第7話 不採用。
「不採用」
ユウキをその言葉で一蹴した男はワインレッド色の皮でできたソファーにうなだれるようにして座っていた。何というか、出会って間もない関係の人に晒す姿ではないし、そんな態度で査定するものでもないし、とにかくこの男は舐め腐っているとしか言いようが無かった。
突然のことで何の事だと思うだろうが、結界を抜けたユウキとフローレンスはローズに連れられ、この男に紹介させられることになった。到着した事務所とやらは必要最低限のものだけが準備された殺風景な所だった。事務用の机と椅子と、応対用のソファーだけが置かれていた。絵も観葉植物もそれどころか時計すらも無かった。ついでに言うと茶も出なかった。
そしてユウキが名乗るよりも、ローズが口を開くよりも早く、この男は開口一番にそう告げたのだ。不採用だと。ユウキの背後ではフローレンスが笑いをこらえている。とんでもなく腹立たしい。
「……どうして不採用なんですか?」
不機嫌そうにユウキは問いかけるが、彼は無視をした。
しかしこの男、独特な風貌をしている。クセひとつ無い真っ直ぐな黒い髪。緋色の鋭い目の前には銀縁メガネが被さっている。そしてシワ一つ見えない黒地のシャツを着て、わざわざ線を描いたんじゃないかと思うくらいしっかりと折り目が付いた白いズボンを穿いていた。ここまでは優等生の様な見た目なのに、片耳にはこれでもかという程、びっしりと黒いピアスが付いていた。ピアスを付けているから不良だと言う訳ではないが見た目と反するためか悪目立ちする。
「ローズさん」
男は深いため息を吐いてから、めんどくさそうに懐をガサゴソとまさぐると、ライターと棒付きの飴を取りだした。そして袋を剥がして飴を口に入れ、棒の先端に火を付けた。すると棒の先端はメラメラと燃え出した。そして、男は煙草を吸う要領で息を吸い込んだなら、飴は棒ごとスポンと勢い良く口の中に吸い込まれて消えた。すると男はこの世の終わりみたいな顔をした。
それからは大変だった。男は嘔吐いて慌てて飴を吐き出すと、苦しそうにゲホゲホとしばらく咳き込んでいた。再び彼は振り向くと少し涙目になっていた。
「…………俺は疲れているんです」
「……今ので良く分かったよ」
ユウキは思った。たぶんこいつは天然か馬鹿なのだろう、と。
「分かったなら、俺に訳の分からない子供を押し付けようとするのをやめてくださいよ」
「でも、この子は聖遺物を所持している。そしてこの九龍地区の責任者はドグ隊長、アナタでしょ?」
ドグ・ヴァンダミアン。それが彼の名らしい。濁点が多いごつごつとした名前にしては、随分とスマートな姿格好をしている。本人こそ、その名前を気に入っているのか分からないが、似合っていないのは確かだ。だから平然とこんな捻くれた言い方をするんだとユウキは勝手に解釈した。
「コイツはいいヤツかもしれません。けれどガーディアンとしては使えない。以上です」
まるでお友達にはなれるけど恋人にはなれない、そう告げられたのと変わらない気がした。やんわりと残酷な宣告をされてユウキは内心傷付いた。
「でも彼の聖遺物はかなり強力よ」
「使えるかどうかは俺が決めます。俺はまだその能力を目にしていません。俺は自分の目で見たもの以外信じられないので、ありのままの彼を見て感じた事だけで査定しました。だから不採用なんです」
そう告げてドグはけだるそうに加熱式の電子タバコを取り出した。フィルターを加熱器に取り付けたなら直ぐ、かぶり付くようにそれを咥える。そして何故かそれにライターで火を付けた。
加熱器はぶすぶすと焦げ臭い煙を放つ。ドグ本人はその時は気付かずタバコを吸い続けたが、加熱器がぶっ壊れてしまったのはまた別のお話。
ドグは一服目を深く吸い込み、しばらく考え込んでから、ため息と一緒にそれを吐き出した。
「……いくらそれがレッドガーディアン統括の指示であってもね」
「なるほどなるほど」
ローズは真顔でふんふんと頷いた。
「なら査定したらどうかな?」
ドグはまた煙草を深く吸い込んで間を作った。そしてこう告げた。
「それは、原典の意思ですか?」
「原典の意思なら従うのかな?」
「…………いいですよ。やりましょうか」
ドグは気だるそうに腰を上げると、椅子にだらりとかけられていた白のスーツを乱暴に取り上げて肩にかけた。
「ユウキとやら、ついて来い」
「ちょっと待って下さいよ」
「待たない。以上」
ユウキの言葉は一蹴されてしまった。ドグはその言葉だけを残して部屋の出口の方へすたすたと歩き出す。
「アズマ。お前も来い。握らさせてもらう」
「ハイ」
部屋の入り口にいる男が真面目と不真面目の中間くらいの温度で返事をした。彼はレッドガーディアン副隊長のアズマ・リクだ。髪の毛はぼさぼさのままで、顔は無表情を貫いていた。
その隣には部下のタカナシ・イズミがいて、彼は退屈そうに茶色の髪をいじって遊んでいた。だが、イズミはドグとアズマのやり取りを見てから、何か名案を思いついたような顔をした。そして今にもくだらないことを口にしそうな悪戯っけな表情をした。
「ドグ隊長の言いつけになすすべもなく従い、ナニを握らさせられるアズマさん……二人の間にはいつの間にか愛が……!」
そんなことを呟くイズミをアズマは容赦なくぶん殴った。
「バカかお前は」
「い、いったぁー! 酷いっすよアズマさん、パワー系のハラスメントっすよそれ!」
「モラハラされた俺にかける言葉か、ソレは?」
「ボクは事実を摘発したまでなんすが」
「妄想で挑発しただけだろ!」
「ひええ。先輩が恫喝してきます……ローズさんこの職場は風通しがよくありません……!」
イズミは瞳を潤ませてローズの方を向いた。負けじとアズマもローズの方を向く。
「俺もこんな後輩うんざりですッ! ローズさん、こいつを地方へ左遷させてください!」
「仲良しだねえ二人とも」
ローズは二人とは全く異なる、遥か彼方へ視線を向けていた。
「ローズさん?! 遠い目をしてそんなことを言わないでくださいよ! 嫌ですよ俺、こんなのと一緒に過ごすの!」
「そうやって都合が悪くなったパートナーはそうやって冷たくあしらってるんっすね。アズマさんの爛れた関係が垣間見えました」
「なんてこと言うんだお前は! 十割お前のせいだろうが!」
「こうやってこの人は認知もせずに棄てるんっすね。酷い……」
「お前は俺の何なんだよ!」
必死にボケにツッコミをし続けるアズマ。あまりに長く感じたのかドグは気怠そうに一言、こう言い放った。
「アズマ」
「す、すいません!」
呼びかけられたアズマは慌ててドグに付いていく。するとそれを見たイズミはユウキの方へ向かい、神妙な顔をしてユウキに耳打ちをする。
「アレ、見たかい?」
「……え?」
「暴力系彼氏と依存症系彼女の関係性みたいだなって」
ユウキはそれ以上、イズミに耳を貸さなかった。
それから皆は部屋を出て、昇降機(エレベーター)に乗り込んだ。狭い空間に全員がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、数分すると目的地に到着した。昇降機のドアが開くと目の前にはだだっ広い空間が広がっていた。中央には円状に土づくりの場が形成されていて、天井には屋根らしきものが吊るされている。その周囲には観客席の様なものが準備されていて、その境界にしめ縄が周囲に張り巡らされていた。
「……ここは?」
「地下闘技場だ」
ユウキの問いにドグはそれだけ口にし、観客席を押し分けるようにどんどん先へ進んでしまう。そしてしめ縄の中に入るとアズマとユウキを指で呼び、二人はそのまま一緒にしめ縄の中へ歩を進めた。
「ここから先はアズマとユウキだけ来い。それ以外は……」
ドグは腰ベルトにあるホルダーからカードを数枚取り出すと、そのカードは紅い焔に包まれる。そしてその背後には、ローズの背後にも出現した石板があり、石板の彫りからは紅い液体がこぼれだした。
「結界の外にいろ」
その言葉と同時、しめ縄から円状に炎が噴き上がる。それは上昇、結合、半球を象り、結界は瞬く間に構築された。
「さて」
ドグは白のスーツを着正してからユウキの方へ振り向いた。そして端的に、かつ淡々としていて、信じがたいがこんな事を口にしたんだ。
「お前を殺すか」
何かのついでと言う様に、ドグはユウキへそう告げた。その後訂正も言い訳もしない辺り、ドグは大真面目なのだろう。ユウキを本気で殺すらしい。
「……どうしてですか?」
その問いにドグは答えてくれなかった。その代わり、意味不明な事を聞いてきた。
「ビデオゲームをやったことはあるか?」
「………………確か、ね」
ユウキは曖昧な返事をした。
「なら話が早い。ならこう思わないか? ロールプレイングゲームで、人間の国が魔王に攻められているとき、国王はどうしてレベルの低いカスみたいな子供に魔王を倒せと言うんだろうってさ」
「まぁ、そうかもしれないですが……」
「だろう? 俺はさ、そういうのは嫌いなんだ。才能あるガキを時間をかけて育てるより、できる大人に任せればいい。可能性より現実を取る。俺はそういうタチなんだ」
そしてユウキを睨め付けてこう告げた。
「だからお前はこの時点でレベル百じゃなかったら殺す」
滅茶苦茶な理論だと思った。
「……馬鹿言ってんじゃねぇよ」
ユウキも思わず敬語を忘れ、怒りのままにドグを睨め付けた。
「じゃあこうしよう。俺に一滴でも血を流させてみせろ。そしたら殺すのを止めてやるさ」
「随分と譲歩してくれるじゃねえか」
「かすりもできないと分かっているからな」
ユウキは呆れにも、怒りにも捉えられるため息を吐いてからこう告げた。
「分かった。分かったよ。何言っても無駄なんだよな……でもさ」
「やめろユウキ」
アズマが制止をかけた。しかしユウキはそれを無視した。これだけはハッキリと口にしておきたかったからだ。
「さっき言ったアンタの例え話だけど、やっぱり俺は共感できない」
ユウキはローズの顔を思い浮かべる。そうすると何だかふつふつと腹の中に感情が沸き上がり、自分の中の何かが駆り立てられる。ソノ人の顔が浮かんだなら、ソノ人がしてくれたことを否定されたなら、いてもたってもいられなくなって、気が付けばこんな事を口にしていた。
「アンタは間違っている。希望を持ってそれを託してくれる人がいるなら、弱くたってやってみるべきだと思う」
その言葉を耳にしたドグは俯いて深いため息を吐いた。そして顔を上げるとユウキをきつく睨め付けた。
「黙れ。カスはカス。弱者は弱者のままだ」
この時点でドグは直視できないほどの殺気を放っていた。肺を突き破りかねないほど、鋭利な空気がこの空間には満たされていた。しかしユウキはそれに屈するつもりは毛頭なかった。
「ならよ。俺が何なのか、ローズさんの言った通り査定してみろよッ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます