獣たちの黄昏

電咲響子

獣たちの黄昏

△▼1△▼


「今夜の食事はなのですか?」


 カリカリと霞虫かむの羽が鳴る。


「うむ」

「肉じゃが、ハンバーグ、カレーライ」

「ス。そんなものは二度と食べられないと思いなさい。全部きみのためだ」


 ずずず……と霞虫がう音が鳴る。


「私はそれを、それを食べたくはありません」


 ――――。

 彼女は無意識のうちに近くの椅子を蹴り飛ばしていた。

 けたたましい音が無機質な部屋に響き渡る。


「そうか。ならば点滴に戻るとしよう」

「私はそれを拒否し」


 有無を言わさず、私はを実行した。


△▼2△▼


 狂化病。


 いつ、どこで、どのように発生したかも知れぬ疫鬼えき

 それは人類をちりちりとむしばみ続けていた。


△▼3△▼


「今朝の食事はそれなのですか?」


 私は彼女にこたえる。


「そうだ。それがきみの食事。朝も昼も夜もそれがきみの食事」


 彼女の前に並べられたうつわには、およそ食べ物とは思えない"ひどくいびつな何か"が盛りつけられていた。


「では、いただきます」


 彼女はもはや疑問にも思わないのだろう。慣れた様子で"それ"を口に運ぶ。


 ――数分後。

 完食を見届けた私は、残飯のかけらもない食器を手に取り、


「!?」


 頭部を殴られたことに気付いたのは、床にへたりこんでからだった。


「な、なぜ」

「ごめんね。でも、僕の目的を果たすにはなんだよ」


 私の視界に彼女が揺れる。彼女と彼、私の頭部を殴りつけた男、の影が揺れる。

 直後、私は意識を失った。


△▼4△▼


 の治療は困難を極めた。が、なんとか正常値まで回復させることに成功した。


「それなりの代償をいただく契約だったな」

「はい。なんなりと」

「……では。彼女をいただこう」

「な! それでは回復させた意」

「味がないと。そちらにはなくともこちらにはあるのだよ」


 私の背後から屈強な男たちが入ってきた。


「――――!」

「すまないが、力ずくで奪わせてもらう」


△▼"4"△▼


「し……え……め……せ」


 私は絶叫し布団から飛び起きた。


 強烈な悪夢。

 強烈な悪夢を見ていた感覚が襲う。


 あたかも本当にあったかの如く鮮明なそれは

 はぁ、はぁ、と何度も呼吸を繰り返し、繰り返し、た。


 落ち着いてからじっくりと考える。果たしてあれは本当に夢だったのだろうか。何かよからぬことの前兆では?


「お嬢様!」


 凄まじい勢いで侍従が飛び込んできた。


「お嬢様、大丈夫ですか!」


 私の体を抱きかかえ、懸命に力ある言葉を投げかけ続ける彼女が天使に思えた。

 ――たかが使用人。

 その認識を改めざるを得ないだろう。


「大丈夫。……ありがとう」

「ああ、よかった。今すぐ医師を呼びますね」


△▼5△▼


 彼女の命を助けることはできた。が、に戻すことは不可能だ。

 それは誰よりも彼女自身が理解している。


「お嬢様……」


 一家の主に最も近しい侍従は、あらがえぬ運命を悟りくずおれた。


△▼6△▼


 翌日。

 彼女の腕には点滴が、そしてその周囲には、生命を維持させる機器が備わっていた。


「全工程を完了いたしました。数日後、さらに美しくことでしょう」

「お疲れさま」


 カリカリと霞虫かむの羽が鳴る。


<了>

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獣たちの黄昏 電咲響子 @kyokodenzaki

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