藤色の雲が晴れるまで、
野田 琳仁
藤色の雲が晴れるまで
今は、彼女の事を忘れる為の旅の途中で、とある県のとある
はあ……、と溜息を吐き、下を向きながらこの
ドンッ……。
ぶつかった。相手が持っていたコンビニエンスストアのビニル袋からペットボトル飲料やお
「痛てて。あ、すいません。」
いつもこうだ。人とぶつかった時はいつも相手に先に謝られる。自分も先に謝ろうとしているがボーッととして居ることが多く、口と体が即座に動かない。
「こちらこそすいません、僕がボーッとしていたから……。あと、弁当ぐちゃぐちゃになっちゃって、本当にすいません。」
地面に落ち、ぐちゃぐちゃになった弁当と一部分が
◇ ◇ ◇
その後は、温泉町の風景を見たり撮ったりしながら町を歩き、自分が泊まる旅館へと向かう。
旅館の部屋は、よくある様な旅館の和室で間取りは六畳と少し狭い気がしなくも無いが、悪くは無い。部屋に風呂は無く、大浴場で温泉を楽しめる。
「ふぅ。」気持ち良い。“温泉”それは、今日あった事を忘れるのには最適だ。今日あった事を水では無くお湯に流せる。しかし、どうしても二年前の事を忘れる事は出来なかった。
ドンッ。
ぶつかった。今日は二回目だ。風呂上がりにぶつかるとお湯にか流した筈の事を思い出してしまう。「最悪だ……。」そう思いながらも顔を上げる。
「すいません、ぶつかっちゃって。あれ……。」
今度は先に謝れた。温泉に入って頭が冴えているのだろうか。しかしこの人、どこかで……。
「いてて、こちらこそすみません。いやー、今日はよく人にぶつかるなぁ……。あれ? あなたって、今日昼間にぶつかった……人、ですよね?」
「あ! あの時の! 昼間は本当にすみませんでした」
「いえいえ、こちらこそすみませんでした。お怪我とかはありませんでしたか?」
昼間は落ちていたビニル袋を拾って直ぐに行ってしまったので良い印象とも悪い様な印象とも言えなかったが、思ったよりは良い人だ。そんな事を思いながらも落ちている写真を拾い目の前の女性に渡す。
「山、お好きなんですか?」
「え? あ、はい。山は写真を撮るのも登るのも好きです。」
「旅行客だったんですね。コンビニの弁当を持ってたからここの人かと思ってましたよ。あ、そうだ弁当だ、昼間は本当にすみませんでした。あの弁当ぐちゃぐちゃにしちゃって。」
「あ、いえ、あれは元々混ぜて食べるやつだったんで、大丈夫ですよ。手間が省けた見たいなものですからね。」
「あ、そうなんだ、ならよかった。あ、そうだ! 明日、僕も山登るんですよ。」
「へぇ、あなたも山好きなんですか?」
「いえ、僕は山と言うよりは雲です。空の雲。」
「え! 雲ですか? 雲かぁ、特に意識して見た事無かったけど確かに山から見た雲は凄い綺麗でしたよ。」
そんな話しをしながらも、自分の泊まる7号室に着いた。
「あれ? あなたって何号室ですか?」
「私は、6号室ですけど、あなたは?」
「7号室です。まさか隣とは思ってませんでしたよ。」
「ふふ、そうですね。ではおやすみなさい。明日、晴れるといいですね。」
「そうですね。おやすみなさい。」
◇ ◇ ◇
ピピピ ピピ……
旅の鞄に常時入れているアナログ式の目覚まし時計の音で起きる。時計の時刻は7:31朝食の時間までは少々時間があるので、スマートフォンのタイマーで二十五分にセットして二度寝に入る。そして、起きると時刻は7:55。タイマーの音より二分程早く起きたようだ。
身支度を整え、朝食を食べる為に部屋を出て、旅館内の食堂へと向かう。
「あ、おはようございます。」
食堂に着き早々自分に挨拶をして来たのは、昨日の女性だった。自分は「おはようございます。」と返してテーブルに掛ける。
「あの、昨日山に登るって言ってましたよね?」
突然に質問をされた。そう言えば、昨日の夜の会話を思い出すと、ぶつかった女性は山が好きだと言っていた。
「何処の山に登るんですか?」
「はい? あぁ、確か……
「日和山ですか! 私も、日和山に登る予定だったんですよ! もしよかったら、一緒に登りません?」
「え? あぁ、はい。良いですけど」
何故だか、少しばかりか懐かしいような気もするが、それは気にしない事にするにしても、まさか、一人旅の最中に誰かと一緒に山に登るなんて思っても見なかった。
「普段、山って登らないんでしょう?」
「えぇ、登山なんて中三の頃に家族と登って以来初めてですよ。僕は今20歳なので六年ぶりになります。」
「あ! じゃあ、同い年なんですね。私、今度の11月に21歳になるんですよ。……で、なんで山登ろうと思ったんですか?」
「えぇと……まぁ、雲ですよ。雲を見たいんです。」
山に登ろうと思った理由、山から雲を見たかった。と言ったものの、実家も住宅街ではあるもののそこそこ標高のある土地にある。まぁ、雲を見たいと言う理由も嘘では無いが少し懐かしい様な感覚を持ちたかったと言う気持ちがおそらく大きくはあるのだろう。
「そう言えば、名前聞いてませんでしたね。名前。」
「あぁ、そう言えばそうですね。僕は、
「あれ? えぇと……もしかして、私と中学って同じだったりしません? 私、
「え⁉︎……」
中学? 川原景……確かに居た。中三の頃に同じクラスだったが、自分は同窓会に顔を出して無い上に地元の成人式にも行ってない為、中学の同級となんて殆ど会ってない。勿論、川原にだって会ってない。
「川原って、この川原?」
自分のスマホを取り出して“景”と言うLINEのアカウントを指差して見せる。すると、自分の目の前に居る川原は「やっぱり‼︎」と言いながら、自分のLINEのアカウントを見せて来た。
「……いやー、まさか旅の途中に中学の同級に会うなんて思っても見なかったよ。」
「そうだね、まさかね。」
旅で中学の同級に会うなんて、しかもそれを知らずに一緒に山に登っているとは。少しばかりか懐かしい様な気がしていたがその正体がまさか中学の同級だとは本当に思っても見なかった。そして、この時初めて世間ってものは狭いものだと深く感じた。
◇ ◇ ◇
――いや、まさか山巡りで沢戸に会うとはねぇ……成人式にも来なかったからなぁ、沢戸。
「なぁ川原? 川原って、山好きだったっけ?」
「うーん、そうだねぇ、ずっと好きだったけど中学の頃は友達にも言ってなかったからなぁ。でも、沢戸は中学の頃からずっと雲好きだよね」
「え――覚えてるの⁈」
あれ程あからさまに表に出していたあの沢戸を大人になってからでも見たら十中八九思い出すだろう。少なくとも、沢戸の事をどうでもいいと思っていた奴らじゃなければ、私がオバサンにならない限りは思い出すだろう。
「だって、あからさまに好きだったでしょ、雲。休み時間は窓開けて、『今日の雲はどうだー?』って言っていっつも、空見てたでしょー」
「よくそこまで覚えてるな……はぁ、はぁ、それにしても、疲れたー」
疲れた? まだ1時間も登って無いのに?
「沢戸って体力ないの? 十分くらい休憩する?」
「あ、あぁ。そうする。」
沢戸は鞄から水筒を取り出してその中身を口に含む。飲み込むと「ふぅ……」と息を吐き、空を見上げる。
「雨降るかもな」
「え? 天気予報では雨マークはなかったけど、なんで?」
「うーん…………なんて言うかなぁ、感覚?」
「自分でも分からないの?」
「まぁ、毎日こうやって雲見てれば少しくらい予想できるようになる……と思う…………」
雨、か。…………あ、そういえば………………雨具忘れた。
◇ ◇ ◇
ようやく山頂に着いた。登り始めてから大体2時間半くらいだろうかいや、もう少し短い。普段からあまり運動をしないためか大分疲れた。そんな自分とは裏腹に、川原には疲れた様子は無い。やはり慣れているのだろう。川原はあまり危険な山には登らないらしく、殆どこのような7〜800mの山にしか登らないらしい。勿論、富士山のような日本一の山には登ると登頂中に話していた。
「さわどー」と呼ぶ声が聞こえたので、疲れて地面を眺めていた自分の顔を上げる。目の前に広がる崖の下に自分が3時間程前まで歩いていた温泉街や、その近くの湖、それを取り囲む森までもが一望できた。
「どう? 沢戸、山頂からの景色は」
「そうだなぁ、色々あるけど――なにより、空が近い」
◇ ◇ ◇
「結局雨降らなかったね」
「そうだな、それにしても――」
と、このような雑談をしながら、昼食の海鮮丼を頬張る。
「ね、沢戸ってどのくらいの頻度で旅行してるの?」
「頻度か、うーん、時間とお金さえあれば行くから、ちょっと長い休みの時はよく行ってるな」
よく行ってるとは言ったものの、自分はよく節約をするのでそんな休みの度に毎回行ってる訳ではない。
「そう言えば、なんで旅行してるとかの理由ってあったりする?」
そう川原に訊かれた途端、色々な記憶が鮮明に蘇ってきた。「あ、いや、無いなら別にいいよ」と川原は手を出して、その手を横に振る。
「いや、ある、けど……」
理由は、在る。間違いなく在る。ただ、それを他人に打ち明ける程の勇気なんて云うモノは明らかに僕には無い。
◇ ◇ ◇
昼食も食べ終え、スマートフォンの気象予報アプリで、生配信の気象予報を見る。このアプリはよく見るという訳では無いが、偶に見るのが割と好きだ。自分の住む地域の予報に入る。
(この地域では、広い範囲でパラパラッと雨が降るかもしれませんね。一部では、朝頃まで続く所もあるようです。一応傘を持っておいた方がいいかもしれません……)
――やっぱり、雨、降るんじゃん。でも、今は晴れてる。
藤色の雲が晴れるまで、 野田 琳仁 @milk4192
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