第2話
翔は母親の問答を適当にあしらうと、駐輪場で自分の愛車に跨る。無論、ハニーブラウンの可愛らしい電動自転車である。
「あれ、君塚やんけ。帰りか?」
ぼっと気温が上がる声が大きな声で呼びかける。いざ首を向けると、そこには級友である
勝見はずんずんとこちらに歩み寄ってくる。先ほどまで部活だったのだろうか、近づくにつれて制汗剤の香りが強くなる。先ほど春香の甘い香りが上書きされ、勝見のおかげで上書きされてしまった。おのれ、おのれ勝見めー。
「俺部活やってんけど、きいてくれ…、って、どうした、その顔。」
不満いっぱいの何とも言えない感情が表情に出ていたらしい。別に隠す必要もないが、友人に向かってはさすがに失礼であろう。
「…別になんもないわ。で、何があったんや。」
「いや、一年の佐伯っていうやつがおんねんけどな。そいつのパスが、Bチームに渡った時の…」
今日の練習試合の愚痴らしかった。翔は自転車を押しながら、阪急電車の方面へと向かう。勝見は吹田市に住んでいるので、毎朝の電車通学を余儀なくされているらしい。毎日朝の通勤ラッシュの時間に席をとれるか、それに命を懸けているらしい。(本人談)
要点を纏めてみる。今日の試合は大阪選抜前の調整試合だったらしい。スタメンと控えで紅白に分かれた。試合中、唯一の一年である佐伯の出したパスが控えチームにカットされてしまい、それが原因で先制点を与えてしまう。そのままズルズルと後半戦にもつれ込み、焦った佐伯のプレーによってまたもや追加点を与えてしまい試合終了。当の本人は相当落ち込んでいるのかと思いきや、「自分はそこまで大きなミスをしていない」と喚き散らす始末。怒りを通り越して最早あきれ返ってしまう。
翔は話半分に聞いていたし、適当に相槌を打って相手の意見に同調しているだけだ。話は大事だが、興味はない。本当は、佐伯のとった行動の理由を突っ込んでほしかったがそれを聞くと長くなりそうだったのでやめた。
話している間に、二人は国道171号線を渡り小さな道を通る。相変わらずこの道は狭いくせして車が通る。いつ轢かれてもおかしくない場所だ。その分、サラリーマンや学校の先生を呼び込もうと、夕方から居酒屋の客引きが多くなってくる。ただでさえ空気が圧迫されているのに、より肩身が狭く感じる。
そこを抜けると、目的地に到着する。阪急高槻市駅である。勝見とはここで別れる。しかし、話したりないのかなかなか終わらない。翔は致し方なく伝家の宝刀を抜くことを決心する。
「でな?あいつそのまま」
「あ、ごめん。俺そろそろ夏期講習いかなあかんわ。」
翔は思い出したかのように嘘を放った。今日授業の予定はなかったはずだ。早くこの場から離れたい、その一心でデマカセが出た。さっと愛車のペダルに足を乗せ、じゃぁな、と勝見に伝える。
「おう、また明後日な。明日学校ないし。」
そのまま、勝見は駅の改札口へ登っていく。すまない、友よ。
彼の背中が消え、翔は勢いよく線路と平行に自転車を飛ばす。途中の信号もあったがきっちり止まりながらの徐行運転である。
700メートルほど直進した後、大きな交差点に出る。その交差点をまっすぐ渡りきるとすぐに右折し、ここらではひときわ大きなビルへの駐輪場を目指す。なにを言おいう、ただの市役所だ。駐輪場には屋根がないため、ギラギラな太陽さんがいつでもお迎えしてくれるそうだ。
市役所のドアからは冷房の涼しい空気が包み込んでくれる。少しジトっとしている制服が気になるが、気にせずそのまま廊下を進む。職員さんには、この時間に訪れる高校生が珍しいのか、すれ違うだけで会釈してくれる。
翔はひたすら迷わずに北館の二階へと向かう。階段は二カ所あるが、たまには正面から入るのもありだ、と心の中で決定する。上階から本を借りた老婆とすれ違い、若者らしく道を譲る。「ありがとう」と言われたが、あまり相手の顔を見ずに駆け上がる。軽い足取りではあるが、顔はなにやら重みが見て取れた。
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