第8話 狂気に転身。破断に鮮血。

「いいだろう。その自覚がないヤツは、その先を理解できない奴は、何もしないまま死ねばいい」

 その言葉の後、アズマはドグの傍に寄る。アズマはドグの目の前で立ち止まり、恨めしさを含んだ言葉をユウキへ投げかける。

「ユウキ。お前が選んだ運命、後悔するなよ」

 そしてドグとアズマは同時に黒の手袋を外し、ドグはその手をアズマの肩に手を置いてこう告げた。

「フォーゼ、だ」

 するとアズマの姿は光に包まれて輝きを放ち、次の瞬間にはそこには存在しなくなっていた。ドグはぽつりと言葉をこぼした。

「『夢双』」

 双剣。ドグの手にはソレが握られていた。ソレは双剣にしては大きすぎる刀身をしていて、剣と言うよりもぼこぼこに歪んだ鉄板にしか見えなくて、柄もただ麻布を巻きつけただけだった。仕舞には左右とも不揃いで、無骨で、無作法で、無遠慮であった。そしてドグには余りに似合わなさ過ぎる武器だった。

「初めに言っておくが、これはアズマの姿だ」

 それを聞いてユウキは納得がいった。聖遺物の武器そのものに変化する。アズマを握るとはそういう意味だったのか。

 それにこんなものがドグの聖遺物の姿であれば、ドグ自身が能力の形状に腹を立て、そのまま発狂して死にそうだ。それだけデタラメで、異彩を放つ形状をしていた。

「それ以上は説明しない。この武器の意味も理解しないまま死んでゆけ」

 その言葉の本質も、元々の意味さえも分からなかった。ただ今分かることは、ドグを本気で怒らせてしまったことと、これから本気のドグが襲い掛かって来る事だ。

「バカバカバカバカバカユウキ!」

 後ろから突然聞こえてきた声にユウキは驚く。フローレンスの声だ。

「ホンッッッッッッッッッットにバカねアンタ! 隊長に喧嘩なんて売って、このままじゃアンタ死ぬわよ!」

「いいだろ、これは俺の問題だ」

「……強がっちゃって!」

 フローレンスは大きくため息を吐いてから小さく文句を言う。

「ホントに死ぬんじゃないわよ」

「あぁ」

 死なない確証もなかったが、ユウキは迷いなくそう告げた。むしろ死ぬ確証の方が多くを占めていた。化け物の様な相手を見て、足は震え、胸は暴れるように脈打っている。逃げられるものなら今すぐに逃げたしたい。

 負けだと分かっているなら命を大事にする。これは当然のことだ。しかしながら、命の保証をかなぐり捨てても立ち向かわなくちゃいけない時もある。

『安心してくれ。大丈夫だから』

 また、頭の中に声が響いてきた。そうさ、あの時は魔物とやりあえたんだ。

「なら……できないはずがないよな」

 ユウキは笑みを浮かべた。そしてユウキを後押しする様に頭の中でまた声がする。

『そうだ、お前には『聖遺物』があるのだから』

 ありがとう。ユウキは心の中でそう念じた。一度深呼吸をしてから再び腹に力を入れた。覚悟はできた。後はそれを形にするだけだ。黒の手袋を外し、ユウキは念じる。

「イマジン……!」

 ユウキは腕を背に回すと、何かを握りしめ、在りもしない場所からあたかも剣を引き抜くようにして腕をゆっくりと動かした。するとユウキの手の甲にある傷は輝きを放ち、盾を模した身の丈程ある大剣が手の中に姿を現す。

「行くぞ、『アイギス:ブレード』」

 ユウキは片手で構えたそれをドグへ向ける。

「……『警告』する。俺の能力は『完全防御』! 『この剣が受けるダメージは無効化される』!」

「だからどうした」

 まるで時を吹っ飛ばされたかのようだった。気が付けばドグは目の前にいて、今にもユウキに斬りかかろうとしている所だった。

 刹那、ユウキは太刀筋の読みに全集中を注ぐ。間違いない。首。直撃コース……。

「……受けてみせるッ!」

 鉄と鉄がぶつかり鈍い音がして、そして火花が散った。

 危なかった。間一髪。ユウキはドグの剣を受け止める。その事実を理解して、結果を目にしてようやく息を吸うことが許された。

「ハァッ……ハァッ……!」

 たった一撃。しかもその初太刀。これだけの出来事だけでこんなにも消耗させられるとは思わなかった。そうだ、これからだ。戦いはまだ始まったばかりなのだ。

「残念だ」

 ドグは突然こんな事を口にした。何かを否定しようとするその言葉は、濡れ手で心臓を鷲づかみにされたような気分にさせた。

「今回、お前は『警告』の範囲指定を誤ったんだ」

「……どういうことだ?」

「攻撃を無力化できる対象を『剣』ではなく、『自分』にしておけば良かったものを」

 まだユウキにはその意味が理解できなかった。そしてそのまま立ち尽くしていることが、まるで命を消耗し続けているようで気が気でなかった。

「仕方がない。『警告』しておいてやる。アズマの能力は『威力倍々』。『この武器の威力は倍加される』」

 そう言いながら、ドグはもう一方の剣を振りかぶる。ドグはまだ分かってない様子のユウキを見て失望した様に見えた。だからなのか、ドグはため息混じりでこう告げた。

「なら、『夢双』を『夢双』で攻撃したらどうなるか、その攻撃を受けているお前の『腕』はどうなるか、分かるよな?」

 ハッとして、ユウキがそれを理解し切った時には既に剣が振り下ろされていた。

 待て。そう口にするよりも早く、衝撃がユウキの身体に侵入し、腕の骨を粉砕した。

「……〜〜〜〜ッッッッッツ!!!!」

 現実離れしすぎて初めのうちは嘘が見えているのだと思った。しかし、確かな痛みが脳の中で暴れまわって、これは本当なんだと信じざるを得なくなった。腕の曲がるはずのないところが、折れて曲がってしまっていた。

 余りの痛みにユウキは歯を食いしばったままその場にうずくまった。落としてしまった大剣を拾い上げる余裕もなかった。だらだらと汗を垂れ流し、真っ赤に腫れた腕を滲む視界で眺める事しか出来なかった。

「そのまま首を落としてやろうか?」

 その冷酷な言葉でユウキはようやく顔を上げた。

「これをただの試験だと思ってないか? 殺されないと思ってないか? ……だから反応が遅れる」

 その通りだ。そして逆もまた然り。ユウキがドグを殺さない保証もない。だからこその真剣勝負だったんじゃないのか。言い返すこともできない。

「痛がってばかりじゃなくて、何とか言ってみたらどうなんだ?」

「まだだ……まだやれるさッ……!」

「なら死ね」

 剣を拾う余裕もなかったからと言えば嘘になる。ただ、その時はその選択肢ししか浮かばなくて、その機能しなくなった腕でその太刀から身を守ろうとしてしまったんだ。

「……え?」

 気が付けた時に見えた光景は、二つの刀がユウキの腕を挟み込む寸前のものだった。血の気が引く。この次に起こる出来事が容易に想像できる。

「ぶっとべ」

 ごり、と身体から変な音がした。その次に自身の腕の辺りがやけに温かくなって、感覚が無くなって、ようやく理解した。自分の腕が吹っ飛んで消えたことに。

「俺の……腕は……」

「目は覚めたか?」

 覚めたどころでは済まなかった。頭が真っ白になるとはこう言うことなのだと、ユウキは生まれて初めて理解した。いや、それ以上に真っ白にしたくなった。今起きた出来事を、全て無かったことにして、忘れてしまいたくて仕方が無かった。

「あ……ああああッ……!」

 遠くに横たわる腕を見て、本当にソレが死んでいることを理解した。冷や汗が止まらなくなった。今すぐ頭をかきむしって、大声で叫んでしまいたかった。

 あと一歩。あと一歩だけでも踏み込めば自分の精神を崩壊させられる自信がある。気が狂いそうなのを必死に、必死に抑え込む。

「ドグ・ヴァンダミアンッ……! 貴方には失望しましたッ!」

 柄にもなく、場外からフローレンスが大声でまくしたてた。

「どうしたのかな?」

「いくら何でも、やり過ぎよ……!」

「情が移ったか? 天才くん」

「……情も何も無いわ。ただ、そこまでする必要がないって言ってるの!」

「そんな考えだからキミはユウキなんかに助けられたんじゃないのか?」

「……ッ!」

「キミの周囲がそうだったからなのか知らないけど。考えが甘い。俺はユウキにも告げただろ。弱者は嫌いだ」

「訂正しなさい……私は天才よ。あとね、ユウキは弱くない。決してね……!」

「……そうか。証明を望むなら今すぐこっちに来たらいい。殺してやろう」

 その挑発に対し、フローレンスは言われなくてもそうしてやりたいと思っていた。けれどもそれはできるならの話だ。澄み切った純度の高い殺意。あの瞳に見つめられるだけで身体が震えあがってしまう。足がすくみ、震え、気が付けばその場に座り込んでしまった。

「口だけか」

 フローレンスは歯噛みする。その一言だけで決めつけられてしまうのが悔しくて仕方がなかった。ドグには敵わない事くらいフローレンスも分かっている。それはユウキだって同じことだ。

 ……でも、それでも、ユウキを推したくなるのは何故だろう。ユウキを否定されたくないと思ってしまうのは何故だろう。ドグには無い、ドグを超える何かがユウキにはあるのだと何故だか信じたくなってしまう。

 でもそれが口にできない。言い表せない。吐き出せない感情を喉でくぐもらせて唇を噛む。

「ありがとう……フローレンス……」

 ただ、その感情をユウキは何となくだが受け取った。とめどなく肩から流れる血を無視して、再びユウキは立ち上がる。残った腕で剣を取る。

「…………呆れたな。まだ戦うのか?」

「あそこまで言われて……戦わない訳にはいかないからな……」

 ドグはため息を吐いた。

「全く、弱者に希望を課すから死ぬんだ。希望が芽吹くことを思い描く、それはエゴだ」

 そうかもしれない。けれども、ローズは分かっていてもそうしなければならなかった事情があるのかもしれない。ローズがエゴだと分かって自分に何かを託したと信じたい。だって、何故なら……。

「でも、それでもッ……ローズさんは俺を好きだって言ってくれたんだッ……!」

 ドグの表情が一瞬だけ変わった。それは直ぐに平静を取り戻したが、驚いたように見えた。ユウキは構わず言葉を続けた。

「そうさ俺は弱者だ。その通りだ。けれど、ローズさんは托してくれた。俺にしか出来ない事があるなら、俺にもやらしてくれよッ……!」

 そうだ、たったそれだけのことだったんだ。もう、これ以上自分から何かを奪わないで欲しかっただけだった。父親やアイに続いて、自分を愛してくれる人を、聖遺物の力を失いたくなかった。これ以上この世界の中心から自分の存在を遠ざけて欲しくないだけだった。

「エゴだって分かってるさ。自分勝手だって分かってるさ。けれどもさ、自分にある程度の資格があって、それを全身全霊でやりたいって言うならさ、頑張らさせてくれよ!」

 そうだ、端的に言うならば。

「俺は今きっと、生きる理由を知って生まれ変わったんだッ!!」

 ドグは無表情のままそれを聞いていたが、ついに口を開いた。

「……なら、お前が本当にガーディアンに入隊したかったとして、頭ごなしに拒否されたらどうするつもりだった?」

「意地でも入れてくれと頼み込む」

「俺なら否定する奴の首を撥ねる」

 ユウキは唖然とした。

「お前にはその考えも、本気さもない。だから俺はお前を必要としない」

 そうだ。ユウキは歯噛みする。自分の甘さを再認識する。

「いいか。真面目になる必要はない。自分を守るために言い訳をするなってことだ。自分が自分である為にどうするべきか、そう考えたなら」

 ドグは剣を再び構え、ユウキの方へ向ける。

「身体が勝手に動くはずだ」

 またドグはユウキに急接近する。ぎらりと光る刃がユウキの目前を走るが、ユウキは何とかその攻撃を受け止める。

「また自分のことを守ってばかり」

 ドグはユウキを蹴とばす。ユウキは無残にも勢いのまま転げてしまう。見れば吹っ飛ばされた跡が血により、掠れたインク切れの筆で描いたみたいな線が床に引かれていた。なんだかもうどうでもいいやって思いたくなる。

「いいのか? このままじゃ、またお前は失ってから気づかされることになる」

 うるせぇよ。

「オレも大勢の人は守れない。けれど、その力を自分可愛さゆえに自身へ向けるなんてことはしなかった」

 だから何だよ。

「お前は守られたいだけだ。助かりたいだけだ」

 だからそんなことが何だってんだよ。

「お前は相手に向けるべきその強さを、たった一人、自分にだけ向けちまう情けない奴なんだよ!」

 言いたいことばっかり言いやがってさ。

「黙ってばかりじゃ分からない。ホラ、立ってみせろよ」

 でもさ、なんだか分かっちまう。分かるんだ。きっとこの人は誰かに何かを伝えようとしているだけなんだ。

「今度は右腕だ。ギブアップするか?」

「ダメに……決まってる」

 この腕に宿る聖遺物だけは、絶対に離したくない。そう思った時に、自然とこんな問いが頭に浮かんで、気が付けば口にしていた。

「ドグさん。アンタは弱者が嫌いだと言いましたが……」

 この問いに答えてくれなんて望まない。ただ人としてドグに聞いておきたくて、ありのままの想いをユウキはドグへとぶつけたんだ。

「……ドグさんも失敗したことはありますか? うまくいかなかったことはありますか?」

 ドグは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間には笑みを浮かべていた。

「あるよ。ゴマンとね」

「なら、俺も戦わなきゃ。絶対に勝たなくちゃ……!」

「いいのか? このままやるとなれば……殺すぞ?」

「あぁ、殺してみろよ!」

 その後はしばらくドグの猛攻が続いた。ユウキも守るのが精いっぱいで、守って、守って、守って、守ってばかりで、全く反撃する暇がない。化け物じみて強い。

「ちくしょうがッ……!」

 でもいいじゃん。

「防戦一方……良いのは威勢だけか?」

 言わせておけばいい。

「俺は……俺はッ……!」

 ドグが横に剣を振りかぶったその瞬間、ユウキはあろうことか大剣を地面に突き立てた。

「この力でみんなを守るんだッ……!」

 ドグの横からの攻撃は、地面に突き立った『アイギス:ブレード』に受け止められる。そしてユウキは失った腕を振るい、ドグの顔に鮮血を浴びせる。

「……ぐっ?!」

 ドグは直ぐに血を拭って目を開く。それと同時、ドグの顔に迫る何かがあった。

「これでイっちまえよ……ドグ・ヴァンダミアンッ!」

 ユウキの言葉とともに、鈍い痛みがドグを襲う。やっと届いた。ユウキの裸の拳はドグの顔に突き刺さっていた。

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