第4話 相思相愛の純愛

(もしかして、キスしようとしてたところ見られてたのか!?)


 屋上だと人目につかないと思って選んだのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。

 「学校」という聖地は風紀委員のテリトリー……敵陣で不埒なことは出来ないようだ。


 顔が熱くなるのを感じながら、秀一しゅういちは立ち上がる。

 まあ、灼熱の太陽に照らされているので、最初から火照っているのだが。


 しゃがみこんだままの宮子みやこに、手を差し伸べる。


「立てるか?」

「うん……ありがとう」

「ちょっとあなた達、こんなときにまでイチャイチャしないでください!」

「イチャイチャなんてしてねえよ!」


 まったく失礼な話である。

 へたり込んだ女の子に手を差し伸べることの、どこが「イチャイチャ」だというのだ。


 秀一は苛立ちを隠せないまま、風紀委員・伏見ふしみ姫華ひめかと相対する。


「イチャイチャしてましたよね? もし私が通りかからなければ……その、キス……しようとしてました、よね……?」

(通りかかった……?)


 どうして姫華は屋上まで足を運んだのか、秀一は疑問に思っている。

 普通屋上には誰もいないので、風紀委員の巡回コースからは除外されていると思うのだが。


 いや、「誰もいない」という共通認識の裏をかいて、巡回していたのだろう。

 そうなってくると、この伏見姫華という女は策士なのかもしれない。


「確かにキスしようとしたけど……」

「学校での不純異性交遊は禁止されています。反省しなさい!」


 確かに学校で宮子にキスさせることは、良くないことだと秀一は分かっていた。

 だがそんなふうに頭ごなしに叱られると、反省したくなくなってくるのはどうしてだろうか。


 たった今目覚めた反骨精神と、そして持ち前の頭脳を活かし、秀一は毅然とした対応を取る。


「そんなの校則に書いてたのか? 書いてあるなら遵守するけど、そんな項目なかっただろ」


 校則は生徒手帳にびっしりと書かれているのだが、秀一は手帳をもらった直後に完読している。

 不純異性交遊を禁ずる項目など、なかったはずだ。


 姫華は生徒手帳を確認するまでもなく、ドヤ顔で頷く。


「確かに『校則』には書かれていませんね。ですが生徒手帳の15ページを開いてください」


 そのページには「県立薬師やくし高校生としての心得」という、校則とは別枠の決まりごとが書かれてある。

 そこには「交際」の項目があり「異性との交際は、いついかなる場合も節度を守り、責任と自覚を持ち、他人から誤解を受けることのないように注意しましょう」とあった。


「これは校則じゃないだろ。罰則規定なんてないから、遵守する必要はない」

「あります! 私達の仕事は『学校の風紀の乱れを抑制すること』です。ですからあなた達のような不純異性交遊を取り締まる義務があります。ですから私達の指示にしたがって──」

「──わたしの恋は、不純なんかじゃないッ!」


 宮子は突如、今まで聞いたことのないくらいの大声で叫んだ。

 やまびこが響き渡っており、秀一も姫華も驚きを隠せない。


「す、末広すえひろさん……?」

「わたし、しゅーくんとは小学校の頃からずっと一緒だった。いっぱい遊んだし、男の子にいじめられたときも身を挺して助けてくれた。頑張って勉強してる姿を見て、わたしもいっぱい勉強した」


 宮子はどうやら、秀一との思い出を語っているようだ。

 自分たちの行為が「不純」ではないことを証明するために──


「それに、クラスのみんなから『運動音痴』ってからかわれてるけど、それを改善するために毎日ランニングしてた。熱中症になってまで、頑張って努力してきたの!」


 どうやらランニングを始めた動機は、宮子には筒抜けだったらしい。

 流石は幼馴染、以心伝心の関係だ。


(でもおかしいな、誰にも言ってないはずなのに)


 だが、たとえ浅ましい動機だとバレていても、宮子は変わらず秀一に寄り添っている。

 秀一はそれを嬉しく思った。


「しゅーくんはカッコいい! だからわたし、しゅーくんのことがずっと好きだったの! カノジョになりたい、お嫁さんになりたいってずっと思ってたの! だから不純だなんて言わないでッ!」


 宮子の気持ちを聞いて、秀一は胸が締め付けられるような思いがした。


 そう……宮子は最初から、秀一を好きでいたのだ。

 わざわざ告白成功率を確かめるために、「キス魔王」として行動しなくても良かったのだ。


 宮子の純粋な心を利用したようで、秀一は申し訳なく思う。

 だがそれ以上に、好きだった相手と相思相愛だったという事実を知れてとても嬉しかった。


「そ、そんなの嫌……いえ、認められないですよ! 現に、あなた達はちゃんと付き合っているのですか? まだ付き合っていないんですよね!」


 姫華の指摘通り、今の秀一と宮子は彼氏彼女の関係ではない。

 ただの幼馴染だ。

 それは「カノジョになりたい」という宮子の言葉から、容易に類推できるはずだ。


 宮子はうつむき加減になり、何も言えずにいる。

 唇を噛み締め、スカートの裾をギュッと握りしめている。


「──いいや、俺たちはたった今から恋人になるんだ」

「しゅー、くん……?」

「なっ……」


 秀一は宮子の小さな右肩をポンと叩き、姫華に向かって宣言する。

 そして宮子の両肩に手を乗せ、目線をしっかりと合わせた。


「宮子、俺はお前が好きだ」

「あうっ……!」


 宮子は顔を真っ赤にしながら、秀一から顔を背ける。

 だが「俺の目を見てくれ」と秀一が優しく囁くと、まっすぐ見つめ返した。


 宮子の目は潤んでおり、見ただけで心拍数が一気に上がってしまう。

 しかし告白成功率が100パーセントだと判断した秀一にとっては、告白に何の支障もない。


 優等生たる秀一は、確実な勝機を逃すことはありえない。


「宮子はいつも俺の傍にいてくれたな。勉強してる時はちょうどいいタイミングで差し入れを持ってきてくれた。怪我をしたときも、熱中症になったときも、いつも助けに来てくれた。俺が努力できたのも、全部宮子のおかげなんだ」

「そう、なんだ……良かった……嫌がられたらどうしようって、ずっと思ってたの……」

「嫌がるわけがない──今まで支えてくれてありがとう。俺も一緒に支えていくから、恋人として寄り添いたいんだが……どうだろう?」

「ううっ……うわああああああんっ……やっとわたし、しゅーくんの恋人になれたんだねええっ……!」


 泣きじゃくる宮子に抱きつかれた秀一は、彼女の背中を優しく撫でる。

 腰まで伸ばされた髪の触り心地と、そして宮子の温かさが手のひらに伝わる。

 宮子の甘い香りが鼻孔をくすぐり、甘美な気分となる。


「ふ、不潔よ不潔……こんなの、ありえないっ!」


 秀一の告白を黙って聞いていた風紀委員・伏見姫華は、捨て台詞とともに走り去った。


 秀一と宮子の邪魔するものは、誰もいない。

 澄み切った蒼穹と、真夏の太陽が、二人の恋愛成就を祝福してくれている。


 抱き合っていた二人は、一度離れる。

 宮子は恥ずかしそうに目を背けながら、言った。


「あの……今度はしゅーくんからキス、して……? いつもわたしからだったでしょ……?」


 そう……秀一は宮子の意思を尊重するため、常に「誘い受け」を心がけていたのだ。

 もし自分からキスして嫌がられたらどうしようと、ずっと思い悩んでいたのだ。


 だが、今はもう違う。

 秀一と宮子は晴れて恋人となり、なおかつ宮子はキスを望んでいる。


 秀一は勇気を振り絞り、宮子の小さな唇を塞いだ。


「ちゅ……ん……はあっ……」


 秀一は宮子を抱きしめ、宮子の唇に舌を這わせた。

 宮子が甘い声を上げながら口を少し開けたところで、舌を口の中に入れる。


 この暑い日に、宮子とのキスはあまりにも甘美だった。

 秀一は舌を動かし、甘い唾液で水分補給を試みる。

 舌と舌が絡み合うこと、そして相思相愛の相手との行為は、秀一にかつてないほどの快感と多幸感をもたらした。


 ──しばらく濃密なキスを交わした後、二人は唇を離す。

 宮子は名残惜しそうにしていたが、それは秀一も同じだ。


「大人のキス、しちゃったね……わたしたち、もう大人なんだね……えへへ」

「フッ、宮子はまだまだお子様だな」

「もう、バカにして……」

「でも、俺は宮子のそういうところが可愛くて好きだ。子供っぽいところが、大好きなんだ」

「えっ!? ──そ、そう言ってくれるのなら、ちょっとうれしいかも……」


 宮子は顔を真っ赤にしながら、伏し目がちに言った。


「さあ、帰って沖ぎすの缶詰を食べよう。きっとうまいぞ?」

「うん!」


 秀一と宮子は恋人繋ぎをして、屋上をあとにした。



◇ ◇ ◇



 9月初旬。

 ついに夏休みは終わり、二学期が始まるのだ。


 自宅の玄関で靴を履き、秀一は家を出る。

 すると登校日の時と同じように、家の門前では宮子が待っていた。


「おはよう、宮子」

「しゅーくん、おはよう!」

「自分の家で待ってくれてても良かったのに。日焼けとか、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。だってしゅーくんが家を出るタイミングで、わたしも家を出て待てばいいだけだから」


 確かに秀一は規則正しい生活を送っている。

 分刻みでスケジュールを管理し、それに従って行動している。

 宮子もそれを分かっているのだろう。


(でももし俺が寝坊したら、宮子が小麦色の肌になってしまうな)


 予定通りに事が運ぶことは、実は少ない。

 熱中症で倒れたのも想定外、「キス魔王」として徹夜で作戦を練ったのも想定外だったのだ。

 状況は刻一刻と変わっていくのだから、当然といえば当然だ。


 それでも宮子は待つというのだ。

 感服するより他にない。


 だが、どうしてそれが可能なのだろうか。

 秀一の行動を逐一チェックしているのだろうか。


(まさか、な)


 宮子は幼少期から、秀一が怪我をした時はすぐに駆けつけてくれた。

 勉強している最中、ベストタイミングで差し入れを持ってきてくれていた。

 そして今年の夏休み、熱中症になった時に助けてくれた。


 これはすべて、本当に偶然なのだろうか。

 いや、宮子の気遣い力の賜物である。


「──どうしたの? 行くよ?」

「え……あ、ああっ!」


 秀一は登校日の時と同じように、宮子と手を握る。

 だが一つ違うのは、それが恋人繋ぎということだ。


 二人仲良く道を歩き、しばらくして学校に到着する。

 階段を上り、教室にたどり着く。

 引き戸を開けて中に入ると、突如パパパーンッという破裂音が聞こえてきた。


「きゃっ!?」

「──っ、敵襲か!?」

御門みかど君、末広さん! 交際スタートおめでとう!」


 キス魔王こと御門秀一は身構えたが、どうやら敵襲ではなかったらしい。

 先程の破裂音は、クラスメイト達によるクラッカーの音だったのだ。


「え、ええっ!?」


 宮子は髪にかかった残骸をはたきながら、周りをキョロキョロと見渡す。


「いやー、二人がいつ付き合い始めるかか、一学期の頃からずっとやきもきさせられてたんだよなあ」

「でも良かったわね、末広さん。大好きな幼馴染くんと恋人になれて」


 クラスメイト達は口々に秀一と宮子を祝福する。

 秀一はとても嬉しく思うが、一方でどこから情報が漏れたのかが気になった。


「どうして俺と宮子が付き合ってるのを知ってるんだ?」

「登校日の時、お前と末広さんがキスしてたって噂があってな。準備してたんだ」


 恐らく、秀一と宮子にサプライズするために、二人を除いたグループチャットでもしていたのだろう。

 となると、噂の出どころは──


「──これくらい許してくださいね。ですが、勝負を諦めたわけではありませんので」


 秀一はすれ違いざまに、伏見姫華に耳元で囁かれた。

 恐らく噂を広めたのは姫華、登校日の時の意趣返しなのだろう。


 秀一は、後ろを振り向かなかった。

 なぜなら姫華よりも、宮子のほうが大切だから。


「御門。その鍛え上げた身体で末広を守ってやれ。筋肉は決して、お前を裏切らない」

「ああ──言われなくても!」


 筋骨隆々のクラスメイトは、秀一のトレーニングの成果を見抜いている様子だった。

 嬉しくなった秀一は、彼とグータッチする。

 ちょっと、痛かった。


 クラスメイト達からの質問攻めに遭った後チャイムが鳴り、ホームルームや始業式が執り行わる。

 そして教師たちからの話を一通り聞き終えた後、放課後となった。


 秀一は宮子を連れて、屋上を訪れる。

 9月の残暑が厳しいが、秀一の心はとても澄み切っていた。


「ねえねえ、今日は何するの?」

「今日は……ポッキーゲームだ!」


 保冷バッグからポッキーの箱を取り出し、見せびらかすようにして掲げる。

 宮子は「わーい! ぱちぱちぱち……」と、手を叩いて喜んでいた。


 包装を破り、1本のポッキーを取り出す。

 保冷剤のおかげで、冷たさを保っていた。


「ん……ひんやりしてて気持ちいい……」


 秀一はポッキーを宮子に咥えさせる。

 唇をすぼめている宮子の顔が、とても可愛らしく感じられた。


「じゃあ……行くぞ」

「うん……」


 秀一はポッキーの一端を咥え、かじり始めた。



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 最後までお読みくださりありがとうございました。


 熱中症にはどうかお気をつけください。

 運動をされている方は特に、水分補給と体調管理を忘れずに。


 閑話休題。

 「面白かった!」「次作も期待している」と思って頂けましたら、このあとがきのすぐ下にある「☆☆☆」で評価して頂ければ、今後の励みになります。


 よろしくお願いします!

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キス魔王はためらわない ~熱中症で倒れたら可愛い幼馴染に”ちゅー”され、俺は《覚醒》した。確実に告白を成功させるため、巧妙な作戦で”誘い受け”して好意を確かめるとしよう~ 真弓 直矢 @Archer_Euonymus

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