第2話 初恋

家に帰ると、ベッドに仰向けになって天井を見つめた。

晴斗は軽い気持ちで、なんて言ってたけど……。

まぁ、葵さんは俺に言ったことなんて覚えてないだろうしな。

そんなことを思いながら、俺は遠い日の記憶を辿る。


***


あれは小学2年生のときだった。

いつもただでさえうるさい教室が、それ以上に賑わっていた。


「今日転校生来るらしいぜ」

「女子かなー? 男子かなー?」

「女子だって!」


そんな会話が飛び交っている最中、教室のドアが開いた。


「今日からこのクラスに転校生が来ます。さぁ入って」


担任の女教師に促され、1人の女子生徒が入ってくる。


「葵みなみさんです。みんな仲良くしてね」


そう紹介された小柄な彼女はペコッと頭を下げると、緊張した面持ちというか、何というか、警戒するようにクラス中を見渡した。

だけど、そんなのおかまいなしにクラス中は盛り上がっている。


可愛い……。

それが彼女に対する第一印象だった。

所謂、一目惚れってやつだったんだと思う。


「じゃあ誰の隣がいいかな? 葵さんの隣の席が良い人!」


担任がこう言うとクラスの半数以上が手を挙げた。

もちろん、俺も……。


「じゃあジャンケンね」


葵さんの隣の席を巡って争奪ジャンケンが繰り広げられた末、クラスのリーダー格女子がその席を勝ち取った。


「やったー!」


リーダー女子は両手を上げて喜んでいた。


「じゃあ木多さんの隣ね」


先生に促され、葵さんは木多の隣に座った。


「陽平もよかったね! ってか顔真っ赤じゃーん」


葵さんと逆隣の席になった陽平はみんなにからかわれて、顔を真っ赤にして机の上に突っ伏した。

俺はそんな陽平が羨ましかった。


そして休み時間になると、葵さんの席にはすぐに人だかりができた。


「ねぇ、前の学校ってどんな感じだったの?」

「前の学校で好きな子とかいたの?」

「好きな食べ物は?」

「好きな科目は?」


一気にいろんな質問をされて、葵さんは困惑していた。


「そんなに一度に質問しても答えられねーだろ」


それを見ていた男子生徒がツッコミを入れるが、女子たちはおかまいなしに盛り上がっていた。

そんな女子たちを横目に俺は遠くの席から葵さんの横顔を見ていた……。


***


家は反対方向だし、葵さんとの接点もないまま、俺は毎日仲間とのサッカーに明け暮れて、それでも楽しく過ごしていた。

接点なんかなくても、同じクラスというだけで、ときどき挨拶や一言二言葵さんと話せることができれば俺にとっては十分幸せだった。


恋なんてまだ知らない。

だけど、授業中や休み時間のふとしたときに気づけば葵さんに視線を送る自分がいて、やっぱり俺は葵さんのことが好きなんだと思った。


「おーいタカ! ゲームしようぜ」


そんなある日の休み時間に仲間に呼ばれて、俺たちはいつものようにくだらないゲームをすることになった。

普段から休み時間には相手の定規を机から落としていくゲームや腕相撲や指相撲、その他にもいろんなことをやる。


「普通にやるんじゃつまんないから、今日は負けたヤツが罰ゲームな」

「罰ゲーム何にする?」


いつになく盛り上がっている。


「うーん、そうだな。あ、好きな子、言うとか」

「それ面白そう! それにしようぜ」


別の罰ゲームにしないか、なんて提案する隙もなく、男だけの真剣勝負が行われた。

そして烈戦の末、俺はこの勝負に負けてしまったのだ。


「タカ罰ゲームな」

「で、タカは誰が好きなの?」


ニヤニヤしながら顔を近づける仲間に聞こえるか聞こえないくらいの声で


「葵さん……かな」


と答える。

今思えば、好きな人なんていないとか、適当に言えば良かったのに、俺は馬鹿正直に答えてしまった。


「へー! タカって葵さんが好きなんだー!」

「声でけぇよ!」


仲間の悪ふざけはヒートアップしている。


「皆さん聞いてくださーい!」


一人が大きな声を出した


「馬鹿! やめろ!」


止めようとしたが、俺の抵抗は虚しく……。


「小野寺くんの好きな人はぁー」


クラス中の注目を浴びた。


「葵みなみさんでーす」


そこに葵さんの姿はなく、安心したのも束の間。

その言葉に女子たちがざわついた。


「えー!? 小野寺くんってみなみちゃんが好きなんだー」

「きゃー! みなみちゃんに言っちゃおー」

「みなみちゃんに小野寺くんのことどう思うか聞いてみようよ」


ちょ、ちょっと待ってくれ。

こんな大事になるなんて思ってもみなかった。


「小野寺くん、サッカーできるし、走るの早いし、かっこいいからさ! きっと両思いだよ」


女子たちが勝手に盛り上がっている。

俺は思わず教室を飛び出した。

両思い……?

そんなわけ……。

だけど、勝手な女子の憶測に淡い期待なんかして、俺は廊下から校庭を眺めた。


***


掃除の時間になると、葵さんの周りには女子たちが群がっていた。

俺は見てみぬフリをしながら拭き掃除をする。


「ねーねーみなみちゃん。小野寺くんのことどう思う?」


俺はその答えが聞こえないようにできるだけその集団から離れた。

本当は聞きたい。葵さんが俺をどう思うか。

だけどやっぱり聞きたくない。


そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、しばらくして一人の女子がニヤニヤしながら俺に近づいてきた。


「みなみちゃんね、小野寺のこと『大っ嫌い!』だって! 残念だったねー」


俺の気持ちなんて知らないくせに、笑いながらその女子はからかうように笑った。


「くそっ!」


俺は苛立って、思わず持っていた雑巾を床に投げつけた。


葵さんの気持ちなんて知らなくて良かった。

別に聞いてほしいなんて誰に頼んだわけでもなかったのに。


誰だよ、両思いとか言ったヤツ……。

そんな言葉に淡い期待とかした俺、馬鹿みたい。


***


その日の放課後、俺はひたすら走って家に帰った。

ランドセルを置くとすぐに親が営むカフェに向かった。


「おぉ、タカ。来たのか」


親父が顔を出した。

俺は嫌なことがあると、このカフェに行く。

それをきっと両親は知っている。


「これ飲みな」


母親はレモネードをそっとテーブルに置くと何もなかったかのように厨房に戻っていった。


そのレモネードの味を今でもよく覚えている。

優しい甘さとほんのりとした酸味が混ざりあって小学生の俺にも飲みやすかった。


甘酸っぱい。


その言葉の意味を知ったような気がした小学2年生の夏だった。





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Lemonade~もう1度君に恋をする~ MAriNo @marinorino2130

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