのお誘い。なんとも大胆で自分の武器を知っている使い方。正直、翔は春香に好意を持っているわけではないが、いけ好かないやつについていくことを考えてしまうと幻滅してしまう。見え透いた下心に、ホイホイついていってほしくない。

「ごめんな。今日は予定あんねん。また今度な。」

 やんわりと断られ、「そっか、じゃぁしゃないわ」と口にした大野はそれからもくもくと解きだした。翔は机の下で拳を握りしめた。


 

 放課後となり、いつもの通り愛車に跨ろうとする翔。隣ではサッカー部が激しい練習をこなしている。相変わらず三年生も部活に参加しているとは恐れ入る。やはり努力できる奴はすごいな。

 翔はそのまま校門を抜け出し、一人でわき道を突っ走る。200メートルほど走り、国道を縦断する道に出る。道なりに進むと、二日前の市役所へと到着する。前とは違う駐輪場へこっそりと入り、スタンドを立てて市役所へ侵入する。


 二日前と同じ階段を、いつもと変わらない足取りで図書館へ向かう。今日は夕方だから僅かに人が少ない。しめた、と翔は三階へと赴きお気に入りの席へ歩みを進める。

 だが、そこには先客がいた。日陰でありながら良い塩梅の景色を見ることができるそこには、少女がいた。見たことのある面影である。背中越しに見える眼鏡、ボブの栗髪は、翔の脳に刺激を与える。

 少女はイヤホンをつけながら勉強していたが、気配を感知し翔を見る。前は見ていなかったが、キリっとした目元に泣きホクロがある。薄いリップをつけて、スッキリとした美顔である。

「お久しぶりです。二日ぶりですね。」

 彼女は淡々と発した。

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