エンディング懺悔室

蓮河近道

エンディング懺悔室

 小学生などは、ほぼ野生動物です。

 自分より上か下かマウントを取り合うのは、大人の狡猾さではありません。生来の本能です。

 足が速いほうが格好良いなどという原始の感覚が、人間的な価値まで左右する子ども時代。

 占いという、勝敗も優劣もつかない遊びの流行は、私にとってさいわいでした。


 はじまりは小学生の頃です。

 オカルト趣味への傾倒は、思春期にはよくあること。私のクラスでは占いが流行しておりました。コックリさんが最初だと思います。


 私は本をよく読む子どもだったので、当時にしては物知りでした。コックリさんを教室に持ち込んだのも、実は私です。そこに人気者の女の子が興味を持ってくれた。


 ……しかし、すぐにネタが尽きます。人気者の女の子——愛ちゃんが言いました。


「今日つまんない、何かないの?」


 その日は本当に何もなく、私自身つまらなく思っていましたが、言われてしまえば、刺さる……。


 その日は外で遊ぶことになりました。私は王様気分が今日でおしまいになることを悟り、肩を落としたものでした。


 その肩を叩くものがいました。当時いつも一緒にいた幼馴染でした。


「まあ、うるさくなくなって良いじゃん」


 そんな励ましに、私は全身の毛が逆立つような怒りをおぼえました。

 わかったような口をきくのです。勝手に私の気持ちを決めつけて……。


 はい、あの頃の私は、ソイツの一挙一動にイライラしていました。親が私達を仲良くさせようとするのが、うっとうしかった。

 アイツの歯並びも細目も、芝居がかった口調も嫌いでしたが、遠くを見るとき両手でひさしを作って前屈みになるくせが、特別に嫌でした。


 そして、ソイツと二人で過ごすだけの生活に戻りたくないという思いが、私を本気にしたのです。


 天国か地獄。


 そういう占いを私は考えました。名前のとおり、死後に天国と地獄どちらに行くことになるかを見る占いです。


 手順は、ええと……そう、職員用玄関の端にあった使われていない下駄箱、バケツ、水、手紙……あとは占いたい人間の髪や爪。

 呪文もあったのですが、それはもうカケラも思い出せません。


 赤なら地獄行き、青なら天国行き。

 もちろん自分で考えたとはバラしません。ネットで見た、と言ったと思います。


 前髪や爪を切って使う悪趣味さが、かえって思春期の心に激突したのか、愛ちゃんはとてもおもしろがってくれました。不気味すぎると嫌がる子もいましたが、怖いもの見たさの興味から、結局は全員ついてきました。

 あとは独壇場です。


 やったぁ天国行きだぁ、と愛ちゃんが大層かわいらしく喜ぶと、自分もやってみたい自分もやってみたいと、みんな我先に……。


「いつ地獄行きになるかわからないから、悪いことしちゃったと思ったら、また見てみようよ!」


 私は大満足でその日を終えました。


 翌日です。


「あれ自分で考えたの?」そう笑うアイツの顔は醜悪でした。


 いえ、いえ、わかっています。私の後ろめたい羞恥心が、無邪気な言葉を悪くとらえただけかもしれません。ですが耐えがたい屈辱でした。


「違うよ、ネットで見たんだよ」

「嘘、昨日探してみたけど無かったよ」

「毎日ネタ集めしてた私だって一昨日まで見つけられなかったもの、アンタがすぐに見つけられるわけないでしょ」

「じゃあ、そのサイト一緒に見せて」


 うっとうしい、と思いました。


「やっと見つけた新しい情報源なのに、同じだけ努力してない奴には教えたくないよ」


 そう突き放すと、ようやくあきらめたようでした。


 ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、登校中ソイツの背中を見ながら、私の頭はそればかりでした。承認されたいがための自作自演を暴かれた羞恥が、怒りになって、もうアイツの顔を見たくないとまで思わせました。


 けれど私には、絶交してやる勇気はありませんでした。ソイツを避けること自体が、自作自演の証拠になってしまうかもしれない。


 放課後、同級生が私の机までやってきました。


「ねえねえ! 愛ちゃんがさ、今朝ママとケンカして、ひどいこと言っちゃったみたい。地獄行きになるんじゃないか不安なんだって」

「じゃあ見てみよう」


 もちろん天国行きです。

 私は、占いをいくらでも操作できる立場にありました。


「よかった、まだ天国行きだよ」

 と告げると、愛ちゃんが「よかった」と泣きはじめました。


 私と、おそらくはアイツも動揺したのですが、愛ちゃんのグループはある程度の慣れがあるようで、「よかったね」などと一様に彼女を励ましはじめました。中には、一緒になって涙を流すような子もいました。


 私はおどろき、察しました。そうか、これはこういう「流れ」なのだと。

 それまでの私には無かったコミュニケーションでした。


 共同体の仲間に起こった個人的な「試練」と「解決」を、全員で共有する。彼女達が必要としていたのは、オカルトではなく、やりとりだったのです。

 ちょっとした不気味さを一緒に味わって連帯感を持ち、仲間意識を高める。うってつけでした。


「愛ちゃん、良かったね。愛ちゃんはホラ、良いとこいっぱいあるから、ちょっとのことで全部が悪くはならないんだね。ママも、謝ったら許してくれるよ」


 そう言うと、みんながおどろきました。当然です。それまでの私ならありえない言動でしたから。


 しかし、そこは子どもです。私の変質が受け入れられるのは早かった。人見知りな私が愛ちゃん達のグループに慣れてきて、素直に発言できるようになったのだと取られたのです。

 幼馴染のアイツだけは、そうは思わなかったようですが。


 私は愛ちゃん達とも普通に話すようになりましたが、アイツは愛ちゃん達を避けていました。


 私は当時、愛ちゃんに憧れてました。自信に満ちあふれ、誰にも物怖じせず、何よりかわいかった。


 愛ちゃんは目立つぶん嫌われていたとも思います。

 けれど私は違った。格が違いすぎて、嫉妬さえできなかったのです。


 目の上のタンコブは「アイツ」一人でした。かわいいわけでも、おもしろいわけでもない……。


「ねえ、愛のヤツといる時のアンタさぁ、めちゃくちゃ必死じゃない? 無理に大きな声を出してるっていうか」

「愛ちゃんはハキハキ喋るから、私もつられちゃうだけで、無理してないから大丈夫だよ」


 これがキッカケでした。私はもう我慢できませんでした。


 けれど、ああ、神様、おゆるしください。ちょっと怖がらせてやろうと思っただけなんです。


「あの子、私と同じで人見知りなだけで、本当は良い子なんだよ。愛ちゃん達とも仲良くなってほしいな」

「え〜?」


 愛ちゃんだけに相談、という名目でそう告げると、微妙な顔をされました。

 当然です。アイツは私に付いてきているだけで、なじもうという意思がなく、それを愛ちゃん達も悟っていました。


 それを差し引いても、愛ちゃんは残酷な子どもで、自分に利点がないものを切り捨てることに容赦なかった。

 吹けば飛ぶ「利点」で愛ちゃんに引っ付いていた私は、愛ちゃんに微妙な顔させる提案は怖かったのですが、その時ばかりはアイツへの怒りが勝ちました。


「私がいると、あの子、私としか喋らないでしょう。だから私、途中で帰るから。一回だけあの子と遊んでみて?」

「んん〜……まあ、いーよ。そこまで言うなら」

「じゃあ、あの遊びにしよう。天国か地獄。私、あれで愛ちゃん達と打ち解けることができたから……」

「そだね。なら……」


 というように愛ちゃん達と計画を立て、その日がやってきました。


 放課後ひさしぶりに占いごっこをしよう、ということで、私達と愛ちゃん達はつるんで下駄箱へと向かいました。

 その途中で、私が「あっ!」と何かを思い出したふりをします。


「親に早く帰ってこいって言われてたんだ。ごめん!」

「あ、じゃあ私も……」


 と一緒に帰ろうとしたソイツを、愛ちゃん達が引き止め、私は一人で帰りました。


 仕掛けは済んでいました。占いに使う小道具に、私はあらかじめ細工をしていたのです。

 結果が地獄行きになるように。真っ赤になるように。


 当然、愛ちゃん達は私の思惑を知りません。ただ、私が彼女達を取り持とうとしているだけと思っていたことでしょう。


 今にして思えば、お粗末ですよね。

 だって計画を立てたところで、実際に最初に占う相手が、アイツになるとは限らないのですから。


 しかし、私の思惑は成功しました。

 はじめての「地獄行き」に、彼女達はずいぶん大騒ぎしたそうです。アイツの怯えようはすごかったと言います。


 なぜ自分の目で見なかったのか?


 その場に私がいれば、イタズラを疑われたときに、すぐ犯人だとバレてしまうと思ったからです。

 その場にいなければ、疑われる確率は低くなる。実際は、犯人探しなんか行われませんでしたけど……その時は。


 溜飲が下がった私は、以来ソイツに優しくできるようになりました。怖い目にあったアイツが、おとなしくなったおかげでもあります。


 あの占いについて、「あれはジョークで、必ず天国行きになるはずだし、何か方法に間違いがあったんじゃないかな……」と言えば、騒ぎは大きくはなりませんでした。


 私はソイツと過ごしながら、愛ちゃん達とも仲良くする生活を続けて、小学校を卒業しました。




 中学に入ると、アイツとはかかわりが無くなりました。クラスが離れ、愛ちゃんに憧れて吹奏楽部に入った私と、美術部に入ったアイツとで、登下校の時間が大幅に変わったからです。


 新しい人達と出会うにつれ、私も気づきました。私がアイツを気に入らなかったのは、アイツのせいではないと。


 小学校という狭い空間で、アイツと私は同じ枠で扱われてきました。だけど本来、私達は似ておらず、だから棲み分けをしなければいけなかった。今のように。

 適切な距離さえあれば、むしろ親しみを持てる。


 ある時、たまたまアイツと話す機会がありました。やはり楽しくお喋りすることができました。


 しかしソイツの筆箱を見て、私はぎょっとしました。異様に古ぼけた小汚い紙片が出てきたからです。

 すぐに思い当たりました。「天国か地獄」で使われた「手紙」だと。


「何これ?」動揺が出ないように訊ねると、アイツは恥ずかしそうに内緒話をはじめました。


 地獄行きが怖かったこと、占いをやり直したかったこと、同じ結果が出たらと思うとできなかったこと、手紙を捨てたら呪われそうで捨てられなかったこと……。


 私は「そうだったんだ……」と言いながら、内心ではコイツいい加減にしろよ!と憤っていました。いまだに気にしていたのか、気持ちわるい、はやく捨てろ。


 ええ、ええ、わかっています。私の過ちです。


 けれど、あの頃は打ち明けられませんでした。

 中学生にとって、誰かが足掛け三年も悩んでいたことの原因が自分だなんて、重たすぎた。恨まれる、と思いました。私は保身に走りました。


「手順まちがえてただけだよ。なんなら今やってみようよ。天国行きになるよ」

「やり方、おぼえてる?」


 恥ずかしい話、おぼえていませんでした。呪文がネックでした。私のつくったデタラメな呪文を書いたメモはとっくに紛失していました。


「じゃあ、せめてその手紙をお祓いしようよ。お焚き上げ?みたいな。一緒に神社に行ってあげる」


 そうしてその汚い紙切れを処分させて、「これで安心だね」と問いかけ、ソイツがうなずいたのを見て、私は帰りました。よかった、これで終わりだと思いました。

 しかし、終わってはいなかったのです。


 中学校を卒業して、私とアイツは別の高校に進みました。




 かかわりは消えました。

 時々、うちの親から「あの子、最近あんまり学校に行ってないみたい」「高校やめちゃったんだって」「今は定時制の」「バイトをはじめて」「ずっと家にいるみたいね」というような近況を聞いていましたが、あまり興味はありませんでした。自分の生活で、いっぱいだったからです。


 私は県外の大学に合格して、家を出ました。成人式も戻らず、盆と正月以外はほとんど向こうで過ごしていました。


 しかし就職は地元にしようと思いました。


 私は地元の紡績工場に入社し、結婚しました。私の実家からほど近い賃貸を借りて、そのうち娘が産まれました。




 アイツと再会したのは、娘が三歳の頃です。スーパーで買物していたところ、私がアイツを見つけました。


 歩き方が小学校の頃から変わっておらず、まさかと思って声をかけると、中学生の頃から変わらない顔が振り返りました。歯並びも、細目も——芝居がかった口調は、ある程度の落ち着きを見せていましたが。


 私は出産を機に退職しており求職中で、ソイツもソイツで仕事を探していました。

 私達は、また連絡しあうようになりました。


 私達は連れ立って仕事を探すようになりました。中学卒業後の互いの動向を報告しきると、そのうち思い出話に花が咲くようになりました。


「天国か地獄、って占いがあったよね」


 私はすっかり忘れてしまっていましたが、思い出すと、ゾッとしました。

 まだ言っているのか、コイツ、いい加減にしてくれ。


「ねえ私、その現場を見ていなかったと思うんだけど、アレって本当だったの?」

「本当だよ! すっごく怖かったんだから……地獄に落ちるんだって……」

「だから、たまたまだって! アレはおふざけの占いごっこなんだから。アンタは良い子だったし、地獄行きになるようなこと、してなかったでしょ?」

「…………」


 聞けば計画の前日、ソイツはくだらない嫉妬から友達に「友達ができなくなる呪い」をかけたと言うのです。私のことだとピンときました。


「それって、もしかして私にかけたの?」

「うん、ごめんなさい」

「いいよ、そんなことは。なんとも思わないよ。だから、そんなことで地獄行きなんて、まさかぁ」

「でも、私の汚い心が見透かされたんじゃないかって思う」


 勘弁してくれと思いました。そんな事情なんか知らなかったし、終わったことじゃないか、忘れてくれよ。頭を抱えたくなりました。


「あんなので天国か地獄か、本当にわかるわけないでしょ?」

「でも、赤色になるはずないのに真っ赤になった。血みたいに……」

「あれは……」

 あれは私が細工をしたのだ、とは言えませんでした。その代わり、私の口からは相手の出方を探るような言葉が出ました。


「……あの時は、私も子どもで、思い付かなかったけど……細工次第で赤色にできるんじゃないかな? たとえば……」


 私のトリックを喋ると、ソイツは感心したようにうなずきました。

「これくらい自分で考えつきなよ」と思いながらも、最後まで説明してあげました。


「誰の仕業かわからないけど、きっとこういうことなんだよ。気にすることないよ、イタズラなんだから」

「ゆるせない」

「うん?」

「そんなイタズラのせいで私はこうなったんだ!」


 大声を出され、私はあわてました。

 しかし止まりません。ソイツのせいで、ソイツのせいで、と繰り返します。


「何をやってもどうせ地獄行きなんだと思うと勉強もがんばれなくて、好きなものも努力できなくて絵も完成させられなくて、何もかもうまくいかなかったのはあの占いのせいなのに、そんな小細工されていたなんて!」


 知らないよ!と思いました。占いを本気にするのがおかしいし、できないものは自分のせいじゃないか。


 しかし、ソイツはさらに恐ろしいことを言いはじめました。犯人探しをすると言うのです。

 しかも、「愛が怪しい」などと言いはじめます。


 どうして愛ちゃん?と私が訊けば、「犯人はあの場の誰かだ」「アイツは私のことをいじめていた」「自分が女王様だと思って私達をバカにしていた」と叫びました。ものすごい声です。


「あの時のメンバーに犯人がいるかはわからないよ。関係ない男子とかが、おもしろがってやったのかも」と私が言っても、アイツは落ち着きませんでした。


 私はソイツを家まで送り届けました。


「昨日はどうかしてた、ごめん」という連絡が来て、私は安心しました。

 けれどそれ以来、会うのを控えるようになっていました。私の就職先が決まったこともさいわいしました。




 娘が小学生になると、もうアイツとは挨拶するだけになっていました。

 だから、あの電話は突然でした。夏の真夜中のことです。


「あの女を殺した。死体を捨てるのを手伝って」


 卒倒しそうになりながらも話を聞くと、やはり占いの結果を、愛ちゃんが仕組んだものと疑っての犯行でした。

 来るところまで来てしまった……。


 なぜ私に?

 聞かずとも察しました。引きこもりで友達もおらず、無職のアイツには、私以外いないのです。もはや過去の遺物である私との友情が、アイツにとっては昨日のことなのかもしれない。哀れでした。


「わかった、今から行くから」


 電話を切って、私はすぐに通報しようとしました。付き合ってやる必要はない、警察に任せて終わりだ。


 しかし、私はゼロを押す直前に迷いました。


 刑務所にぶち込んだとして、何年で出てくるのだろう?

 アイツは私の実家を知っている。しかし引っ越しなんてとんでもない。私の人生設計は、あの家をいつかもらう予定で進んでいる。


 ……結局、私は受話器を下ろしました。そして徒歩五分のアイツの家へと走っていました。


 まず思ったのは、ああ本当に殺してしまったのだ、です。


 愛ちゃん。あの、高校時代の可憐な彼女のおもかげは無く、できそこないの人形のように歪んだ顔面で、グッタリ身体を投げ出していました。泣きそうになりました。


 今日のところは車で山に運ぶだけ、というソイツにしたがって、私は軍手をはめて愛ちゃんを自動車のトランクに詰めました。


 私は助手席に座ります。ドライブレコーダーが無いことを確認してから。


 アイツの運転で車が走りだすと、それまでの記憶が走馬灯のように流れました。


 舗装された山道をぐるぐる登っていく途中、私は「あっ!」と窓の外を指差しました。

 おどろいたアイツが車を停めるや否や、私はあわてたふりで飛び出し、ガードレールを引っ掴みました。そして遠くを指差して、「あれ! あれ!」と叫びます。


 どうしたのかとアイツも車を降りて、私の隣までやってきました。私は「アレだよアレ」と言いながらソイツの背後にまわり、彼女の視線を集中させました。


 あのくせ。

 あの、遠くを見るときに両手でひさしを作って前屈みになるくせ——アイツの足をつかんで持ち上げ、ぐるりとガードレールの向こうに身体を放り投げるのは簡単でした。


 ゴン!とすごい音がしました。


 ガードレールの下には、コンクリートに頭を打ち付けたソイツが横たわっていました。しばらく見ていると、頭のところからジワジワと血が広がっていきました。


 車を置いて、私は山を降りました。途中でアイツの死体とすれ違いました。


 数時間かけて家族の眠る家に帰った私が、まずしたことは、110番通報です。


 同級生から人を殺したと連絡があった、どうしていいかわからない、彼女からの呼び出しを無視してもう何時間も経ってる、私も殺される、助けてくれ——半狂乱を装うと、「電話はつないだままで良いですからね、すぐ向かいますから、落ち着いて待っていてくださいね」と言われたので、私は通話したまま軍手を生ゴミに捨て、着ていた服を洗濯かごに放りました。




 ——これが私の罪です。懺悔いたします。おゆるしください。




 はい、アイツは事故死ということになりました。


 私は事件で騒がしくなった町を息をひそめるように過ごし、ほとぼりが冷めてからもおとなしく、善良に暮らしまして、今ここに至ります……。


 おお神様、私は地獄に落ちるのでしょうか? 私はただ、たった一つ、より良い生活がしたかっただけなのです。

 ……何です? よせ、触るな! 私がまだ話している! やめろ、離せ!


 ああ、神様、神様、私は昨日ようやっと老衰で死ぬまで、アイツを除いては一人だって害することなく生きてきました! 親孝行して、勤労に励み、子を残し、誰に恥じることもない……!


 私は天国へ招かれるべき人間だ! 神様、あなたには私の心の清らかさがわかるはずです! アレは過ちなのです、おゆるしください! ああ、お慈悲を、神様! 神様! 神様!

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