魔法使いの弟子
リュウタ
主人公目線
王国で有数の魔法使いの輩出を誇る名家、そこの長男に生まれたのが僕だった。
生まれた時から、いや、生まれる前からだろうか、僕は優秀な魔法使いになり次期当主に相応しい人物になって欲しいと両親から願われていた。
その期待に応えるかのように、僕が生まれてすぐの頃には魔法関連の書物を漁るように読んでいたらしい。今となっては覚えてないけど。
その姿を見たのだろう。両親は僕のことをより一層溺愛し、5歳になる頃、王国で最も有名と名高い魔法使いを僕の師匠として仕えさせてくれた。
師匠を雇うのは莫大な費用が掛かっただろう。でも、それを厭わずに両親は僕に尽くした。全ては僕が優秀な魔法使いとなり、次の当主の座に座るために。
初めて師匠に会った時、僕は緊張していた。
両親以外の魔法使いと会うのは初めてだったし、僕が読んだ童話で師匠は魔法使いの英雄として描かれていたから。
でも、僕の気持ちとは対照に師匠はとてもリラックスしていた。
優しい表情で小さかった僕の目線に合わせるように膝を曲げ、話しかけてくれた。その所作一つで僕の緊張はほどけ、師匠が大好きになった。
本当はこんな貴族の子供の師匠、もとい子守など嫌だったに違いない。
魔法に関して少しばかり知識があった僕だけど、実際に魔法を使ったことはなかった。
というのも、魔法を使うために必要な魔力は十歳にならないと発現しないのだ。
稀に幼い頃から魔力を発現する人がいるが、何百万人に一人のため、気にしなくてもいいと師匠は言った。
ちなみに師匠は3歳の頃から魔法が使えたらしい。
僕にはまだ、体内に魔力の兆しは見えなかった。そのため授業は実践ではなく、魔法の成り立ちや詠唱の仕方、精霊魔術など本では知り得なかったことを毎日毎晩教わった。
7歳になった頃には魔法の知識は、普通の魔法使いにも劣らない程に身につけていた。
そのことに両親は歓喜し、夕食の時間になると毎日のように僕の将来のことやこの家は安泰だと、嬉しそうに話していた。
両親の期待に応えるため、更に魔法の奥底を学びたいと師匠に懇願した。
ただ、両親の想いは僕一人が背負っていける程軽い物ではなかった。
師匠は優しかった。授業で分からないことがあれば別の言い方で説明してくれたり、それでも分からなかったら庭に出て、実際に魔法を見せてくれた。
師匠が魔法の詠唱をし、実際に魔法が完成すると僕は毎回のように心奪われていた。
美しい。
師匠が一番最初に見せてくれた魔法は、とても簡単な魔法だった。魔力が発現した子供が、魔法とは何たるかを理解するために最初に詠唱する程の簡単な魔法。そこに一部手を加えた物。
だけどその魔法は僕の心を揺らすには十分過ぎた。
透き通った声から放たれる詠唱の聴きやすさ、無駄のない魔力の込め方。一つ一つの所作が綺麗で完璧だった。
師匠のような魔法使いになりたい。僕が師匠の魔法を見てそう思うのに時間はかからなかった。
10歳の誕生日。今日、僕の中で魔力が発現したということになる。
実感は湧かなかった。師匠から教わった血液のように体内を巡る物も、全身が身震いする程の力も感じなかった。
大丈夫、と自分に暗示をかける。
魔力の感じ方は人それぞれだし、10歳の誕生日になった瞬間に誰しもが魔力を感じ取れるとは限らない。後日正式に魔力の検査が教会で行われる。そこで判明するだろう。
「残念ですが、御子息の体内に魔力は感じ取られませんでした」
両親と行った教会、そこの最高司祭は、こちらの様子を伺うように少し怯えた表情を携え、丁寧な言葉遣いで話した。
到底信じられるものではなかった。
王国でも有名な魔法使いの弟子入りし、血が滲むような努力をして魔法の事を誰よりも勉強してきた僕が……僕に魔力がないだなんて。
絶望と焦燥感。
短く告げられた言葉の中に僕の長い努力がなかったことにされていた。
その後に考えたのは家族と師匠の想いだった。
僕を優秀な魔法使いにさせるために大金を叩いて師匠を雇ってくれた父上。夕食時に「お前は王国一の魔法使いになるんだよ」
と僕の頭を撫でてくれた母上。
「兄上は最強の魔法使いになるんですね!」と自分に憧れの目を向けていた3つ下の弟。
魔法の全てを教えてくれた我が師。彼に何と言えばいい。どう顔向けすればいい。
この数年、僕は師匠の毎日を奪い、得ていた。それが無意味だと知ったら師匠はどんな顔をするだろうか、何を言うだろうか。
そもそも僕は師匠に伝えられるのか? 魔法の知識を教わりました、ですが魔力がありませんでした、なんて。……無理だ、不可能だ、言えるはずがない!
僕は師匠に呆れて欲しくない。見放されたくない。
呆然としながら家路につく。ふらつきながらも確かにその足は着実に家へと帰っていた。その間、両親の顔は辺りが暗く、見えなかった。
家に帰って自室で過ごす。特に何をする訳でもなく、ただぼーっと魔法のこと、魔力のこと、師匠のことを考えていた。
コンコンコン、とノックの音が聞こえる。
何かの呼び出しだと思い時計を確認すると家に着いてから3時間が経過しており、いつもの夕食の時間であった。
「今行く」
少しばかり乱れていた服装を整え、ドアを開ける。開けた先には幼少期の頃から仕えている傍付きのメイドがいた。
メイドは腰を折り、浅くお辞儀をして
「御夕食のお時間です」
そう短く告げた。
いつもと変わらない言葉、動きであったが、その表情には
彼女とは僕が生まれた時から両親に僕の専属メイドと任命されて頃からの付き合いだった。
父上は僕を次の当主に相応しいように教育しろ、と命令したのだろう。彼女は実際に僕にあれこれを教え込んでくれた。
身の回りの世話は勿論、まだ歩けなかった頃は書庫へ連れて来られたり、字を覚えさせるために魔法の絵本の読み聞かせもしてもらった。
彼女には魔法の才能があり、師匠が来るまでは彼女が魔法の師匠だった。
身の回りの事を全てやってくれた彼女は僕の中で無視できる存在ではなく、家族と師匠に次いで大切な人であり第二の親のような人物であった。
そんな彼女に憂い気のある顔をさせる僕自身がただただ情けなかった。
何か言わなければならない。次期当主だった者として、彼女に期待され、させていた身として。
「すまない」
自然に出た言葉だった。
すると彼女は今度は深くお辞儀をし、
「
と言った。
傍付きのメイドを後ろに置き、食堂に辿りつく。僕が席に着くと、彼女は失礼致しました、と言って部屋を出て行った。
僕がいつも食事をしている席に座ったと同時に、カチャ、カチャと食器同士があたる音だけが響き始める。
家族の表情を窺うと三者三様であった。
父上は真顔で何を考えているか分からないような不気味さがあった。
母上は少し泣きそうな、しかし心のどこかで冷めているような印象を受けた。
弟は両親の反応を見て僕に魔力の話を振ってはいけないと察したのだろう。黙りこくって出された料理を美味しくなさそうに頬張っていた。
この静かな食卓が、僕に魔力ということを如実に物語っていた。先程からは少し心が落ち着いたが賑わっていたいつもの夕食と違う今日にまた心はざわつき始め、早くここから抜け出したかった。
ようやく食べ終わった僕がこの場から去ろうと席を立った時だった。
「あの魔法使いはこれから弟につける」
後ろの方から野太い声で、しかし威厳のある声で告げられた。
振り返り、分かり切っているその主を確認する。父上だった。
どうしてですか! 何故ですか! と子供のような駄々はすぐに出てきた。
しかし僕では魔法使いにはなれない。
この事実が引き金となり喉元まで来ていた気持ちを飲み込んだ。
「……そう、ですか」
「今日で最後の授業となる。別れを告げてこい」
魔力がない僕は魔法使いになれない。仕方ない、とずっと考えていたはずだった。
だけどまさか、まさか師匠と今後魔法を学ぶことが出来ないとは想像もしていなかった。
今日が最後。
明日になれば師匠は弟の元へ行く。僕は師匠の弟子ではなくなる。
嫌だ! といえる実力も、魔力も僕にはなかった。
でも、でも師匠との時間を奪われるのはどうしても嫌だ……。
堂々巡りの考えをしている間に足はとっくに回復しており、師匠との勉強部屋に到着していた。
ドアに手をかけ引こうとすると、反対側から僕ではない力でドアが開いた。
師匠かと思い、見上げるとどこが澄んだ表情をした傍付きのメイドであった。
彼女は僕に入らせるように部屋側にドアを引き下がる。
そして失礼致しました、そう言い部屋から出て行った。
彼女が師匠の部屋に来るなど珍しい。何か用事があったのだろうか。
「待っていたよ。今日は精霊魔術の続きを勉強しよう」
部屋の奥から大好きな人の声がした。王国で最も有名と名高い魔法使い。優しくて丁寧に教えてくれる師匠。
……僕の、師匠。
彼の声を聞いた時、今まで我慢していた感情が爆発した。
顔は途端にくしゃくしゃになり、声は震え、目からは涙が止まらなかった。
「師匠、しじょう! 魔力が! 魔力がながっだ!!」
「僕、僕魔法使いにな゛れま゛ぜん!! 僕はしじょうのでじじゃぁ! あ゛りまぜん!」
泣き崩れ何を言っているか分からない僕を見て、師匠は怒りも、驚きもしなかった。
椅子から立ち上がり、ゆっくりと僕の傍に来て抱き締めてくれた。
「大丈夫だ。君はいい魔法使いになれる」
「でも゛! 魔力が!!」
「君は、私の弟子だろう?」
師匠の腕の中は暖かく、大きかった。それに、それ以上に師匠の言葉は僕にとって救いの以外の何物でもなかった。
一通り彼の腕の中で泣きじゃくり、泣き止んだ頃にはすっかり疲れ果てていた。
そして、決めたことが一つある。
師匠の弟子でいよう。彼の、最も有名と名高い魔法使いの顔に恥じない優秀な魔法使いになろう、そう決めた。
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