最終話 その雷、レーザーより強く

 病院のベッドで寝そべった彼女の顔を夕景が撫ぜた。窓のカーテンが揺れたようだ。


「んん……」


 空科そらしなさんの呻くような声が聞こえる。僕は椅子から立ち上がり、彼女の元へ寄った。


 パチッと開けられた細長い瞳に、僕の顔が映り込む。


空多くうた君、わたし」

「良かった!」


 彼女を抱きしめる。

 熱い息が、胸から鎖骨へ抜けて行く。


「痛い、よ」

「ああ! ごめん!」


 すぐに体を離す。


「痛いってことは、わたし、生きているんだね」

「ああ」

「それに空多君も」

「うん。でも、ちょっと実感湧かないんだ。あのとき空科さんを突き飛ばして、辺りが明るくなったから、てっきり僕がレーザーに焼き尽くされたのかと思ったのに」


 彼女は顎にくの字に曲げた人差し指を置いて、低く唸った。


「一瞬のことだったから確信は持てないんだけれど、レーザーは空多君に当たったよ」

「え? そうなの?」


 自分の体を見回すが、やはり傷一つない。


「でも、そのあとあなたに当たった光が乱反射したの。記憶はそこまで。だからもしかしたら、空多君はレーザーを跳ね返す系男子だったのかも知れない」

「ええ!?」


 この間彼女と一緒に居たいがために吐いた嘘が、本当のことだったとは驚きだ。


「あれ? でも待って。僕に当たって、乱反射して、空科さんが倒れていたってことは……」


 急速に血の気が引いていくのがわかった。間違いない。彼女は僕のせいで傷付いたのだ。


「ごめん!」

「謝らないで」


 俯く僕の顔を、彼女のオニキスが覗き込む。


「空多君に助けて貰わなかったら、わたしが直撃を受けて死んでいたわ。それに、これは予想なんだけれど、わたしが倒れたあと追撃が来なかったのは、わたしが死んだと思われたからではないかしら?」


 そう言って彼女は、ベッドを降りた。そのまま窓枠にはまった夕映えの空を見られる位置にまで移動した。カーテンを開けて、しばらくじっと空を見つめた。


「やっぱり」

「なにが?」


 僕の問いかけに応えるように、彼女は窓を開け放ち、上半身を預けた。


「危ないよ!」


 落ちないように腰の辺りをぐっと掴む。


「こんなに晴れているのに、レーザーの砲台がわたしに狙いを定める音がしない」


 確かにあの卑劣な音はしない。


「つまり、これからはもう、レーザーに怯えなくていいってこと?」


 彼女は窓から体を離して、僕に向き直った。


「ええ」


 僕は両手を上げて、それから彼女に抱き着いた。


「やった!」

「痛い!」

「ごめん!」


 すぐに体を離す。

 彼女の苦痛に歪んだ顔が少しずつ緩やかになっていく。


「ふふっ」


 彼女の笑いにつられて僕も笑う。


「そうそう」


 彼女のぱっつんと切られた前髪から覗く怜悧れいりな瞳が、いたずらをくわだてている。


「どうしてわたしのことなのに自分のことみたいに喜んでくれるの? どうして自分の身を犠牲にしてまで助けてくれるの?」

「そりゃ——」


 僕が君を助ける系男子だからに違いないのだけれど、でもそれ以上にシンプルな答えがある。さっき言おうとしていた言葉。


「君が好きだから」


 双眸そうぼうはいたずらに成功したことを喜んでいるようだった。


「わたしも」


 そう紡ぎ出した濃い赤の薄い唇。今度はそれがいたずらをたくらんでいる。


「好きよ」


 僕の唇の近くで動かされたそれが僕の唇に触れた刹那に、電撃が走った。電流は、唇から喉の奥、鼓膜と脳みその下辺りをまさぐって、背骨をいずりながらお尻の下へと抜けて行った。


 レーザーに撃たれたときより激しい衝撃だった。


 空科さんはもうレーザーに狙われる系女子ではない。だからもうこれからは僕の力を必要としないだろう。けれども僕は、彼女の傍を離れることはない。

 あの電撃が忘れられないから。何度でも味わいたいと思ってしまったから。


 いや、違うな。もっと単純に、空科雛姫ひなきが大好きだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レーザーに狙われる系女子 詩一 @serch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ