世界をかける少女たち


 先ず三話、読ませていただきました。
 長くはなりますがご了承ください。

 まず感想から述べると、世界をかける少女たち、である。
 以降、私の感じた話になりますので面倒であれば読み飛ばして下さい。


 物語の中枢は彼女が大暴れするこの世界線。並行世界、反転世界、異世界下界三千世界。様々な世界であらゆる不浄が起きる中、どこからともなく現れるチャーミング(というと些か血腥さが際立つが)な二人組がこれを解決する、愉快痛快大全開な物語である。
 一つまみの愛嬌と五合のスタイリッシュを混ぜ込んで、グロさを大鍋3つ分加えてできたような物語である。軽く読んでみたが正直鋏に恐怖を抱きそうになった。
 実はこの物語、私の勝手ながらの想像でしかないが世の歪を直す話に見せかけて、タイトルではあくまで夏樫嬢に適わぬという、相方の憂鬱な心情が明かされているようである。九山八海臨み透してなお残るは百合の花……か?
 オムニバス形式であるためにおそらくはその話その話で世界が変わる。それでも同じ顔ぶれが二匹でそろって困難をこき下ろすさまは見ていて楽しかった。米国ヒーロー物の、英雄が駆けつけるシーンの触りに近い。
 さてもそろり、評価をさせていただきたい。彼女の振るうは大型の鋏。小さい子から大の大人までお世話になるその玩具的鋭利がこの度、化け物に振るわれる。
 歪みの字を鋏で切り取れば、不正となる。正常だった世界に突如として現れる歪み。そんな世の不正をただす、彼女等の物語を一話ずつ、解いていきたい。


 第一話、ドッペル/ドッペルバスター

 世のなか、似ている人は三人いるという都市伝説がある。70億という決して少なくはないヒト種同属の生物が星の引力をもってこの地に存在しているのだ。ともすれば似通った遺伝子情報を持つものが三人程度は居てもおかしくはない。

 話の初めは儀式的な様子から始まる。おどろおどろしい雰囲気だ。何と言えども合わせ鏡の交霊術なんぞを使用しているあたり底腹の冷える想いがする。合わせ鏡のなかには無数の顔が在る。笑みと悲観。永遠続くその様子は、何かの暗示だろう。闇色の中でほくそえむ何者か。
 事情を知らんが逆恨みにしか聞こえない怨嗟を胸に何かをしでかそうとしている様子である。

 間もなくして世界は混沌を迎える。人々のそっくりさんが鏡から現れて襲い狂い、皮脂が一触れでもした途端、対象者は泡のように消えるのである。
 なるほどこれはドッペルゲンガー。同じものと出会うと死ぬという都市伝説。ジョジョを知悉している者なら口をそろえてダーティ・ディーツ・ダン・ダート・チープの名をつぶやくだろう。AC/DCの曲が元ネタだが原曲もかっちょよいので興味があれば是非に。

 人々が黒い残り滓に変貌することを、愉悦的に傍観するものがいた。儀式の発端者である。一話目からかなりとんでもなく絶望的な話である。物語終盤に差し掛かるあたりでこの話があってもなんら遜色はなさそうだ。だが悪が栄えるはほんの一瞬。花火の開花より短い時間だけである。誰かがこの男を訪ねた。
 丁寧なピッキングで扉をこじ開けた者がいる。呈すべき問題はピッキングに使用されたものが刃物で、かつ扉を裁断可能で、あわよくば大きさが人一人ぶつ切りにできそうな点だけである。それ以外はよくあるピッキングだった。おそらくは。

 やってきたは黒白の少女。這入ってくるなり尋問がスタートする。鬼平犯科帳でももうちょっと情けがある。
 男も諦めが悪かった(諦めれば死ぬのだから当たり前だが)間隙をぬってドッペルゲンガーを差し向けるがこれは失敗。少女の得物の前には剪定をまつ松の木の如くにぱっさり裁かれただけだった。
 なんとなくジョジョっぽいセリフ好き。僕は敬意を表するッ!
 ここの戦闘描写だが胸の踊る躍動感がある。息つく暇がないほどの連続的な殺陣がある。のくせ、スタイリッシュな感触がたまらん。かなり引き込まれた。

 追従して現れるは白黒の少女。こてこての関西弁を操る少女、夏樫嬢である。現れ方がドラえもんのタイムパトロール。イカくさい坊やは自分で起こしたパニック騒動は棚に上げてこの亜空間からの使者に顔をひきつらせた。こいつもバリバリ反現実的なことやってるでな。

 ドッペルゲンガーを召喚させていた鏡も壊され、身を護るすべのなくなった犯人はそのまま葬られることとなる。だが町に大きな傷跡は残ったままである。住民の半数が、忽然と姿を消した。この世界は時期滅ぶ。もとより、元からなかったも同然の億の一つのちっぽけな世界である。

 最後で冬壁嬢がツンデレではなくデレであったことが判明。ほかならぬ夏樫嬢談である。



 第二話、おれ、不死身になったみたいです。

 交通事故の死亡事故者数は2021年で、2636人。毎年およそ3千人が、一億二千万の人口の中から選出されて亡くなっている。日本総人口の内の三千人の中に己が選ばれたなど、知っていながら生きる人間はおらんだろう。だからゆえに、唐突な別れはやってくる。意識をしないうちに、死別は背後から近づいてくるものである。自らを不運とするこの少年もそのうちの一人だ。朝食を食むその時節、いくら己が不運であるとしても、よもや三千人のうちの一人に選ばれるとは梅雨も思っていなかったろう。

 結論から言おう。死なんかった。彼は不死身である。その事実をここで明かされた。三千人のうちの一人であって、しかしその数は合算されないのである。理由は死んでおらん。加えて不死者を人としてカウントするのもそれはそれで審議にかけるべく案件であろう。さても彼は不死の人。こまったぞ、別の死神が窓の外からこちらを除いている。

 雅紀君には影がある。幼馴染の彼女とひと悶着があったようで、長らく心のしこりとして存在しているらしい。大いなる伏線の匂い。

 さて呼び出しを受けて入室した彼が見たはいやな予感がする女性。よからぬ気配がするぞ。

 紅のひかれた口が謳うのはある真実。と同時に、そんな彼を狙う、明か、常世のものでないモノが襲来してきた。

 彼は不運である。会っちゃいけないものに出くわしたのだ。


 第三話、そのデカいハサミで白衣の天使は無理がある

 確かに無理がある。どちらかというと獄卒が似合う気がする。

 簡易的スプラッターが始まった折、少年は達磨飛ばしみてぇだ。とつぶやいた。こんな感想しか思い浮かばんのも然もありなん。向かう先は地獄の一丁目、窓際ゾンビも今日でクビである。精進したくば首級もってこい! チョキ(ハサミ)でグー(頭)をやっつけられるのは今日限りである。

 さて彼の身体を狙う勢力は二つという。片や不死身を作りたいマッドサイエンティスト、片や人は滅ぶべきと考える厭人団体の飼い犬らしい。ハチャメチャな伏線が舞い降りてきた。

 「……あの、おれ、死なないんだけど……」それはそう。

 遁走の末、大ジャンプで敵を躱したのち雅紀君は今生初めての接吻を経験する。
 コンクリートと。
 人類科学の生み出した代物に熱烈な情を注ぐとはどこまでも敬虔なやつである。

 さて彼女はビルの屋上で衝撃的なことを言う。不死身を切り取ると。まるで影絵のそれまさしく、鋏で以て切り取るというのである。
 歪んだ世界を許さない、というのが、私の勝手な思考だがこの少女の目的だろうか。

 雅紀君は不死断ちの前に一つ懸念があった。彼の方寸に漂う彼女への懸想に近い思い。同時に、彼女が持つ難病への特効になり得たるこの力。ただなくすのは惜しい。そればかりは我ら読者も確かなりと唯唯としたくなるもの。

 はてさて狂乱を呼ぶは亜空間からの使者。相対するはさしずめ黒服のナースである。喪服の葬儀者と呼んだ方が易いか。夏樫という苗字をいただく彼女は雅紀君の思考などお見通しのようである。しかも周辺の情報までしっかりマークしているのだ。実際知らない人にめちゃくちゃ言い当てられると怖いよね。
 面白くないのは白い獄卒、もとい白いナースの冬壁ちゃん。文字でしかないのに呆れた表情が浮かぶようである。これまでに振り回されたという事実を彼女は表情や言葉遣いで事細かに物語っていた。意味は違うがボディランゲージである。

 仲良く攻防戦を広げつつある白黒の目を盗んで少年は階下に進む。
 この状況、あるいは黒いほうの思惑通りか。



 統括したい。
 率直に言おう。好きである。爽快感のある速度で展開される物語、しつこ過ぎない文面と、立ったキャラクター。冬壁嬢と夏樫嬢のやり取りが可愛い。加えてオムニバス形式の形上、短話決着が主であるために、ストーリーが長く胃もたれの起きる心配背がいないのもポイントが高い。
 三話までの感想だが、とかく主人公目線でないのも評価されるべきポイントである。語り手は常に『その』世界の登場人物で、急に現れた頭のおかしい少女二人に振り回される様が丁寧にされてある。読者側からすれば幾分かやばい二人組であることは文を通して解しているわけだが、登場する新キャラ達(ここで言うと巻き込まれていく一般キャラ)からすれば突如として現れるや、殺してくるあるいは引きずってでも危機から救ってくれるキャラになって、世界が異なればこの二人組は英雄でも殺人鬼にでもなってしまう点がた作品との決定的な違いの点である。冬壁ちゃんの行動の根本が平和の為じゃなく、あくまで私利的なものである点もよい。之がために悪役も正義役も成り代われるものだろう。


 さて、私の感想は、世界をかける少女たち、である。

 ストーリー性も断片的ながらまとまっており、少女二人めちゃくちゃながらもしっかり持った個性で版面を暴れまわるから飽きが来ない。而して地の文もかっちりとしており、やはり何と言っても話の五分ほどに及んでいる戦闘描写がたまらなくよいのだ。人工的な香りをさせられる嫌な臭いは一切なく、キャラクターがちゃんと自分の意志で動いている感触があってこれもよし。私は作品に引き込まれた。

 大変、大変面白く読ませていただきました。
 応援させていただきます。

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