メイド目線

 わたくしがこの家に仕え始めたのは、ウィズ=ソーサラー様が生まれる半年前でした。

 ウィズ=ソーサラー様、ウィズ様が生まれる前の半年間は基本的な仕事からソーサラー家のことなど色々な事を学んでいました。


 ウィズ様が生まれてからすぐ、旦那様にウィズ様の教育係を命じられました。

 曰く、ウィズ様を優秀な魔法使いにし、ソーサラー家として恥じぬ当主にしたい、と。曰く、お前を雇ったのは魔法の才能があったらかだ、と。

 そのため私はウィズ様の傍付きメイドとして、ウィズ様と共に過ごす生活が開始しました。


 ウィズ様のお世話は毎日がとても大変で、気疲れするような日々でした。ハイハイを覚えてからというもの屋敷中を駆け回るように動き、最初の頃は探すのに一苦労しました。

 ウィズ様が怪我をしようものなら私の首が落とされるのは確実で、一日中監視をしなくてはいけないのは精神的に参ることでした。

 しかし、いつの日かウィズ様は決まって書庫に居るようになりました。本を読むわけでもなく、漁るわけでもなく、ただぼーっと部屋の真ん中に居るだけ。

 私には何故かそれが魔法使いの片鱗だと感じました。

 旦那様から教育係を命じられていたため、私は書庫にいるウィズ様を膝下へ置き、魔法に関する絵本を読み聞かせるようにしました。

 絵本を楽しそうにきゃっきゃっと見ているウィズ様は、私にとって仕えさせてもらっている主君ではなく可愛い弟のような存在でした。



 ウィズ様が言葉を発するようになってから毎日私に魔法のことばかり話すようになりました。その事を旦那様に伝えると魔法の知識を教えろと仰り、私とウィズ様の師弟関係が始まりました。


 以前住んでいた村で一番の魔法の使い手だった私は、魔法に関しては誰が相手でも厳しく、峻厳しゅんげんな態度をとっていました。

 それはウィズ様にも同様で、授業中、立場を忘れ激しく叱責したこともありました。

 その心の奥には彼を次の当主にしてこの屋敷での私の地位を上げようという算段もあったのでしょう。 

 今となっては思い出せませんが。

 最初に叱った時には泣き出してしまっていたウィズ様は魔法に傾倒していった影響か、歳を重ねて大人になったのか、又はその両方か私の教えに対し意欲的に学ぶようになっていました。

 また、辿々しい言葉遣いも、貴族に相応しい厳格のある言葉遣いに変化していました。  

 そのころからでしょうか。私がウィズ様を可愛い弟ではなく、弟子ではなく、自分が仕えさせてもらっている主君だと思い始めたのは。

 ウィズ様の傍付きということが私の中で誇るべきこととなっていったのは。

 私の勘違いではないのなら、ウィズ様も私のことをただの傍付きのメイドではなく、家族に近しい感情を抱いてくださってたのだと思います。




 私とウィズ様の師弟関係はそう長く続く物ではなく、数年で幕を閉じました。

 ウィズ様が五歳になった時、王国で最も偉大な魔法使いがウィズ様に魔法を教える為にソーサラー家に客として招かれ、住み始めたからです。


 魔法を使えるものならば誰もがその名前を知っているだろうの方は私も当然知っており、私が魔法使いに憧れたきっかけそのものであり尊敬している人物でした。

 ウィズ様も御存知だったのでしょう。彼の方と対面した時は、体は固まっており、顔は強張っていました。

 しかしそんなウィズ様を見兼ね、優しい表情で偉大なる魔法使いは膝を曲げ、ウィズ様の目線に合わせ頭を撫でました。

 その動作にウィズ様の緊張は解け、歳相応の笑顔を見せました。


 ウィズ様の表情を見た私は少し胸が痛くなりました。





 ウィズ様達が教会からお戻りになられた日、屋敷に住う使用人達は騒ついていました。

 ウィズ様に魔力が無かった、今後彼の方は弟様に付ける、という情報が流れたからです。


 私はその日、ウィズ様の父上から別件で屋敷に待機していろ、と直接命令があったため、ウィズ様達について行った他の使用人から言伝として聞きました。

 私がそれを耳にした時、腰が抜けてしまいました。

 ウィズ様に魔力がない?

 あれだけ努力し、研鑽を積み、次の当主としても恥ずかしくないように励んでいたウィズ様が魔法使いになれない?

 そう、思いました。

 私がしていた過去のことは全て忘れ、ただ自分の主君の身だけが心配でなりませんでした。



 夕刻、夕ご飯の時間になり、ウィズ様を迎えに上がるために部屋向かい、ノックを三回。

 部屋からは掠れた声で


「今行く」


 とだけ。衣服の擦れた音が聞こえ、ウィズ様が部屋から出てきました。その顔はやつれており、やはりあの伝聞は本当だったんだと実感しました。


「御夕食のお時間です」


 ウィズ様に申し上げてから短く腰を曲げお辞儀をすると、


「すまない」


 と思いもよらない言葉がウィズ様の口から発せられました。

 周りに人はおらず、確実に私に向けられたその言葉は、色々なことへの謝罪だったのだとと思います。

 魔力が無かったこと、魔法使いになれないこと、今までの私のやっていたことが不意になったこと。


 次の当主になれなかったこと。

 きっと聡明なウィズ様は、自分が次の当主になるため私が傍に付いていたと気づいておられるのでしょう。

 そして、魔法が使えなくなったことで次の当主になる夢はついえ、私の今までは無に帰った。  

 そう思い、悔み、謝罪しておられるのでしょう。


 違うんですよ、ウィズ様。


 貴方様が魔力がなかろうとも、魔法が使えずとも、私にとって貴方様は敬愛する主君であり大切な御方なのです。

 ウィズ様が次の当主になれずとも、私は一生貴方様についていきます。


 そもそも、


わたくしは信じております」


 ウィズ様が次の当主になられることを。

 私は深くお辞儀をした。



 

 ウィズ様を食堂へお連れした後、ある部屋に向かった。

 ウィズ様の勉強部屋であり、彼の方が寝泊りしている客間へ。


 コンコンコンコンとノック。

 部屋に入ると、ウィズ様の師匠である彼の方が居ました。

 最も偉大な魔法使い。そう評される彼の方の顔はお年を召しているはずなのに若々しく、美青年という言葉が似合うようでした。

 瞳の色は翡翠ジェイド色に輝いており、その美しい目を見続けていると体が吸い込まれる錯覚を起こしてしまいます。

 短い象牙色アイボリーの髪はうなじに綺麗に揃えられており、毛先一本一本が鮮明に見ることができました。

 首元には銀色の鎖が垂れており、その先には結婚指輪でしょうか? 銀色の指輪が二つ、ついていました。


 絵画から出てきたと思わせる容姿の彼の方は、大きく広い机と、机に不釣り合いな椅子に座り、眼前の書類を美しい双眸で見つめていました。


 初めて見るペンダントを横目に眺めていると、視線に気づいたのか書類から目を離し、体を反転させ上半身を私の方へ向けました。

 彼の方はいつも通りの優しい顔で、


「どうかされました? 弟子の傍付きの方。私に何かついていますか?」


 と、言う。


「いえ……ウィズ様の事でお話したいことがありまして参じました」


 自分の顔をペタペタと触りおかしいものが付いているか確認していた彼の方は、首を傾げ、


「弟子の? 何かありましたか?」


 と、用件が分かっていないようでした。


「ウィズ様に……魔力がありませんでした」


 戸惑いながらも、回りくどい言い方はせず直接、簡潔に用件を伝えました。

 彼の方は大変驚き、


「そうか……あれだけ愛されているのに……」


 と小さく呟きました。


「ウィズ様のお父上はこの結果を受けて貴方をウィズ様の弟様の師匠になさると仰りました」


「どうりで今日の屋敷は騒がしかった訳だ。……して貴方は私にその事実を伝えるためにここに来たのかな?」


 彼の方は眉をひそめ、目を細め、私は不機嫌だ、と言いたげな顔をしました。


「違います! ……ウィズ様は、貴方との時間をとても大切にしていらっしゃっています。貴方の事を師匠と呼び大変慕っていらっしゃいます」


 彼の方は静かに私の目を見つめています。


「ですので、どうか! どうかウィズ様を見捨てずに傍にいてはくれないでしょうか……! ウィズ様の師匠であり続けてくださいませんか」


 私は、彼の方に頭を下げました。

 自分の気持ちが強く現れているせいで言葉遣いが正しいか分からない。

 しかし彼の方は先程の相貌から百八十度と表情を変え、いつもの優しい顔と温かみと安堵を与える声色で


「安心してください。私は彼の、彼だけの師匠ですから」


 と、一言仰ってくださいました。


「あ、ありがとうございます!」


 思ってもない良い返事に、一瞬狼狽したものの、慌ててお礼を言う。すると、勢いに任せたからなのか声が裏返ってしまった。

 そのせいだろうか? おかげだろうか? 彼の方からは笑みが溢れ、つられて私も笑ってしまいました。

 その笑顔を皮切りに他愛もない談笑が始まりました。


 暫く二人で話していると、 廊下の方から多数の足音が聞こえ始めました。

 忙しくしている、ということはウィズ様達が夕食の時間を終えられたのでしょう。


「では、そろそろ役目がありますので失礼します」


 そう告げ、部屋を出ようとドアを押すとそこには食堂にいるはずの我が主がいらっしゃいました。

 迎えに行けず、謝辞を述べようとウィズ様のお顔を拝見すると、瞳が夕食前より濁っており、夕食の時間に今後の事を言われたのだろうとと推察することが出来ました。

 それほどまでにウィズ様のお顔は酷く荒んでおり、一縷の希望もないような表情でした。

 ウィズ様が部屋にお入りになるため、私は一旦部屋へ下がる。


「失礼しました」

 

 そう言い、部屋を出ました。

 ドアを閉め、仕事に戻ろうと歩き始めた瞬間、部屋から怒号のような喚き散らす声が聞こえてきました。

 怒号、と言いましたがそこからは怒りの感情は見えず、むしろ咽び泣いているような感情が爆発して思いのままに気持ちを伝えているような声付きでした。

 まだ声変わりのしてない子供っぽい甲高い声。泣き叫んでいる人物がウィズ様だと分かるのに時間は三秒も要りませんでした。

 また、それと同時に仕事へと進んでいた足も止まり、聞き入るようにドア前まで移動していました。



「僕、僕魔法使いにな゛れま゛ぜん!! 僕はしじょうのでじじゃぁ! あ゛りまぜん!」


 いつも冷静沈着で、感情に身を任せず判断し続けるウィズ様。

 次期当主である自覚を幼いながらに持ち、幼児だと悟らせない振る舞いをするウィズ様。

 周りからの重圧に応えるため、毎日毎晩血の滲む努力をして、年相応の遊びなどを一切してこなかったウィズ様。


 そんなウィズ様が泣きじゃくっている。

 ソーサラー家の次期当主という肩書きを捨て、よわい十歳の未成熟な少年がわんわんと泣いている。


 ウィズ様はまだ子供じゃないか。


 そんなことを今更になって気づかされた私の目からは涙が止め処なく溢れてきました。

 ウィズ様、あぁ私が尊敬し、陶酔とうすいし、懸想けそうしているウィズ様。

 何故貴方様ほど努力をしている方に魔力がないのでしょう。

 何故ウィズ様のお父上達は理解し得ないのだろう。

 しかし、


「大丈夫だ。君はいい魔法使いになれる。」


「君は、私の弟子だろう?」


 彼の方はウィズ様を理解してくださいました。この二言でウィズ様の世界は変わらずにいられました。彼の方はウィズ様を救ってくださいました。

 ウィズ様と私の止まりかけていたはずの涙はその二言で一層激しくなりました。




 あぁ、神よ天使よ大精霊様よ。

 どうかウィズ様の願いを叶えてください。

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魔法使いの弟子 リュウタ @Ryuta_0107

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