第23話 ユニコーンと少年

 ロンドン最後の夜は、予想通り、バズの部屋で過ごすことになった。

 パーティに音楽がないなんてありえないだろうと、バズがいった。

 DJブースがあって、スピーカーがあって、大きなモニターがある部屋はここだけだ。


 唯一の来客であるキーモは、いつものようにピザとビールを買ってきた。

 バズは、慣れない手つきで、ベトナム風の生春巻きをつくってくれた。

 最後にあらわれたモイラは、チャーハンと、ポーク・ブラックビーンズソースを中華レストランからテイクアウトしてきていた。

 テーブルの上に乗りきらない料理は、急ごしらえの段ボールのテーブルに乗せられた。

 床にはステラビールが十五本ならんでいた。

 いつもと違うのは、誰もラリっていないということだった。

「最後の夜ってのはな、ふつうは派手にぶっ飛ぶところだが。ここ数週間のおまえを見てると、こういう落ち着いた別れ方がベストかと思ってさ」

と、バズがムネチカの肩をたたきながらいった。まるで称賛されているような気分になって、ムネチカはうれしかった。

「フライトの時間は?」キーモが訊いた。

「明日の午前十一時です」

「じゃあ寝ている暇はないな」バズが煙草をくわえながら、さっそくビールの栓を開けた。

 各々の手にビールがいきわたると、バズが立ち上がって、

「四カ月という短い付き合いではあったが、ムネチカはいい奴だった。あっちへいっても元気でやれよ、乾杯!」

といって、ビールを掲げた。

「なんだかあの世へいくみたいな言われかたですね」

 ムネチカは気づかれないように、モイラの表情をうかがった。機嫌はわるくなさそうだ。

 酒が入り、場の空気がなごみはじめると、それぞれが好き好きに料理を口へ運んでいく。この連中の行儀の悪さにはもう慣れてしまった。

「今夜はムネチカが回しな」

 バズに促されてムネチカはビールを片手にDJブースに入った。もうだれもズボンを下ろしにくることはなかった。

 気がつくと、モイラが後ろに立っていた。

 そして「バック・トゥ・バックしよう」と、いった。

 モイラと口をきいたのは数週間ぶりだった。ドギマギしているのを悟られまいと、平然を装ってムネチカが訊き返す。

「なにそれ」

「二人でお互いに一曲ずつ選んで、交代しながらレコードをプレイするんだよ」

 二人で、一曲ずつ交代で……。ムネチカは頭の中でモイラの言葉を復唱した。

「オーケー」

 最初はムネチカからだ。

 ムネチカは、からりとしたハンドクラップの入ったハウスを選び、ターンテーブルに乗せた。ゆっくりとスピードを上げていく。心拍数をかるく上回るようなテンポで、バスドラムが四拍子を打つ。二種類のハイハットが、つがいの蝶のようにビートの上を跳びまわる。フェーダーをスムーズに切り替えると、部屋中の雰囲気がパッと明るくなった。

 うしろでは、モイラが、段ボール箱にきっちりと収納されたレコードの群れから一枚、二枚と抜き差ししながら次にかける曲を探していた。

「交代」

 わき腹をつつかれ、ムネチカはモイラにヘッドホンを渡した。

 モイラはそれを片耳にあてがい、選び抜いたレコードをターンテーブルに乗せ、いとも容易く曲をつないでいく。モイラの隠れた一面を知ったような気がして、ムネチカはうれしくなった。

「うまいね、DJやってたの?」

「これくらい誰にだってできるよ」

 モイラはガラにもなく、照れくさそうに微笑した。

 二人のプレイは数十分に及んだ。ドラッグ抜きでこんなに音にハマれることを、ムネチカはすっかり忘れていた。そして、やっぱり自分はモイラのことが好きなんだ、と再確認した。心が温かくなる。ずっと共有していたくなる。そんな空気を感じながらムネチカは夢中でレコードを選んではプレイした。

 そのあいだバズは、キーモと一緒に、モニターに映し出されたアニメについて、ずっとオタクめいた話をしていたが、ひと段落するなり、DJブースに割り込んできた。

「おれにも回させてくれよ」

 ブースから追い出された二人は、互いに顔を見合わせて、ハイタッチをした。

 バズはレコードのテンポをさらに上げていく。お得意のアンダーグラウンドなテクノは今日も健在だ。

「ムネチカ、いつでも戻ってきな!おれはいつだってスクアットにいる。もしかしたら、ブラジルのビーチか、イスラエルのフェスティバルへ出張ってるかもしれないが、おれはスクアットパーティを捨てる気はないからな!」

 バズは奇声をあげて、ビートと一緒に飛び跳ねた。

 キーモはソファに座って、満足そうに三人を眺めている。

 オールドストリートにある、古い、小さなフラットの一室は、いつかのように、この世の天国となっていた。

「ぼく、モイラが好きだ」ムネチカはモイラの耳元で叫んだ。

 モイラは、おどけるように目を丸くして見せた。

「男でも、女でも、アセクシュアルでも構わない!」ムネチカは両手を広げて、全身で喜びを表した。

 モイラは、無理に笑おうとして、悔しそうに唇をかんだ。

「だから、あたし……そういうの、わからないんだってば」

 頬を伝う涙が淡い光にふるえている。


「ムネチカの愛が、目に見えればいいのに」


 たまらずにムネチカがモイラを抱き寄せた。

 次にキーモが、遅れてバズがDJブースからすっ飛んできて、ハグに加わった。

 ムネチカがいった。


「友情も愛なんだよ、知ってた?」モイラを抱く腕に熱がこもる。


 四人は一個の幸福な塊となって、その温かさを確かめ合った。

モイラの手がムネチカの背中をギュッとつかんだ。





           完

 

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一角獣はアセクシュアル ロコ @Locoxxxx

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