怨呪神
平中なごん
怨呪神(※一話完結)
大都市だと駐車場代やらなんやかやとかかりますし、公共交通機関が発達してますんでまた少し事情が違うんですが、地方だと就職して経済的な余裕ができると新車を買って、そうすると、その車でどこか遊びに行きたくなる。男性だったら女の子を連れてドライブなんかに行ったりしてね。
それが暑い夏の盛りですと、納涼がてらドライブの行き先に心霊スポットを選んだりすることも往々にしてあるんです。
これは好奇心からだけでなく、男にしてみれば、女の子がキャアキャア怖がってくっ付いてきてくれるかもしれないし、恐怖による胸のドキドキを恋のそれと勘違いしてしまうという、いわゆる〝つり橋効果〟を狙えるなんていう下心からの理由もあるんですけどね。
まあ、いずれにしろ若者にとって心霊スポットは、たいへん魅力的な遊び場として捉えられているんでしょうね。経済的にもお得だし、リーズナブルなテーマパークみたいな感じに。
その中でも特に人気があるといえば、ネット上に流れる都市伝説で囁かれているような、全国的にもすごく有名な場所なんですよ。
これは、そんな都市伝説に云われるとある神社に行ってしまった、男女四人のグループの体験談です……。
具体的な場所を言うとまた人が押し寄せたりして、地元の人達にも迷惑がかかったりするもんですから、ここでは一切伏せておきます。
日本のどこか、人里離れた山奥に〝怨呪神〟という神さまを祀る小さな神社がありましてね、心底呪いたい相手のいる人間がそこへ行ってお参りすると、その呪いが成就する……と、いつの頃からか噂が広まったんです。
そのために丑の刻参り――あの、呪いの藁人形に五寸釘を打ち込む呪いの儀式ですね。それを行いに来る者も多く、辺りの木には藁人形がたくさん打ち付けられているだとか、また、その呪いをかなえてくれる神様の化身――黒い獣のようなものを目撃するなんて話もまことしやかに囁かれていました。
そんな、あまり良いものとはいえない御利益ですから、まるで人目を避けるかのように地図にも載っていない山道を行った所にひっそりとお社が建っているんですけどね、まあ、今の時代、ネットで調べれば場所の書かれた記事を見つけるのもさほど難しいことじゃない。
この体験をした四人もそうやって場所を突き止めると、少し離れてはいたんですが、自分達の住んでる町から行けない距離でもなかったんで、夏のある週末の夜にみんなで行ってみることになったんです。
この四人、社会人になってまだ日の浅い二組のカップルだったんですけどね、お互い大学時代からの友達同士で、いってみればダブルデートのようなものですよ。
みんな怖い話や超常現象なんかもけっこう好きな
その内の一人が買った新車に乗って、街灯もないような真っ暗い山道をわいわい騒ぎながらその神社に向かったんですね。
しばらくした後、おい、あれじゃないか? …そう言って運転していた持ち主の男性が車を止めると、暗闇の中、ヘッドライトの白い光に照らされて、石でできた鳥居が浮かび上がりました。
噂通り神職も常駐していないような、こじんまりとした神社だったんですけどね、狛犬や石灯篭なんかもちゃんとあって、こういう言い方は失礼かもしれないんですが、小さいながらもけっこう立派な感じなんですよ。
よし、入ってみようぜ…ということになって、さっそく四人は車を降りると、その神社の境内へと向かいました。
一応、男性二人が懐中電灯を持って行きましたが、その日はちょうど満月で、深夜にも関わらず周りは意外と明るいんです。
こんな山奥のこんな時刻ですから、当然、彼らの他に人影も見えませんが、風の音もなく、妙にしん…と静まり返っているだけで、彼ら以外の人の声や五寸釘を打ち付ける音も聞こえることはありません。
そもそも噂に聞く藁人形自体、月に照らされた周囲の木々を見てみても、どこにもそれらしきものは見当らないんですね。
ひょっとすると、呪いの儀式をしに来た人がいたりするかもしれないなあ…なんて、ちょっと期待していたところもあったものですから、なんだ、なんか拍子抜けだなあ。ぜんぜん怖い感じしないねえ…とか言いながら、四人は石の鳥居を潜って石畳の参道を社殿へと進もうとしました。
ところが、その時のことです。
わあっ! きゃっ! …とみんな一斉に短い悲鳴をあげたんです。
月明かりに照らされる石畳の上に、真っ黒い小さな影のようなものが目に入ったんですね。
咄嗟に懐中電灯の明かりを向けると、それは一匹の黒猫でした。
本当に夜の闇よりもなお真っ黒い色をしていて、黄色い眼は光を反射して爛々と輝いているんです。
電灯の光に驚いたその黒猫は、ニャア…と一声大きく鳴くと、パッと飛び出して脇の草叢に姿を消しました。
一瞬、背筋が凍る思いをした四人でしたが、猫だとわかって安心したんでしょうね。なんだあ、猫かあ。例の黒い獣かと思ったよお。でも、黒い色してるし、呪いをかなえてくれる神様の使いだったかもしれないよ? …とか冗談半分におしゃべりしながら、和気あいあいと四人は改めて社殿へ向かいました。
まあ、御利益は〝呪い〟なんていう特殊なものですが、社殿はいたってどこにでもあるような、お堂くらいの大きさの木造のものです。
それでも、深夜の山奥というシチュエーションのためか、おどろおどろしいような雰囲気はなくとも、静かな恐ろしさというか、近づきがたいような神秘性は感じるんですね。
月明かりがあるんで社殿全体の雰囲気はなんとなくわかるんですけどね、屋根の庇で暗い影ができていて、正面に掛かっている扁額――あの神様の名前が書いてある看板のような木の額は見えないんですよ。
そこで、懐中電灯を持ってた二人がその額を照らして、書いてある文字を確かめようとしたんです。
ですが、電灯の明かりにその辺額が照らし出された瞬間、全員、目を見開いて固まってしまったんです。
なぜなら、そこに書かれている神名が変なんですよね。
その扁額は彩色されたようなものではなく、白木に墨で神名が横書きされたものだったんですけどね。もとは「怨呪神」と書かれていたんでしょうが、長年風雨に晒されたせいか、所々、文字がかすれて見えなくなってしまっているんです。
「怨」という字は左に夕方の〝タ〟、右に〝巳〟に似たのを書いて、下に〝心〟ですよね。これが〝夕〟以外消えてしまっていて、その〝夕〟も中の棒が一本消えて〝ク〟に。
同じように「呪」の字は左の〝口〟偏のみ。
「神」は〝示〟偏、つまりカタカナの〝ネ〟みたいのはそのままなんですが、
つまり、繋げて読むと「ク・ロ・ネ・コ」なんですよ。
そう……その社殿に祀られる神様は、いつの頃からか「怨呪神」ではなく、「クロネコ」に変わってしまっていたんです。
あ~あ、なるほどお……と、その扁額を見上げながら、みんなうんうん頷いたそうです。
もしかしたら、あの鳥居の下で見た黒猫は、神様の御使いどころか、その社殿に住まう主そのものだったのかもしれませんね……。
(怨呪神 了)
怨呪神 平中なごん @HiranakaNagon
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