第9話 糖分塩分過多とのこと。

「…………」

 ドグはその拳を受けてなお、よろめきさえしたが倒れはしなかった。直ぐに剣を構え、ユウキを睨め付ける。

 一方でユウキは拳を構えたまま動けずにいた。ただ息を吸い、吐き出すだけ。人ができる機能は全て停止してしまったかの様に、まるで身体が言うことを聞かなかった。

「全くさ」

 ドグはユウキの方へ歩み寄る。今、このまま攻撃を受けたら確実に避け切れずに死ぬだろう。だが、ユウキの覚悟は決まっていた。自分はできるだけのことをやったんだと、何度も何度も言い聞かせる。やるべきことはやったんだ。だからもう、いいんだ。

「泣くなよ」

 その言葉でユウキはハッとした。視界がにじんでいたことも、頬に涙が伝っていたことも、こんなにも一生懸命になっていた事を、言われて初めて気が付いた。

 ちくしょう。身体の震えが止まらない。

 ちくしょう。それでもなおこんな事を考えちまう。

「勝ち……たい……」

「あのな」

 ドグは冷たく言い放ち、脇に唾を吐き捨てた。そしてユウキの顔をまじまじと見てから、こう告げた。

「……口、切っちゃったみたいだ」

「……え?」

 一瞬、その言葉の意味がよく分からず、ユウキは固まってしまった。

「言ったよな。『俺に一滴でも血を流させてみせろ。そしたら殺すのを止めてやる』って」

 ユウキは吐き捨てたドグの唾に目をやる。そこには確かに力強い紅が宿っていた。それを認識したならば、身体の奥底から何もかもが混じり合った感情が湧き出して、今度は違う意味でユウキの身体は震えていた。

「お疲れ様。いいよ、ウチに来な」

 言葉が出なかった。情けないうめき声の様なものが代わりに出て、そのままユウキはその場でひざから崩れ落ちた。

「おいおい大丈夫かよ、新入り」

 そのユウキを受け止めたのは人間の姿に戻ったアズマだった。その新入りという言葉が何より心地よかった。

「全く、アンタってホントにバカなのね!」

 そう言って駆け付けたのはフローレンスだった。気が付けば結界は既に解かれていた様だった。

「もう、誰にも馬鹿にされるような真似しないでね。私の看板にキズがついちゃうんだから」

 みんな優しかった。どうしてこんなに優しくなれるのか、ユウキにはまだ理解できそうになかった。本当はありがとうの一つくらい、口にできればいいのに、出た言葉はたったこれだけだった。

「……あぁ」

 その言葉を最後にユウキは意識を失った。

 そして再び目を覚ました時には、ユウキはベッドの上で横たわっていた。窓から見えた外の景色は、陽が沈んですっかり暗くなっている様だった。

 ユウキは恐る恐る確認するがやはり結果は変わらなかった。自分の左腕は肩から消失して消えていた。今は包帯でぐるぐる巻きにされている。和らいではいるが、まだ僅かに痛みがある。

「どこ行っちゃったんだよ、俺の腕は……」

 やり場のない怒りがこみあげてくる。泣いたって、何かに当たったって、この怒りはどうにもできなかった。

「ああああああああああああああぁぁっ………………」

 帰ってこない。父さんも、アイも、腕も。何もかも失ってばかり。

 結局は守られてばかり。助けてもらってばかり。

 どうせ俺は弱者だよ。でもさ、これでも頑張ったんだよ。

 けれど頑張ったんだよって、張った胸がこんな結果なんだよ。

 余りにもみじめすぎる。

「ダセェよな……」

 だからこそ、この腕を失って良かったのかもしれない。この悔しさを一生忘れることができないから。そして、思う。ならドグはどんな経験をしてきたのだろう。

 ふとドアノブをひねる音がして、ユウキは慌てて布団に潜り込む。

「寝ちまったか?」

 アズマの声だった。

「コーヒーだ。苦手か?」

 ユウキは無反応を貫き通す。

「寝てんのか? どうせこんな夜じゃ寝れねぇと思ったんだけどな。まあいい、これは独り言だ。いい香りは気持ちを落ち着ける。気が向いたら飲みな」

 アズマは頬を軽く掻いた。

「まぁなんだ。ここの奴らはお前のことをシバくことはあったとしても、敵になることはないから安心しろ。それに、ドグ隊長の言ってることも正しいから耳を傾けてやってくれよな」

 そう言われてユウキは思い返す。自分が食って掛かった態度をした時の周囲の目線。傍から見れば痛々しいものだったと思う。でも、それでも自分のことを分かって欲しいと思ってしまった。

「冷めてもうまいと思う。気に入らなかったら明日台所に置いといてくれ」

 扉が閉じられてから、ユウキは勢いよく布団をひっぺ返した。ユウキはとぼとぼと机へ向かうと、置かれているコーヒーとサンドイッチに手を伸ばし、かぶりつき、その後コーヒーを流し込んだ。

「甘っ……」

 コーヒーには大量の砂糖が入っているようだった。けれど、泣きまくったせいか喉の奥がしょっぱくなっていて、いい塩梅になっている。

 サンドイッチにかぶりつく。喉の奥が苦しくて、呑み込みづらいけど、これがうまくてつい喉に押し込んでしまった。そして、むせて、コーヒーをまた流し込んで、それが最高に旨くって、涙が止まらなくって。

「ちくしょう」

 水っぽい鼻水が唇へ伝った。またそれも、しょっぱい味がした。

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神の侵攻から人類を守るだけの簡単なお仕事。~GOD×GUARDIAN~ 海 豹吉(旧へぼあざらし) @zyaguchi_hebo

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