第5話 その瞳、オニキス色でいて
僕たちは二人で、薄曇りの日を選んで、
晴れた日曜日。ついにその日が来た。僕はあまりに空が青いものだから、なんとも情けないことに「やっぱりやめよう」とLINEで切り出したのだが、彼女の気持ちは変わらなかった。
僕のデートプランは都会での遊びだった。自転車やウォーキングなどの健康的なデートは出来ない。日傘が使えないから。そして観光でも田舎の方より都会の方が
駅で待ち合わせて、向かってくる
「お待たせ」
「どうしたの?」
「きれいだ」
「え?」
僕は彼女のオニキス色の瞳をじっと見つめていた。自分がなにを言っているのかもわからずに。そうして彼女の頬がほんのり染まり、視線が逸らされてから、ようやく自分の言った言葉を理解する。
「あ、え、い、……行こうか」
取り
地元の駅から電車に乗って目的の駅に着くまでは問題なかった。問題はそこからだ。
人、人、人、人の群れ。アスファルトの濁流に流されてしまいそうになる。そんな中の日傘は、相当邪魔だ。
行き交う人々が彼女の傘を邪魔くさそうに避けて、舌打ちをする。睨まれたり、「危ねえだろ!」と怒号を吐かれたりした。僕はただ「すみません」と謝るしか出来なかった。
わかるよ。邪魔で危ないのは。でもさ、日傘を差してないとレーザーに焼き殺されてしまうんだよ。一人ずつ言って回って、彼女が日傘を差す了承を得たいけれど、実際そんなことは出来ない。
僕は彼女と手を繋いで肩を寄せて、小さな声で謝った。すると彼女は清らかな髪を左右に振って、丁寧に光を反射させた。
「わたしは良いの。でも、本当に邪魔になっているから、出来ればもう少し人のいないところに行きたい」
繁華街から遠ざかる道を選んで歩いた。
目的のお店は近かったけれど、人込みを突っ切ることになるのでそれはやめた。
「ごめんね。こんなところに誘っちゃって」
「ううん。
目的の店に、反対側から回っていけないかと思いながら歩みを進める。
「そう言えば、僕が傘を忘れた日にさ、凄く身を寄せてくれたよね」
「うん」
「そうしないと空科さんがレーザーに狙われてしまうからって言うのはわかったんだけれど、逆に君がしっかりと傘に収まるようにして、僕が肩を濡らすのではいけなかったの? 要は、空科さんさえ見えなければいいんだよね?」
「中途半端に見えたりすると捕捉されるかも知れないと思ったし、それに」
彼女の唇がしなる。それはまさに赤い下弦の月。
「あなたが勝手に濡れるのはいいけれど、わたしのせいで濡れるのは嫌だから」
「そういうもんかな」
「そういうものよ。どうして残念そうなの?」
「君が僕のことを好きならいいのにと思って」
するすると出て来るこの言葉は、本当に僕のものだろうか。駅前で出会ったときからおかしい。晴れとは、そう言う天気なのだろうか。
彼女は頬を染めて眉を困らせる。
「空多君って、変な人よね」
「そうかな」
横断歩道。信号機の青を待つ。手前、白線のスタートラインの上に立つ。
「そうよ。だってわたしに声掛けてくれたのも、わたしのために色々考えてくれたのも、プレゼントを買ってくれたのもあなたが初めてだもの。晴れの日に出掛けてくれたのも。どうしてそこまでしてくれるの?」
ポッポー、ポッポー。青になった。彼女は先に一歩踏み出す。
「そりゃ——」
そこへ信号無視の自転車が
「きゃっ!」
ぶつかって来た。
彼女は転んでしまう。
「空科さん!」
走り寄る刹那。
——ゴゴゴォ。
あの音だ。太陽の奥に下卑た笑いをひた隠しにした卑劣な青空が、空科さんを狙う音。
僕は彼女の手を取り走り出す。一番近い遮蔽物。銀行のひさし。
「あっ」
蔓薔薇の日傘が彼女の手を滑ってポーンと投げ出される。彼女がそれを追うために踏ん張ったことで、今度は僕の手の中を彼女の手が滑っていく。
——ピピピピピピピピピ……
まずい。間に合え。今。ここだ。僕の脚は。手は。目は。耳は。すべてこのときのために用意されて来た。そうだろう
——ドンッ。
——ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
彼女の肩を押した感触はあった。が、すぐに
*****
暴力的な光に、僕は無意識的に目を瞑っていたようだ。へばりついたように重たい瞼を無理矢理こじ開ける。
チカチカして見辛かったが、それよりなにより彼女の無事を……その前になんで僕は生きているんだ?
しかしその疑問はすぐに吹き飛んだ。目の前で空科さんが倒れている。
嘘だろ!? 間に合わなかった!?
「空科さん!」
僕の呼びかけに応えるそぶりはなく、ぐったりとしたままだ。彼女の服は破れて、肩が
「なんでぇえええ! なんでだよおおおお!」
役目を終えた空はバカみたいに無音で、無機質で。それは声を潜めた嘲笑のようで。それはみんなで決めた無視のようで。ともあれ空は、
まるでなにごともなかったかのようにして。
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